The Chariot②
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7月25日。月曜日。夏休み二日目。
しかし、秀尽生は緊急集会の為に朝から制服に着替えて登校していた。
通学路では不満の声しか聞こえない。
メジエドの件で怪盗団に注目が集まり、発端が秀尽だった事もあり、あまり騒ぎ立てるな、余計な事を触れ回るな、という注意喚起の為に集められたのだが、終業式のホームルームで事足りそうなもの。生徒の中には、この学校終わってるなどとぼやく声も上がっていた。
校長の長い話に耐え抜いて、小一時間で終わった集会。
竜司と共に蓮と杏を迎えに行って一緒に帰る事にした。真は、生徒会長の仕事で少しだけ遅れると連絡があった。
佐倉双葉、そしてアリババの事を話し合う為にルブランの屋根裏部屋にみんなで向かう。
移動する中、祐介にも集合の連絡を入れ、私達がルブランに着いてからそれほど待たずに祐介と真も合流した。
屋根裏部屋にテーブルと椅子を出す。一角にはビール瓶ケース二つに板を置いたベンチみたいなものを作った。
そして、持ち寄ったお菓子を広げて一息つく。
「ダルかったな、全校集会」
疲れたように竜司が呟いたから苦笑して頷く。
「あれ、祐介も学校?」
杏が不思議そうに聞くのは、祐介も制服姿だったからだ。
洸星も夏休みに入ったはずだから、学校に行く用事でもないと制服なんて着ないだろう。私もちょっと気になっていた。
「洗濯した結果、これしか服がなかった」
「もう2、3着、買おうね…」
事も無げに答えたけど、杏の声からも伝わるようになんだか切ない気持ちになった。
「ほら、世間話するために集まったんじゃないでしょ?アリババの件」
真の一声で私達は居住まいを正して、お互いに向き合った。
そんなみんなを見回してからモルガナがルブランが盗聴されていた事実を話して聞かせた。
何故盗聴をしていたのかなど彼女に対して謎が残るが、今はそれよりメジエドの事だ。
対抗するには、双葉さんの力がどうしても必要だ。
「ねぇ、双葉にパレスがあるのは確かめたけど、パレスって、悪人じゃなくてもあるの?」
杏が何気なくモルガナに聞く。
佐倉さんから話を聞いた後に異世界ナビで【佐倉双葉】と入力して、パレスがあるのを確認していたらしい。
パレスは、善悪に関係なく強い欲望により歪んだ認知が具現化したもの。
シャドウと呼ばれる存在が主となり、歪んだ欲望を満たす為に認知を変える。
ただそれだけの事だ。
だから、双葉さんにパレスが存在したからといって、イコール悪人とはならない。
本人が自覚しているかは解らないけど、心を盗んでと頼む程、悲鳴を上げているのかもしれない。
「若いのに、歪んでしまうなんて…きっと、辛い思いをしたせいよね」
「アリババを名乗ってたことと、関係あるのかな」
双葉さんを見たモルガナの話だと、同い年くらいだという。
真と杏も憂いて視線を落としている。
「ゴシュジンの話だと、フタバには幻聴や幻覚があるそうだな?何か《大事な記憶》と関係があるのかもしれない」
モルガナが説明する中、大事な記憶という言葉が耳に残った。
「そいつが歪みのせいで…うまく言えないが、変になったとか?」
「要は、オタカラ盗りゃいいんだろ?」
竜司が簡潔に言うが、まぁその通りだ。
歪みの原因を正す。
「双葉のパレス、やるでいいんだよね?」
「本人が望んでるんだもの。気に病む必要はないと思う」
杏が確認してくるが、真も返すように今回は既に本人から頼まれている。
一度は中止だと断られたが、予告状まで用意するのだから本心は改心を望んでるはず。
「双葉の心が治ればマスターも助かるし、メジエド退治も手伝ってもらえる」
「俺も賛成だ」
祐介も頷いて、竜司も一つ頷いてから口を開いた。
「マスターが昨日言ってた、“双葉に色々あって”っつーのも気になるしな」
「待て、オマエら」
次のターゲットを双葉に決めようとした時、モルガナが神妙に遮った。
「パレスの探索だが、今までどおりにはいかないかもしれないぞ?」
「なんで?」
「“本人に頼まれて、心を盗みに入る”なんて、極めてイレギュラーなケースだ」
聞き返す竜司にモルガナは、みんなに向かって言う。
パレスの主がどういう心持ちでいるのか、どういう歪みなのか見当もつかない。
予想外の事態が起こる可能性がある、そう説明してからモルガナはみんなに聞く。
「それでも行くか?」
「もちろん、行こう」
即答に近い速さで答えたのは、蓮だった。
お世話になっている佐倉さんにも関わる事で、直接連絡を受けてやり取りした蓮にはもう、他人事じゃないのだろう。
「わかった。用心しろよ」
モルガナが蓮を見て頷くと、竜司が軽く身を乗り出した。
「じゃあ、キーワード探すか」
「今、分かっているのは《佐倉双葉》《佐倉惣治郎宅》だけね」
真の言葉に、あとは《何》と思っているのかを考える。
とりあえず家の前まで行こうと祐介が提案してくれたから、私達は場所を移動する事にした。
佐倉さんに怪しまれないように気を付けながら階段を降りて行く。
みんなの後に続こうとした時、モルガナが蓮に声をかけた。私もつい振り返ってモルガナを見やった。
「“大事な記憶”か…ニンゲンの姿に戻ったらワガハイも記憶を思い出せるよな?」
独り言のように呟いた言葉に、少し胸が痛んだ。
「……モルガナ、人間なのか?」
「そっちじゃねえよ!今は記憶が戻るかって話をしてんだ!」
とぼけた蓮に怒るモルガナだけど、蓮からしてもその答えはわからない。
だから、冗談を言うしかなかったのかな?それが蓮の優しさなのかもしれない。
「今回の作戦は絶対に成功させたい。フタバの記憶が戻せたら、きっとワガハイのだって…」
強い意志を秘めて呟いたモルガナと、ふと目が合った。
「ユエだって他人事じゃないだろ」
「!………そ、そうだね」
急に聞かれて、答えに詰まってしまった。
変に思われないうちに背を向けて、階段を降りる。
「先に降りてるね」
逃げるようだけど、モルガナに申し訳ない気持ちが芽生えてしまう。
私は、モルガナほど自分の記憶を取り戻したいと思っていないから。
あんなに辛そうなモルガナにかける言葉が見つからない。何を言った所で詭弁にしかならないような気がする。
でも、だからこそモルガナの手伝いを続けていきたいと思ってる。
モルガナの記憶が戻るまで、小さな罪悪感に蓋をして──
1/5ページ