人たらしとひだまり
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一つ仕事を終えて船に戻った時、廊下の先に晋助の姿を見付けた。
一言戻ったと報告しようと彼の方へ向かう。
その時だった。
「晋助様ぁ~」
晋助の真正面から駆けてくる姿が在った。
まぁ、態々確認せずとも誰かは明白。
また子が何時ものような騒がしさで晋助の前まで駆けて来て止まった。
見詰め上げる眼差しには敬愛を惜しみ無く込めて、誰よりも晋助を慕っている。
そんな彼女を見下ろす晋助の眼差しも何処か柔らかくなるのを知っていた。
其処に込められた情を暴くつもりはないけれど、羨望してしまうのだから始末に負えない。
嫉妬……なんて、どうして出来ようか。
もう二度と思うまいと誓ったあの黒い想いを引き摺り出される。
「どうした」
「晋助様、あの…コレ!」
「なんだコイツァ?」
「バレンタインのお返しッス」
「バレンタイン?」
「…晋助様は意識無く私にチョコをくれたのかもしれませんが、それでも晋助様から贈り物されて嬉しかったんス」
「…………」
「また子は、あの日からずっと晋助様のお力になりたくて、何か出来る事があればって…」
「……そうか。有難く頂戴するぜ」
「!ありがとうございます」
また子の手からソレを受け取った晋助の眼は、私には向けられないような柔らかいモノだった。
「コイツァ、オレの好きな酒か…」
「はい。色々迷ったんですけど、やっぱりソレが一番かなって」
「解ってるじゃねェか」
ふっと微笑えば、また子の頬が赤らんでいく。
今の晋助とはまた子の方が長く居るもの、互いに思う所があって当然。
割って入るなんて到底無理な話。
其方に行くのを諦めて、立ち去ろうと踵を返す。
「あ、紫乃。戻ってたんスかぁ?」
なんて朗らかな声が背中にぶつかる。
仕方無く振り返って、その声に応える。
「えぇ。今ね………」
「……………」
距離がある中でまた子よりも先に晋助と眼が合うってどうなのかしら。
「連絡付かなかったから心配してたんスよ?」
「ご免なさい。ちょっと電波届かない所に居て」
「まぁ、無事ならいいんスけど」
「ふふ。有難う」
私の事を案じてくれる、本当は凄く良い子。
そんな彼女に対してこんな感情を抱くなんて、私も人間が出来てないわね。
「丁度良い。これから酒盛りといこうじゃねェか」
晋助がまた子から受け取った桐箱を軽く掲げる。
「あ、じゃあ…私は失礼するッス」
晋助が私を誘ったからか、また子が少し寂しげに立ち去ろうとする。
自分が贈った物を他の誰かと分かち合う所なんて見たくないものね。
「オイ、何処行く」
けれど、晋助が声でまた子を呼び止める。
「え…邪魔しちゃいけないので…」
戸惑いながらまた子が答えれば、晋助は少し不思議そうな眼をまた子に向けた。
「テメェがいなきゃ誰がコイツを注ぐんだ?」
「………え?そ、それは紫乃が」
「ソイツがそんな可愛い真似出来ると思ってんのか」
「か…かわ、いい…………っ!」
まぁ確かに。私は自分がしたい時にするから、頼まれて酌なんてしない。
にしても、この男、たまに天然でたらしてくるのよね。
恐らく他意は無い。揶揄う気も無い。
だから質が悪い。
「ん?どうした…付き合いたくねェか?」
「い、いえ!この来島また子、晋助様のお酌をさせて頂きます!」
「んな気合入れるモンでもねェだろうが」
敬礼して引き受けるまた子に呆れ眼を向ける晋助は、そのままの眼で私を見てくる。
「で、お前は?」
「私は、今日は──」
「勿論来るッスよね?」
「え?」
私が邪魔しないように身を引こうと思ったのだけれど、また子を見れば小さく笑みを浮かべていた。
全く…敵わないわね。
三人で部屋へと移動し、小さな酒宴が開かれる。
「さ、晋助様!どうぞ」
銚子を傾けるまた子は殊楽しげだ。
「…………うめェな」
ソレを呑む晋助も機嫌が良さそう。
取っ手を持つ指先も中々様になっているまた子は、とても可愛らしく見える。
絵になる二人に、私は三味線をそっと弾いた。
また子にその酒を勧められたが、ソレを口にすべきは晋助だけ。
野暮な真似はしたくない。
「アイツらも呼べば良かったな」
滅多に無い台詞を吐いた晋助は、空になった盃をまた子の方に差し出した。
「そうッスね。次はみんなで盛り上がるッス」
銚子を傾けてからふんわりと微笑ったまた子。
その笑顔は、きっと曇らせちゃいけないモノなのだと──
晋助も私と同じでそう思った事だろう。
-終。
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