流行に流されずに行け
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「………………」
私は今、窮地に立たされていた。
鬼の形相でソレを睨み付け、唸っている。
端から見れば怪しさ満点だろう。
だがしかし!
周りなんて気にしている余裕など今の私にはない!
「あの~、お客様?いかがされますか?」
「いかがしたらいいのだろう…」
「いや、知りませんけど」
「やっぱり買うべきですか!?買わなきゃダメですか!?」
「ええ?お店としては買っていただきたいですけど…無理にとは…」
「私が買うのは無理ありますか!?」
「だから知らねーっていってんだろ!」
店員さえも困らせる始末。
私は、そのショーケースに並んだ宝石箱のような輝きを放つチョコを買うのを諦めて、店員に謝って店を後にした。
お店を出ても辺りはチョコレート一色で嫌になる。
お店に入る女の子も出て来る女の子も浮かれ気分で白けてきちゃった。
そもそもなんで私がこんなに悩まなきゃいけないの。
あんな天パ相手に。
けど、甘い物が好きだし、喜んでもらえるよ?
普段のお礼に一つくらいあげてもいいんじゃない?
いやいや。どーせ、神楽ちゃんやお妙ちゃんから貰うでしょ?
さっちゃんや月詠さんだってあの男の為に用意してるだろうし?
「……………………」
そう。世間は甘さ漂うバレンタインデー。
私も銀さんにと考えたけど、ちょっと難易度が高い。
お店で買おうにも店員を困らせるだけに終わったし。
どうしようと悩んで街を歩いていると、無意識って怖い。
気づけば万事屋の前まで来ていた。
お登勢さんのお店の前で見上げる。
万事屋は今日も賑やかなようだ。
そんな事を思っていると…
「あ~ら、凛子ちゃん?」
あまり聴きたくない声が隣に立ち止まった。
「さっちゃん…」
眼鏡をクイッと上げるさっちゃんの手には大きめな箱。
サイズからしてケーキかな。
やっぱりあげるよね。
「どうしたの?手ぶらじゃない」
「あーうん」
「だったらどいてくれる?コレを銀さんに届けにきたから」
「どかなくても行けるじゃん」
「違うわよ」
どこかイイ女風のさっちゃんだったが、途端に私に強い殺意を向けてきた。
「銀さんの隣からどけっつってんのよ!!そこは私の場所なのよ!!」
「あー…」
取り合うのも面倒なテンションに突入されて、疲労感に襲われる。
私なんであんな人を好きになったんだろう本当…。
なんて思っていると、万事屋の扉が勢い良く開いた。
開いたと思ったら勢い良く銀さんが飛び出してくる。
「いや、マジで気持ちだけで十分だから!」
なんて家の中に向かって叫んで、階段を駆け下りてくる。
扉からお妙ちゃんが顔を出した。
その手に………チョコ、いや……何アレ?ダークマター?を持っている。
「銀さぁぁぁん!」
「げぇ!!」
階段の下にはさっちゃん。
駆け下りてきた銀さんを待ち構え、抱き着いた。
「どけぇメス豚ぁぁぁ!!」
「ぐはぁ!」
さっちゃんを投げ飛ばした銀さんは、そのまま逃げるように走って行った。
「何よ、投げ飛ばすなんて……最っ高じゃない!銀さん待ってぇぇぇ!」
流血しながらもさっちゃんが追いかければ、二人の姿は直ぐに見えなくなった。
私を眼中に収めてもくれずに立ち去った男に溜息を吐いていると、上からお妙ちゃんの声がした。
「凛子ちゃん、よかったら上がらない?」
お妙ちゃんの家ではないけど、穏やかなお妙ちゃんに断る理由もなくて万事屋に上がる事にした。
中に入ると、テーブルに…………やっぱりダークマターが置いてあった。
神楽ちゃんと新八君も中にいたが、ずーっと窓の外を見ている。
眼を合わすまいとしている。
「万事屋さんにチョコケーキを作ってきたの。良かったら凛子ちゃんも召し上がれ」
「あー………ありがとう。でも、今食欲なくて」
「あらそうなの?」
悪気がないのは分かるけど、お妙ちゃんの手料理だけは食べたくない。
それに食欲がないというのもあながち間違いじゃないし。
「はぁ…」
「どうしたの?貴女が溜息なんて…」
「うん。なんか、気を揉みすぎて疲れちゃって」
「そんな時には甘い物が一番よ?どうぞ食べて?」
「ありがとう。ショクヨクナイ」
「………銀さんのこと?」
「………うん」
相談するつもりも愚痴るつもりもないけど、親身になってくれるお妙ちゃんに心が落ち着いてくる。
「あんな男、ただのグータラなのに…」
「そうね。世話の焼けるろくでなしよね」
「…うん。でも、真っ直ぐなんだよね」
「そうですね。あの人、筋は通してますからね」
「だからなのかな…みんな、あの人を好きになる」
「いやでも、アレは男としてだめアル。付き合えないタイプヨ」
みんなが私を励まそうとしてくれているようで、なんかちょっと居た堪れなくなってきた。
「ていうか、付き合っちゃってるんだけど…」
「凛子くらいがちょうどいいネ」
「それは、褒められてるの?貶されてるの?」
「ああいう男には、凛子さんくらいしっかりした人が丁度いいんですよ」
神楽ちゃんと新八君がニッコリと笑って言ってくる。
すっかり気を遣われてしまったな。
これじゃあ、どっちが年上だか分かったもんじゃない。
それもこれも、バレンタインなんて面倒なイベントのせいだ!
なんでイベントに踊らされなきゃいけないの!?
冷静になったら、なんかアホらしくなってきた。
こんなイベントがなくても、私の気持ちは何も変わらない。
態度を変える必要だってないじゃない。
バレンタインデーなんてクソ食らえ!
「新八君、神楽ちゃん。コレ良かったら貰って?」
二人に向けて、袖口から小さな箱を取り出す。
「凛子さん…それ…」
「日頃の感謝を込めて、少ないけど」
本当は用意していた。だけど、こんなもの必要ない。
誰かにお膳立てしてもらわなきゃ言えない想いなんて持ち合わせていないから。
「ありがとうございます。あの…銀さん今日、まだ誰からもチョコ受け取っていませんよ」
「私もあげたけど、後でってはねのけられたアル」
二人のその言葉だけで十分だった。
お妙ちゃんにもチョコを渡して、万事屋を後にした。
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