願わくは
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世間では、甘ったるい雰囲気を全面に押し出す季節。
街を歩いても辺りはハート型に溢れている。
好きな人へ想いを伝える日。大切な人へ感謝を伝える日。
とても素敵な行事ではあるけれど、私には関り合いの無い事だ。
そう。私は何時もと変わりなくその日を過ごした。
一仕事終え、部屋へと戻る途中、また子を見付けた。
軽く挨拶を交わして、そのまま部屋に戻ろうと歩を進めるが、また子の手に持っているモノが気になって足を止める。
「ねぇ、また子…それは?」
「え?あ、あぁ…これは、晋助様にあげようと思ってたんスけど、今日に限って逢う事が出来なくて…渡せなかったんス」
はぁ、と肩を落とすその姿は正に恋する女の子で、とても眩しく見えた。
「そう。何処に行ってるんだか…」
「紫乃は、渡さないんスか?チョコ」
「柄じゃないし。興味無いわね」
「そうやって割り切れたらどんなに良かったか…」
「苦しいのならやめてしまえば?」
「え?」
「晋助を想うのを、やめれば悩まずに済むじゃない?」
「そんなコトは出来ないっス!そうやって邪魔者を消そうって魂胆だろうけど、残念っスね。私は、誰になんて言われようと晋助様を想い続けるっス!」
強い意思と敵視。この子は本当に可愛い。
何事にも全力な所は、私だって気に入っているし、晋助だって…。
「紫乃!これだけは絶対に譲らないっスよ!」
「ええ。構わないわよ?」
「その余裕、いつかぶっ壊してやるっスからね!」
なんて、また子と戯れていると…
「オイ。何騒いでやがんだ?」
間が良いのか悪いのか、話の的が此方に歩いて来た。
「し、晋助様!戻ってたんですか?」
「あぁ。今な」
「お、お帰りなさいっス!」
少しアンニュイな空気を纏う晋助を前に、また子は緊張からか固まって晋助を見詰める。
手を後ろに隠して、そわそわと落ち着きが無い。
「で?二人で何してたんだ?」
「え?あ、いえ…ガールズトークってやつっス!」
「……女はお喋りが好きだな」
「そうですね。でも、私はお喋りより……し、晋……晋助、様と……その…」
「?」
流れで想いを伝えようとしたまた子だけれど、言葉が出ないようだ。
俯いて再び肩を落としたまた子を晋助も暫く見詰め、思い出したように「あぁ、そうだ」とまた子に声をかけた。
その言葉にまた子が顔を上げると、また子の目の前に晋助が手を差し出した。
「コレ食うか?」
懐から取り出した小さめの箱をまた子の手の上に乗せる。
「晋助様、これは?」
「チョコだと。サンプルだとかで街で配ってた」
配ってたって…それを貰う晋助を想像したら可笑しくて思わず吹いた。
ジロリと睨まれ、私は視線を逸らす。
「わ、私が貰っていいんですか?」
「オレもコイツも甘ェのは食わないからな」
「………嬉しいっス」
コイツもと私を指した瞬間、また子の瞳が揺れた。
けれど、晋助に向ける表情は笑顔だった。
「大事にするっス」
「好きにしな」
そう返した晋助は、私達を通り過ぎ、去って行った。
残ったまた子は、手に乗るチョコの箱を見詰めている。
「あげなくて良かったの?」
「あげられないっスよ」
「……………」
「晋助様だって気付いてたはずっス。だからこのチョコで牽制したんスよ。受け取るつもりはないって…」
今にも泣き出しそうなまた子に私は何も云えない。
何を云った所で、それは嫌味でしかないから。
けれど、このまま放っておけないのも事実。
「ねぇ、また子」
「なんスか?」
「そのチョコ、私にちょうだい?」
「は?」
「あぁ。晋助からのじゃなくて、また子が作った方よ」
「え、これ?………まぁ、もうあげる相手いないしいいっスけど、アンタ甘いの苦手なんじゃないんスか?」
「苦手という程でもないわ。それに、今はなんだかチョコレートを食べたい気分なの」
「文句は受け付けないっスよ?」
云いながら少し乱雑に差し出してくる箱を受け取る。
慰めとか、憐れみとか、端から見ればそう取れるだろうけれど…
「ふふっ。有難く食べるわね」
「…………アンタって変な女っスね」
呆れ眼を向けてくるまた子に笑みを返す。
ごめんね。大好きな晋助をあげられなくて。
私も譲れないの。
けれど、貴女の事も大好きだから、本当は哀しい想いはさせたくないの。
ねぇ、また子。
同じ人を好きにならなければ…貴女ともっと仲良くなれたのにね。
-終。
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