追憶-酒-
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十年という年月は、長さを感じさせない再会をさせる時もあれば、まるで初対面のような再会をさせる時もある。
前者であればどんなに楽だろう。変わらないで居た事を嬉しく思いながら笑い合えるのに。
後者である再会を果たした時、どう接すればいいのか判らない。
今眼の前に居る人は、本当に彼なのか…そう考えてしまう自分が居た。
武市さんに用意された部屋へと通されると、其処には膳があった。
そして、上座に煙管を吹かした男が座っている。
私が知っている彼と雰囲気が強く異なる男と対座して、男を見据える。
今まで何れ程辛い想いをしていたのだろう、精悍と云えば聴こえはいいがあまり健康そうには見えない。
煙管なんて洒落たモノを銜えて、斜に構えて、男の色香を纏う。
気に食わない事に怒って、楽しい時には素直に笑って、仲間と喧嘩して、そんな悪ガキはもう何処にも居ない。
「どうした?そんなに見つめて。何か面白ェモンでもあんのかい?」
「……不躾で失礼。素敵な御仁だと見惚れていました」
「云うねェ。美人に囃されると色々話したくなる。これが紫燕殿の腕ってヤツか」
「腕なんて大層なモノじゃありませんよ」
なんていう茶番だろう。
彼が私に気付いていない………というのは有り得ない。
偶然にも鉢合わせたあの瞬間、確かに刹那の驚愕をしていた。
まるで初対面のように、他人のように接する事を選んだというの?
尚も見詰めていると、彼は視線を静かに外した。
顔の半分を包帯で覆って髪で隠して、その表情は窺えない。
たった一つの隻眼は、何処を見ているのか判らない。
『師に拾ってもらった命、無駄にするものではない』
あの時、晋助の左眼を奪った朧が晋助に告げていた。
あのままでは晋助の命は無かった。朧が助けたという事になる。
けれど、何故朧が………
「お待たせしました」
「!」
料理を持って入ってくる武市さんの声に思考が遮られる。
其方を見れば、露出の高い女性と三味線を携える男性も入ってきていた。
「さ、晋助様。どうぞ」
女が隣に座って銚子を傾ける。
「オレよりお客人が先だろう」
「……晋助様以外のお酌はしたくないッス」
解りやすい。彼に心酔している女に一瞥される。
「私は手酌で構わないわ」
今は誰に注がれても美味しく感じそうにない。
自分で注いで盃を傾ける。
それを見て彼も口を潤した。
そして、三味線の音が響いた。
「時に……」
静かに食事をしていると、彼がポツリと口を開く。
「有能な紫燕殿の腕を見込んで、オレからも一つ調べてほしいモンがあるんだが」
「…………………何かしら」
細められた眼、薄く笑んだ口許。面影を探してみても重なるモノが無い彼を見遣ると、彼は煙管を銜え、鷹揚と煙を吐き出した。
「オレの旧い知り合いに紫乃という奴がいる。ソイツがあの後、何処で何をし、今何処で何をしているのか……調べちゃあくれねェか?」
「……………………」
この男は…。
「晋助様。紫乃って一体…?」
「四天王なんて呼ばれちゃいるが、そんなオレも一目置いていた女侍がいてな」
「女侍なら拙者も知る所でござる。女ながらに四天王と同等の戦ぶりを発揮した、
荒姫──そう呼ばれていた女武者」
「荒姫なら私も知ってるッス!父にお前も荒姫のように強くなれって言われた事あるんスよ」
「確か、攘夷戦争が終結した直後に消えたと謂われていたでござるな」
「てっきり荒姫は死んだのかと思ってたッス」
攘夷志士の間では、攘夷戦争を生きた者達が伝説のように語り継がれている。
けれど、伝承された所で嬉しくなんてない。結局は何も護れなかった賊軍という事だもの。
「オレも知りたい所でな。死んだとあっちゃあ眼醒めも悪ィが、どうだい?紫燕殿」
同じ事を知りたがるなんて、本当仲良しじゃないアンタら。
「荒姫と呼ばれた女は、奈落により遠い星に売られた」
銀時にざっくりと話した事を、彼にも訊かせた。
そうしないと解放されないだろうから。
奴隷として生きていた事。スパイをしていた事。
情報を売り始めたきっかけ。
全てを話した。
「そうして女は、いつしか情報屋と呼ばれるようになった」
「…………………」
周囲が眼を瞠るのが解る。息を飲んだのも。
「そして今、女は仕事先で持て成しを受けて昔話をしているわ」
「流石は迅速を謳う情報屋。ものの数分で情報を持ってくるたァな」
満足そうに口許を歪めるが、真意は見えない。
私を語らせて、それでどうするつもりなのか。
「紫燕殿が……荒姫?」
「晋助様の探している女…」
「なるほど。そういう事ですか。それならば確かに手練なはずですね」
各々に受けた衝撃を飲み込む中、武市さんが得心に頷いた。
「手練?なんの話だ?」
「いえね、晋助殿。我々はこの方に紅桜に吸わせる強者のデータを集めて貰ったじゃないですか。どう集めたのか訊いてみると、なんと自分で使ったと」
「ほォ?」
「派生型とはいえ、自らに寄生させ、あれ程のデータを集めたにも関わらず、侵食を受けた様子もない」
「あの岡田でも少しずつ飲まれ始めてるのにッスか?」
「かつて晋助殿と共に戦った荒姫だというのなら、おかしくはないですね」
教えなければ良かった。武市さんの言葉に玩具でも見付けたような好奇心を光らせる男が眼の前に居るんだもの。
「その腕、鈍ってねェようで何よりだ」
「………アンタ、一体何をしようとしているの?」
「さて。そんな事テメェで調べればいいじゃねェか、紫燕殿」
情報になんて興味は無い。私が売った情報で何処の誰が何をしようと、どうなろうとそこまで干渉しないのが私の主義。
けれど、旧知が何か良からぬ事を企んでいるというのなら友として止めるのも役目。
調べていいのなら調べさせてもらうわ。
晩餐を切上げ、私は船の中を見て回った。
「此処は?」
「隊士達の部屋ッス」
「……こっちは?」
「ボイラーッス。ってか、歩き回ってんじゃないッスよ!」
私を見張るようにまた子という女が後ろをついて歩く。
「許可を出したのはあの男よ?」
「あの男って、アンタ…晋助様のなんなんスか」
「さぁ。私にもよく判らないわ」
「はぁ?」
「……此処は」
「!…勝手に入るな!」
重厚な扉に手を掛けるとまた子の反応が変わった。
当たりを付けてその扉を開き中へと足を踏み入れる。
「入るなっつってんスよ!このアマァ」
「…………何これ」
其処は、まるで兵器工場のような場所だった。
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