流行に流されて行くのも悪くない
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世間は、男気を計られる季節。
バレンタインのお返しに生半可なものを贈れない男達が神経をすり減らして試行錯誤する景色を、無縁そうな半開きの眼をした男が通り過ぎる。
厳密には無縁ではないが、店の商法にひっかかってやる道理はないのだ。そもそもひっかかれる程の金もないのだ。
「………………………」
しかし男は一度立ち止まり、その半開きな眼をホワイトデーと大々的に書かれた店に向けた。
そのコーナーには、クッキーなどのお菓子からアクセサリー類まで並んでいる。
暫く見詰めていたが、指を鼻に突っ込んで前を向き直り歩き出した。
「あ、銀さんだ」
「ん?」
歩き出してすぐに名前を呼ばれ、男は鼻に指を入れたまま声がした先を見遣った。
すると、見知った女が歩み寄ってきていた。
「奇遇だね。何してるの?お仕事?」
「凛子ちゃんが依頼持ってきてくれねぇから暇してんのー」
「先週依頼したばっかりだと思うけど?」
その男──銀時に呆れた眼差しを向ける凛子。
「それはそれ。てか、ちょうどいいや。凛子さ、ホワイトデーの贈り物何が欲しいの?」
「ホワイトデー?……別に貰うような事は何もしてないけど」
「バレンタインにチョコ貰ったろ。お返し何がいい?」
「勝手に食べただけじゃん。しかもたった5円のチョコだし」
ホワイトデーは無縁だと思っていた凛子は、少しだけいたたまれなくなる。
バレンタインチョコも渡すつもりもなく、更には五円のチョコだった。
それなのにお返しを考えてくれているなんて、それだったらうだうだ悩んでないでちゃんとチョコを贈るべきだった…なんて思えてくる。
「じゃあ、ちゃんとチョコくれや。んで、俺からのお返しも受け取れ」
「……それ、ただチョコ食べたいだけでしょ」
「あれ?バレた?」
「もう。別にお返しなんていいよ。私に何か買うつもりなら、そのお金を新八君と神楽ちゃんのお給料に充ててください」
「はいはい。お前ならそう言うと思ってたよ」
知っていたからこそお店を無縁そうに眺めた。どうせ自分が訪れる事はないだろうなと。
高価な物は買えないが、それでも何か欲しい物があると言ったなら買わない事もなかった。
こんな時でもないと贈り物なんて小っ恥ずかしくて出来やしない。
「ほんとに欲しい物ないんだな?」
「………うん。あ……いや、うん。ない」
「何?今なんか思い付いただろ」
「いや、いい!大丈夫!思い付いてないから!」
「お前ほんっと分かりやすいね。あるなら言えよ、遠慮すんな」
「いい、いい!そういうんじゃないから!」
急に何かを思い付いたと思えば、慌てて手をブンブン振る。
照れた様子で手と首を振る姿に銀時は、ピンと来るものがありニヤリと口角を吊り上げた。
そして、眼前で振ってる手をガシッと掴んでグイッと引き寄せる。
「っ!?」
驚く凛子が簡単に胸板に顔をぶつける。
何事かと見上げてくる瞳を首を傾げるように覗き込んだ。
「凛子が欲しいって思い浮かべたのって、銀さん自身だったりして?」
「ちっ、違っ……銀さん自身じゃなくて銀さんとの時間が取れたら……って、違う!」
「何が違うんだよ?」
「や、あの……」
視線を逸らそうとしても逃さないというように鋭い眼が射抜いてくる。
余計な事を口走ったと血流が巡って顔が赤くなっていく凛子を見て、銀時の腹の奥が疼いた。
「俺と一緒にいたいって思ってくれてんの?」
「そ、それは……まあ、す、好きな人とは、そう思うのも当然というか…」
「ホワイトデーのお返し、俺でいい?」
「……………」
「俺の時間なら安上がりで助かるし、いくらでもあげられるんだけど?」
「……………………」
凛子は、素直に答える事も出来ずに視線を彷徨わせてから俯いた。
だが、それは許さないと言わんばかりに顎を掬い上げられる。
「たまには、お前から欲しがってくれたら嬉しいんだけどなぁ」
「う………」
「一言欲しいって…言えよ」
有無を言わせない真剣な眼差しに凛子は根負けしていく。
本人も気付いている。この機を逃したら素直に気持ちを告げるチャンスが当分訪れないだろう事に。
「……………………ほ………欲しい、です…。銀さんとの時間」
「好きなだけ受け取って」
頬を赤らめた凛子の顎を持ち上げたまま、銀時は唇を寄せていく。
むにっ、と触れる。その感覚は、思っていたものではなかった。
自分の唇が触れたのは、凛子の掌だ。何故かガードされていた。
「何してんの?」
思わず聞けば、顔を真っ赤にした凛子に顔を引き剥がされる。
意外にも強い力で押された顔は、首がぐぐぐっと仰け反っていた。
「いだだだだっ!折れる!なんで!?」
「何してんのはこっちのセリフ!場所考えて!」
「今そういう雰囲気だったろうが!場所なんて気にしてんじゃねぇよ!」
「するでしょ!街中!人いっぱい見てる!」
「見せつけてやりゃいいんだよ!」
「イヤに決まってんじゃん!バカじゃないの!?」
「おまっ、さっきまでのしおらしさはどこに行った!」
「場所考えろっつってんの!」
「じゃあ何!?お前ン家行ったらヤッていいの!?」
「いいから離れて!」
「言ったな?」
「え?…………はっ!いや、今のいいからは違う方!」
「いーや、今のは同意だった」
顎を押されながらもニヤリと笑みを深める銀時は、その手を掴むといとも容易く引き剥がして、歩き出した。
「ちょ、違う!銀さんとの時間ってそういうんじゃなくて…」
「俺が欲しいっつったよな?貰ってくんねぇの?」
「…………………」
少し足早に引っ張って歩く銀時の向かう先は、凛子の自宅方向。
売り言葉に買い言葉のようにテンションに任せて言ってしまった所はあるが、本心では凛子も銀時を求めているのは確かだ。
否定出来ずに頬を染めて付いて行くしかない。
そんな凛子の様子に気付いた銀時は、呆れた笑みをこぼしてから掴んだ手を指を絡ませるように握り直した。
その瞬間にビクッと強張る姿に今すぐ襲ってやろうかとも思うが、それよりも二人きりになった方が色々と楽しめると言い聞かせ、家へと急ぐ事にした。
「……………………」
引っ張られるように後ろを足早に付いて行く凛子は、銀時の横顔を見上げる。
何処か嬉しそうな表情に小さく溜息を吐いた。
──バレンタインはちゃんとあげられなかったから、ホワイトデーでもいっか。
家に帰ったら、何か甘いものでも作ってあげよう。
きっと、銀さんから甘い時間を貰うから…。
「甘いものなら凛子食いたいんだけど」
「…あとでにして。一応銀さんの為に作ったから」
「一応、ね。じゃあ、凛子がデザートってことで」
「コレがデザートなんだけどな」
「甘いモンは別腹……って、腹に入れんのは凛子の方だけどな」
「言い方」
「俺もあとでたっぷりプレゼントしてやるから」
「…………腹八分目でお願いします」
-終。
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