クロウトグロウ─後編
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──合宿5日目。
窓から朝日が差し込み始める早朝。
女子マネ達が起きて、朝支度を始め出す。
人数分の朝食も作らなくてはならない為に部員達よりも朝は早い。
そんな女子マネの一人がまだ眠りに就いている。
同じ学校の部員が起きて様子を見に来ていた。
「………………………」
「………………………」
その部員──夜久衛輔は、目当ての女子マネ(臨時)を見付けてジーッと凍てつくような眼差しを注いでいた。
そんな眼差しを受けて凍り付いているのは、同じ部員、いや部長の黒尾鉄朗。
「……お、おはよう。夜っ久ん」
「おう。なぁ、黒尾。ココはどこだ?」
「え、何?寝惚けてんの?学校ダヨ?」
「しかも他校な」
「分かってんじゃん」
「人様ンちで何やってんのお前」
鋭い瞳に映るのは、保健室のベッドでくっ付いて眠る黒尾と女子マネ(臨時)の詩庵の姿だ。
「安心して、夜っ久ん!未遂!一切手を出してない、いやウソ出しかけたけどヤッてはいない!」
「…………………」
「本当誓って!心細いだろうと思って添い寝しただけだから、引くくらい健全!いや、逆に不健全かも!?」
微動だにしない夜久に必死に説明をする黒尾の腕の中で詩庵が身動ぎをした。
「…んんっ…うるさいてつろー…」
まだ寝惚けているのか、むにゃむにゃと呟きながら詩庵が黒尾の胸元に頭を寄せて丸くなって静かになった。
「ネコみたいだな。可愛い光景だ」
「海!俺の心中は可愛いなんてモンじゃねえぞ!今すっごく襲いたい気持ちを懸命に抑えてんだからな!」
新たに保健室に入ってきた副部長──海信行が優しい微笑みでベッドに横たわる二人を見やる。
「だったら早く起きちゃえばいいじゃない」
ご尤もな事を菩薩の微笑みで言われて、何も言い返す事はない。
ハイ、と大人しく頷いた黒尾は、上体を起こした。
グイッ…。
いや、起こそうとして、詩庵がしがみつくようにシャツを握り締めていた為に中途半端な体勢で止まった。
「!……あーっ!起きるのムリ!」
甘えるような詩庵に、黒尾は再び寝転がり、丸まる詩庵を抱きしめた。
「……後輩には見せられない体たらく」
夜久の冷えきった眼差しも構わずに黒尾は、愛でるように詩庵の頭を撫でる。
「なんとでも言ってクダサーイ。存分にイチャついてやります~」
「黒尾も疲れが溜まってたみたいだな」
どちらかと言えば黒尾の方が甘えているように見えて、海も思わず呆れ顔だ。
部長として後輩達の面倒と他校の部員達の事も気にかけて、その上で詩庵に細心の注意を払っていたのを知っている。気疲れもあるだろうからと海もあまり責める事はしたくない。
「他の奴らの前でイチャつくのはやめろよ?」
「いやー、そろそろ他校の奴、特に木兎!に見せつけたい気持ちがふつふつとしてんだよね」
黒尾ならやりかねんオーラがあるから夜久も呆れ果てるしかない。
もう何も言うまいと深い溜息を吐くと、再び黒尾の懐で詩庵がモゾモゾと動き出した。
丸めた身体をグーッと伸ばしてゆっくりと瞼を上げていく。
「お?……起きたか、詩庵?」
顔を覗き込むように黒尾が聞くと、パッチリと目を開いた詩庵が不機嫌そうにむくれた。
「てつろーウルサイってば」
「あれ?挨拶違うね…おはようは?」
むくりと起き上がった詩庵は、黒尾の言葉に何も返さずベッドの近くに立つ二人の姿を視界に収めた。
「あ、おはよう。夜っくん、ノブくん」
「はい。おはよう」
「おう。気分はどうだ?」
笑顔を向けられた海と夜久も同じように笑みを返す。
「良いかな。心配かけたよね、ゴメンね」
「気にすんな。俺らの仕事みたいなもんだ」
「ちょっと詩庵?俺に挨拶は?」
「…………おはよう、てつろー」
割って入るような黒尾に呆れたような眼をした詩庵だったが、これを無視すると面倒だから挨拶をしておく事にした。
少し複雑そうだった黒尾だが、それでも嬉しそうに挨拶を返した。
そんな黒尾に肩を竦めてから詩庵は、ベッドを降りて立ち上がった。
「おい、もう行くのか?もう少し休んでいけばいいデショーが」
「マネージャーの仕事あるし、みんなにも報告しないとダメだから」
みんなとは女子マネ'sの事だろう。昨日、彼女達の前で倒れたから心配と迷惑をかけたと思っているのだろう。
真っ先に報告をすると言った詩庵を感慨深く見詰める。
人見知り激しいくせにちょっと心許せば、妬けるくらい懐くような奴だ。
女子マネ達とは、すっかり気の置けない様子だ。
「じゃあみんな、また後でね」
三人に手を振って保健室から出ていく。その足取りは、しっかりしていた。
「………………巣立ちか」
「親か。兄はどうした?」
まるでナワバリのようにスタスタと歩いていく詩庵の去った保健室で、黒尾の寂しそうな声が響いた。
夜久が冷めた目で見遣る。
「兄でいるのって大変だよね…もうツラい。色々…」
どこか遠い目をした黒尾に、なんとなく察した二人は呆れて肩を竦めた。
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