花見酒
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満月が妖しく、不気味に輝く夜。
私は、晋助の酒の相手をしていた。
「今日は満月か…」
開いた窓から空を見れば、晋助が月明かりに照らされる。
「だから誘ったんじゃなかったの?」
「理由がねェとお前を酒に誘っちゃいけねェのか?随分と偉くなったな、紫乃」
此方を見ないで答え、薄く笑むその姿からは本心がまるで見えない。
「ただ珍しかっただけよ」
そう返して、晋助の空いた盃に酒を注ぐ。
盃の中で揺れる酒に、ひらりと桜の花びらが舞い降りる。
「……桜ねェ。嫌いじゃねェな」
ふと微笑してそれを呷る姿は、悔しいけれど見惚れる程に艶やかだ。
「お前はどうだ?」
そう呟いて、此方に視線を流すその右眼にさえ見惚れる。
「………私は好きじゃないわ」
「ほォ?そうかい」
「散り際の潔さが美しい…なんて云うけれど、散る姿なんて見せたいものじゃないでしょう?」
「ククク…それもまた一理だな」
私の答えに満足そうに笑った晋助の空になった盃に酒を注ぐ。
「私にとっては全てよ。そんな姿、決して誰にも見せたくない」
「まるで猫だな」
「猫?」
「あぁ。猫ってのは、テメェが弱った姿を誰にも見せたがらねェ生き物だ。それが死に繋がる場合が多いから、猫は死期を悟ると居なくなる…なんて云われてる」
薄い笑みを浮かべたまま、そんな話を訊かせる。
私にどう反応しろというの?
「紫乃…お前は猫だ」
「アンタはただの獣ね」
「ククッ、違いねェ」
反応に困ってそう返しても、晋助はただ笑うだけ。
「ほら、空になったぜ?」
そう云って差し出して来た盃に酒を注ぐ。
「お前も呑んだらどうだ。下戸じゃあるめェ」
そんな気分にはなれないのだけれど、晋助からの誘いを断る事も出来なくて。
「そうね…じゃあ一杯だけ」
私にと用意されていた盃に手を伸ばすと、不意に手首を掴まれた。
驚いて晋助を見ると、晋助は私を掴んだままに酒を呷っていた。
そして直ぐに手を引かれ、晋助との距離が刹那として無くなった時──
「ぅん…」
互いの唇が重なり合った。
顎を掴まれて上向きにされると、強引に唇を開いてそのまま酒を流し込んできた。
「…ん…は…ぁ…」
思わず飲み込み、開いた口から漏れ出る吐息に晋助がニヤリと笑ったのが判った。
そして、少しだけ私の咥内を弄んでから静かに離れる。
「………もう」
「ん?どうした?まだ足りねェのか?」
私が不機嫌になった理由は解るだろうに、素知らぬ顔で状況を愉しむ晋助がとても腹立たしい。
けれど…
「変な事云わないで」
なかなかどうして…
「ククッ、そいつは悪かったなァ」
怒る事も無下にする事も敵わないのだから…
「もう直…桜の季節も終わるわね」
「“嬉しい”か?」
「………“寂しい”わね」
「そりゃまた随分と、手前勝手な事で」
ふっと微笑する晋助。
…私は心底、この男に心酔しているらしい。
桜と酒には酔わないけれど、
この男には酔ってしまうなんて、
手に負えないわね、我ながら。
「さて…夜はまだまだこれからだ。ゆっくり愉しもうじゃねェか」
けれど、
それもまた……一興。
-終。
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