生
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徳川喜々、圓翔皇子。両総大将の命を以て終わらせた天鳥船での戦い。
静寂に包まれたのは、ほんのひと時。皆は、直ぐに動き出していた。
命有る者の救護だ。先程まで対立していた全員で、敵味方関係無く重傷者を優先に手当てを急いだ。
晋助もまた子と武市に肩を担がれて、壁際に移動し、隊士からの手当てを受ける。
小太郎と辰馬も自身の部下に駆け寄られて手当てされていた。
「………………………」
「……紫乃さん、あなたも手当てを」
「私は後でいいわ。先に他の人をお願い」
快援隊船員に心配された紫乃だったが、一言断ると辺りをぼんやりと見回した。
彼処此方に倒れる重傷者。物言わぬ屍。
十年前の戦争と変わりない惨状に頭を振る。
そんな時だった。
また子と武市が慌てた様子で此処を離れていく姿が見えた。
隊士に手当てを任せているからといって、晋助を放ってまで何処へ…
…なんて考えは浮かばない。
薄々気付いていた。
誰よりも先に晋助の隣に立つ筈の男の姿が一向に見当たらない。
戦が終わって、ふらっと現れてもいいだろう場面にも姿を見せる気配がない。
あの二人の蒼白な面持ち。
紫乃は、二人の出て行った通路へ向かって脚を踏み出した。
ズキリ…と、走る痛みを無視して、足速に後を追う。
通路にもまた数多の犠牲者が倒れていた。
地球への落下を始めようとしている本艦は時たま揺れ、その度にフラリと身体が蹌くが、構う事なく進んだ。
そして、見慣れた二つの後ろ姿を視界に捉えた。
「…どこっすか!万斉先輩!!」
「返事を…声を上げてください!」
其処は、爆発があったような惨状だった。
煤焦げた壁や床、崩れ粉砕した瓦礫。
誰のものかも解らない散らばった体躯に四肢。
その片隅に、記憶に有るヘッドホンを見付けた。
「また子、武市さん」
「紫乃!…それっ!」
紫乃が呼べば、驚いた二人が振り返ってくる。そして、その手に持ち上げられるヘッドホンを見て言葉を失った。
大きく眼を見開くまた子にヘッドホンをそっと手渡した紫乃は、再び辺りを見回す。
爆発があったような、ではなく確かに爆発があったと解る爆心地に歩み寄る。
小さな円を放射状に焼けた跡が残る。その近くの瓦礫に隠れるようにそれは在った。
紫乃は、ゆっくりと歩み寄り、しゃがみ込むとそれを手に取った。
「見付けた…万斉」
血塗られた三味線。弦も切れ、損傷していたが原形を留めていた三味線を大切に胸に抱く。
「紫乃さん…万斉殿は…」
力無い声を発した武市に紫乃は三味線を差し出す。
「万斉は、死んだみたいね」
「っ!!」
慈悲も無い声にまた子から涙が落ちた。声にならない声でくず折れてヘッドホンを掻き抱く。
「この様子だと、亡骸を見付けるのも難しいでしょうね」
「そう、ですか…」
紫乃の冷静な態度に武市は感謝した。そうでなければ、自分も膝から落ちてしまいそうだったから。
彼女の冷めた表情を見て、自分も冷静さを保てていた。
紫乃が差し出す三味線を受け取ろうとして、しかし武市は気付く。その手が小さく震えている事に。
悲しみか、怒りか、嘆きか…その感情は解らないが、紫乃もまた冷静で居なければ、また子みたいに泣いていたかもしれない。
晋助を思ってもそうだった。誰かの上に立つ者は、感情を自由に出す事が簡単ではない。
泣く事さえ、容易ではないのだろう。
それならば、代わりに自分が二人の分まで涙を流そう。
「武市さん、また子をくれぐれもよろしくね」
「えぇ、任せてください。大丈夫、扱いは慣れてます。私…フェミニストですから」
三味線を受け取った武市の頬を一筋の涙が伝い落ちた。
隊士からの手当てを受けていた晋助は、虚空を見詰めていた。
「ボロボロでござるな、晋助」
いつもなら、軽口の一つでも飛んで来るのに、そんな声は聴こえない。
すまねェ──と、告げる奴が目の前に居ない。
「……………………」
溜息一つして、その隻眼を閉じようとした時だった。
ガガ…。
手元からノイズのようなものが聴こえ、閉じかけた眼を其処に向けた。
連絡手段に使っていた腕輪型の通信機が何かを傍受している。
そして、ノイズに混じって誰かの声がした。次第にノイズも治まり、聴いた事のある声がはっきりと聴き取れるようになった。
それは、先日まで行動を共にしていた春雨第七師団の副団長の声だった。
この口振りだと、彼らはどうやら地球に江戸の地に居るようだ。
何処か弱々しい声音の阿伏兎、そして他に微かに聞き取れる其処に居る奴等の名前に、晋助は小さく鼻で笑って、通信機を持ち上げて口許に近付けた。
『──負けを認めてねぇのは、ここにいる奴等だけなのかもな』
「──いや、ここにもいるぜ。てめぇらの頭上…はるか遠い宇宙にも」
返せば、向こう側で息を飲むのが解った。
「
其処に居る負けず嫌いに強気に告げれば、案の定ソイツの声が聴こえてきた。
『そうかい。そっちの状況はよぉく解ったよ。どこの誰だか知らねぇが、わざわざ宇宙からケツ拭きご苦労さんよ』
素直じゃない言い方は、お互い様か。
余計な世話と吐き捨てるが、その声は何処か安堵を孕んでいた。
『…国が燃えようが、ここにいる奴等はまだ誰一人として、燃え尽きちゃいねぇ。ガラクタになんかなっちゃいねぇ』
そうだろうなと思いながら、耳を傾ける。
『俺達の護ろうとしたもんは、何一つ傷ついちゃいねぇよ。勲章もらうにゃ早すぎらぁ』
何一つ傷ついちゃいない──そう云われて、幾分か肩の力が抜ける。
『そっちはどうだ。解放軍だかなんだかしらねぇが、まさかその程度で…燃え尽きちゃいめぇな』
互いを知り尽くしているというのも考え物だ。まるで見透かされている。
『──ガラクタになっちゃいめぇな』
遣る瀬無い気持ちが過ったが、コイツに負けを宣言する事なんて死んでもない。
「……ああ。首洗って…待ってな」
てめぇを斬りに行くまで、この身が持てばいいがな──
そんな考えを断ち切るように通信は、途切れた。
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