初陣
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天人との戦争。もう五年以上も続いている大戦。
攘夷を掲げる志士達が猛威を奮っていた頃より勢いが削がれた劣勢時に私達は、参戦した。
幕府が天人に下った。天導衆と幕府が敵だ。
今頃きっと、松陽先生は幕府の側の牢獄に囚われている事だろう。
助け出す為に松下村塾の男達が戦に参加すると云えば、私も共に行くのは至極当然。
私もこの手で取り戻したいから──
「ダメだ!」
「どうしてよ!」
だのに、着いて行くと告げれば銀時に拒絶される。
焼き討ちに遭い、その大半を失った松下村塾の敷地内で、銀時達と対峙していた。
晋助と小太郎、男子達が戦支度を整えて銀時の背後に立っている。
「連れて行けるわけねぇだろうが」
「だからなんで!私だって同じ気持ちよ!」
「んなこたぁ解ってるよ。でも、ダメだ」
いつもはボケッとしているのに、今この刻だけは私に鋭い眼差しを向ける。
「戦だぞ。女のお前がいたんじゃ足手まといなんだよ」
「足手纏いなんてならない!私だって戦えるもの!」
「……………はぁ」
なんて云われようと引き下がったりはしない。そんな気持ちが伝わったのか、銀時が溜息を一つ吐いて頭を掻いた。だが次の瞬間、そんなんじゃなかったと知る。
冷めて莫迦にしたような眼差しを投げられた。
「解ってねぇみてーだから、ハッキリ云ってやるよ」
声も、変声期で掠れて低くなりつつあり、訊いた事が無い冷たさを孕んでいた。
「お前が参加したら、飢えた男どもにマワされてゴミのように扱われるぞ」
「ッ!?」
「男しか居ない場所に女が混ざりゃあ、一瞬で喰われるだけだ。そうなったらお前、戦うとか云ってる場合じゃなくなるぜ?」
嘲るように鼻で笑われる。
銀時からこんな眼を向けられるのが初めてで、思わず怯みそうになる。
解ってる。銀時は、私を貶めたくて云っているのではない事。傷付けたくて云っているのではない事。
現に、晋助達も何も云わずに成り行きを見守っている。
「身も心もボロボロになんのがオチだ。俺らはそこまで面倒見れねぇしな」
解ってる。皆が私を護りながら戦わなくちゃならなくなる事も。危険に晒したくない事も。
「逆に俺らだって、お前の事喰うかもしれねぇぞ?」
「…………………」
「………解ったら大人しく待ってろ。先生は俺らが絶対──」
「ウルサイッ!」
「!?」
「グダグダ煩いのよ」
「はっ!?いや、えぇ?」
こんな事しか云わせられない自分が情けなくなる。
頼れとまでは云わないけれど、信じてくれてもいいんじゃないの?
それに、本当にそんな罵倒が私に通用すると思っているわけじゃないでしょ?
「哀しいよ…大切な人からそんな事云われるなんて」
「え、大切って…へ?ちょ、紫乃お前今の話ちゃんと訊いて…」
「訊いてたわよ。銀時の云いたい事はちゃんと解りました!」
先程までの冷たい表情を一気に崩した銀時に、今度は私が射るように見詰める。
「だったら大人しく…」
「する訳ないでしょ」
「はぁ!?」
「そっちがその気なら私にも考えがあるから!…小太郎!ちょっと付き合って!」
驚愕する銀時の横を通り、小太郎の腕を掴んだ。
「オ、オイ!紫乃どこへ……」
狼狽える小太郎を引き摺り、倒壊を免れている屋敷の一角に入って行く。
「えぇぇ……何アレ…アイツの事想って脅してやってんのに…」
「ま、アレが大人しくしてる女じゃないのは確かだな」
「いや、高杉も連れてくの反対してんだから、加勢しろや」
「確かに反対はしてるが、決めんのはアイツだろ?あの様子じゃ云いくるめんのに骨が折れる」
「何損な役回り俺に押し付けてんの?器くらいデカくなれねぇのかよ」
「!…ああ、そうだな。オレはどうやら小せェみてーだからな!てめぇに任せるぜ!」
「高杉テメ!この裏切りモンが!!」
「てめぇと組んだつもりは更々ねぇよ!」
「俺だってねぇよ!バカ!」
「二人とも…落ち着けよ、な」
私が小太郎を引っ張ったまま皆の所へ戻ると、何があったのか銀時と晋助が少し疲れた顔をしていた。
まぁ、そんな瑣末は置いといて、小太郎を隣に、再び銀時の前に立った。
「え、何それ…」
「これなら文句無いわよねぇ!」
「え…なんでヅラと同じ格好してんの?お前。双子かよ、意味ワカンネんだけど」
疲れた表情のまま銀時が交互に指差すのは、私と小太郎。
屋敷の奥で、私は小太郎と丸っきり同じ格好に着替えてきた。
髪型も同じような長さだから一緒にして、下の方で一つに結わえた。
「私と小太郎、見た目が同じなら女だなんだって関係ないわね!」
「…………え」
「私を女だって思うなら、小太郎だってそうなるでしょ!」
「いや、まぁ……それは…」
「身長なんて晋助と変わらないわ。カモフラージュは出来る!」
「オイ」
小太郎も晋助も何方かと云うと女性的な顔立ちだ。同じ容貌で私だけが槍玉に挙げられる事はもう無い筈。
先程の威勢を失いかけている銀時に最後の一押しを口にした。
「アンタらが連れて行かないって云うなら、私は一人で行く。別にアンタらが居なくたって私は構いやしないのよ?」
「~~~~っ!!あーっ!わかったよ!連れてけばいいんだろ!」
両手を挙げて降参を示した銀時が悔しそうに頭をグチャグチャに掻き乱した。
禁じ手なのは承知だ。それでも、置いて行かれるよりは遥かにマシだ。
「ハハッ、だから云っただろうが。コイツは大人しくなんてなんねぇって」
「解ってんだよ、んなこたぁ。だから必死に健闘したんじゃねぇか…健闘賞寄越せ」
晋助が楽しそうに笑うと、銀時はイジけるようにしゃがみ込む。
私を護らんとしてくれた事は素直に嬉しい。けれど、待ってるだけなんて性に合わない。
隣に置いてくれなきゃ、共に戦わせてくれなきゃ、私は生きていると云えないから。
他の男子達も、やっぱりこうなったか…銀時ドンマイ…など、緊張感を解いて口々に喋り出す。
「ふむ。急に着替えを手伝えと云われてどうしたのかと思ったが、なるほど考えたな」
一人、私の行動に得心が行って頷いている小太郎。
「って、ちょっと待てヅラァ!」
「ヅラじゃない、桂だ。なんだ銀時」
そんな小太郎に、立ち直ったのか銀時が凄い形相で詰め寄った。
「お前、コイツの着替え手伝ったの?」
「あぁ。同じ格好にしろと云われたからな。それがどうかしたか?」
「どうしたじゃねぇよ。それって、見たってことだよな」
「見た?…何をだ?」
「トボケんじゃねぇよ!コイツのおっぱい見たんだろ!」
「……………………」
何かと思えば、何を云ってるんだか銀時は。
呆れて溜息が出た。
こんな奴放っておけと思ったが、小太郎が銀時にニヤリと笑んだ。
「あぁ!見たぞ!発育も良好で眼福だったなぁ!はっはっはっ!」
「ぐっ…クッソォ、ヅラに先を越されるとは……紫乃!俺にも見せろ!健闘賞だ!」
阿呆なノリでこっちに走って来る銀時に、溜息しか出ない。
さっきまでの緊迫感は何処へ遣ったのやら。
仕様がないと銀時を迎え入れようと待ってみた。
だが、その手前で…
ガッ──ドダン!
「ぶべら!」
銀時が豪快に転けて地面を少し滑った。
「ッテーな!何しやがんだ高杉!」
「テメェのバカに付き合うと士気が下がんだよ」
銀時が転けた原因は、晋助が足を掛けたから。
士気なんてもうとっくに下がってるでしょうに。
「オラ、そろそろ発つぞ」
晋助がそう云うと、他の皆も気を取り直して、口々に行くかと表情を引き締めた。
腰に打刀を一振り差して、皆と一緒に松下村塾を出る。
屋根も焼け落ちた門だけど、まだ少し幼さの残る顔に強い意志を滲ませた門弟達が潜り抜けた。
「紫乃ちゃん!」
門を出て直ぐに呼ばれた。
見れば、二人の少女が不安げな表情を下げて立っている。
「ひな、雪…どうしたの?」
彼女らもまた同じ塾生だ。
「本当に行くんだね」
「気を付けてね」
「……うん。皆の為にも私は負けないよ」
何人かの生徒は、家族と共にこの地から離れていった。先生が捕まってしまった事で生徒だった子供に何かあるかもしれない、そう思ってだろう。
残ったのは、親も居ないような子供と先生を助けたいと強く願う男子だけ。
「銀時くん」
「ん~?」
「紫乃ちゃんを護ってあげてね」
「もちろん」
ひなに心配そうに云われた銀時は、強気な笑みを浮かべる。
「晋ちゃんも小太ちゃんも、みんなも……武運を祈ってるからね」
雪が泣きそうな顔で、それでも涙は流すまいと気丈な態度で皆を見渡す。
「私たちはいつでも一緒だよ。ずっと、みんなの事想ってるから」
「雪…ひなも…ありがとう」
二人の事を抱き寄せると、二人もぎゅっと色々な想いを込めて抱き締め返してくれる。
「あ、俺も混ぜてぇ!」
なんて銀時が両手を広げて来たから、脚で蹴り飛ばした。
例え離れても、志は、松陽先生の教えは、違わない。皆、同じ処に在る。
「「──いってらっしゃい」」
「「──いってきます」」
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