心奥底
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肌寒さに意識が浮上する。
温もりを求めて手を伸ばすが、しかし目当ての物は何も掴めなかった。
虚しく蒲団を叩く手に、ゆっくりと瞼を上げれば、其処に居た筈の奴の姿は無くなっていた。
「………………」
つい数時間前まではこの腕の中に閉じ込めていたのにな。
アイツの眠る呼吸に釣られるように寝れば、いつも目覚めた時にはその姿を消している。
「………………サミィ」
朝を共にしたい等とほざくつもりは更々ねェが、この寒さだけはどうにも好かねェ。
眼を醒ました時に気紛れにまだ居る時もあるが、そんな日は決まって直前に無茶をさせてる。
あの羞恥に塗れながら不機嫌面を見せてくるのが悪くねェ。
もっと見てぇと劣情を煽られる。
だが、アイツはその殆どがこうして姿を消している。
理由は簡単だ。
「晋助………起きてるでござるか?」
襖の向こうから万斉の声が微睡みから完全に俺を解放する。
一言頷けば、すぐに襖は開き、万斉が入ってくる。
まぁ、コレだな。
安息なんて縁遠い身にとっちゃあ、こうして起こされる事も少なくねェ。起こされるより先に人の気配で眼を醒ますが。
いつコイツらが部屋に入ってくるか解らない中で、共に寝てる所を見られたくねェんだと。
いち部隊の長が女と暢気に眠っている姿なんて、示しが付かない──。
そんな風に云ってたな。
本音か建前か…どっちにしろ、その姿勢を崩す事は今後も無いだろう。
「晋助、すぐに此処を離れるでござるよ」
「幕府か」
「あぁ。嗅ぎ付けられた」
こういう事態の時でも威厳を保てるとも云っていたか。
威厳なんて持ったつもりはねェけどな。
「皆は」
「今伝令してるでござるよ」
蒲団から這い出て、アイツが整えてったであろう着物へ着替え、万斉と共に部屋を出る。
茶屋の一間を借りていたが、やはりこういう場所は駄目だな。
主人も女中も金で簡単に売りやがる。
まぁ、この見付かるか見付からないかのスリルを味わうのが愉しい…なんて口に出したら連中は怒るかねェ、呆れるかねェ。
「万斉。紫乃はどうした」
「仕事で一足早くに出たでござるよ。序でに幕府の動向も探ってもらってる」
「そうか」
漸くこの手に掴めたと思ったら、水のようにスルリと溢れていく。
コイツらのようにずっと傍に居てはくれねェ。
それを寂しいとも思わねェが、また消えるんじゃねェかと何処かで怖がる自分が在る。
コイツはあの時に植え付けられたトラウマのようなモンだ。テメェで理解しててもどうしようもねェ。
アイツが離れないと誓ったとしても、どんなに信じようとも、あの喪失の恐怖は拭えねェ傷だ。
「晋助?眼が痛むのか?」
「!」
万斉の言葉に無意識に左眼を押さえていた事に気付く。
「いや、包帯がずれただけだ」
十年の時が経ってる。もう痛む事はねェ。
だが、この瞼の裏に焼き付いた情景は今も猶鮮明に見えている。
それが敵の憎むべき姿だったら、復讐の炎にこの身を燃やし続けられるのに。
それが愛する者の微笑みだったら、水に揺蕩うように傷を慰められるのに。
皮肉なモンだな。
ソイツを斬らなければならねェなんて。
結局、俺にまた失えと云ってるようなモンだ。
「晋助様ー!」
宿を出て、近くの港に停船していた船に乗り込むと、いつもより慌ただしい声が出迎えた。
「なんだ」
「紫乃から一報っす」
緊迫した様子でその手に持ってた一葉の紙を見せてくる。
受け取って眼を通せば、後ろから万斉も覗き込んできた。
「……一橋の連中が何やら画策、でござるか」
「アレは血の気だけが多いからな」
今朝出たばかりだというのに、相変わらずの迅さは感心させられる。
一体どんな手段を使っているのか…。奴の仕事方法は俺に対しても極秘を貫いている。
「どうする?晋助」
「ちょいと様子見だな」
「一人で行くのか?」
「ああ。アレでも次期将軍候補だ。ぞろぞろと会うワケにもいくまい」
アイツが仕事をきっちり熟すなら、俺も遣る事を遣らなきゃなァ。
引き返す道なぞもうとっくにありゃしねェんだからな。
「全員乗り込んだら船を出せ。江戸へ向かう」
そう指示して、船室に向かった。
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