雨
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しとしとと…。
静かに地面に打ち付ける雨。
雨が落ちていくように
私の気持ちも落ちていく。
体が重たい。
まるで足が地面に縫い付けられてしまったように動かせない。
雨…………。
──ウッザイなぁ。
予報では夜からって言ってたし、家を出る時も晴れてたから出掛けたのに。
雨は予定よりもうんと迅い夕暮れ時に降り出した。
傘を差さなくてもそんなに濡れやしないだろうって雨量でも私の体は急激に怠さを蓄積し始める。
しとしとと地面に落ちる度、気持ちも滅入る。
あぁ…結野アナの占いを信じとくんだった。
雨には絶対当たりたくない私は、雨宿りしている軒先で溜息をたくさん。
止む気配はない。
少し肌寒いけど、此処で雨が止むのを待つしかない。
明日になろうとも、濡れるよりは何万倍もマシだから。
「はぁ」
何度目か解らない大きな溜息が出た。
「お嬢さん。そんなデッカイ溜息吐いたら幸せ逃げちまうぜ?」
私の気分と同じような気怠そうな声が近付いてきた。
「この状況で幸せも何もないでしょ」
こんなに最悪な気分になっている時に話しかけられて、不機嫌を露にあしらった言い方になってしまう。
他人を気遣う余裕なんて今の私にはない。
「そうか…それじゃあ、銀さんがお嬢さんを幸せにしてあげよう」
胡散臭い台詞を吐きながら私の目の前に立った天パ男。
そっと傘を傾けて、
「さぁ、どうぞお入りください」
気取って言うから、私は仏頂面のまま一歩踏み出した。
傘の中、肩を並べて歩き出す。
「なんで居るの?」
「ん?」
「なんでタイミング良く現れるのかって聞いてんの」
「なんでって…………」
言葉を止めると、視線を私に移してたっぷりと間を取ってから口を開く。
「愛の力だろ」
なんですか?このバカなコメント。
「銀さんも雨でおかしくなっちゃった?なんか…変」
「いや、変って。雨降ってきたからお前を心配して来てやったっつーのに」
「だったら最初からそう言えばいいじゃん。紳士的な銀さんってちょっと気持ち悪い」
「凛子ちゃ~ん。仮にも彼氏に向かって気持ち悪いはないと思うなぁ」
「本当のことだから」
「傷付くなぁ」
イマイチ感情の読めない声音で銀さんの本心を計り兼ねていると、不意に肩を抱かれ引き寄せられた。
「何?」
「濡れるぞ?雨に当たりたくねぇんだろ?」
「……………」
何?この然り気ない優しさ。
普段はぐーたらなくせに。
これがギャップ萌えってやつなのかな。
「ん?どした?そんなに見つめて」
私が眼を丸めてじーっと見ているのに気付いて首を傾げる。
「何なに?銀さんの優しさに惚れ直しちゃったとか?」
あながち間違いではないけど、この勝ち誇ったような顔がムカつくから素直に頷いてやんない。
「違うし。ほら、もっと寄せてよ。濡れちゃう」
「おいおい、あんまりエロい事言うなよ」
「は?どこがエロいの」
「“銀さんに抱かれて凛子濡れちゃう”って言っただろ」
「言ってない」
ホントこの男の思考回路ってどうなってんだか。
また溜息が零れた。
こんな人に惚れ込んでる私も相当馬鹿かも…。
そもそも、なんでこんな堕落した男を好きになっちゃったんだろう。
「………ん?」
私が銀さんをガン見していたから、それに気付いて怪訝な視線を寄越してくる。
「雨当たってるのか?」
何食わぬ顔だけど、気遣うような優しい声音。
私を更に抱き寄せる心地好い温もり。
自分は肩が濡れてるっていうのに…。
「うん。もっと抱いて」
らしくないと思った。自分から腰に手を回して抱き着くなんて。
だけど、何故だか今はこの人に甘えたい。
「おっ?今日の凛子ちゃんはやけに積極的ですね」
「………雨の所為でおかしくなってるんだよ」
そういう事にしておいて?
雨が止めば、またいつものワガママ娘に戻るから。
「雨の日も…たまには悪くねーな」
「ん?」
「凛子が大人しくて淑やかだし?」
「銀さんはいつも以上に天パ爆発だし」
「お前ねー、銀さんが口説いてるってのに茶化しやがりますか」
「雨の日になると、銀さん優しいよね」
「あん?」
「そんな銀さんがね…大好き」
「なっ!?おまっ、そういう事をそんな顔で言うんじゃねーよ」
「え?」
自分がどんな表情をしていたのか解らない。
ただ、こうして銀さんと話してるだけで温かい気持ちになれる。
いつもより静かな世界でなら、私もはぐらかさないで素直に自分の気持ちを打ち明けられる。
そんな事を思っていると、
──ちゅ
唇に何かが触れた。
気付いた時には銀さんの顔が目の前にあった。
「お前が可愛い事言うからだからな…」
ちゅ………
真剣な眼差しがぶつかったのは一瞬だけ。
再び重ねられた唇は、すぐに離れてはくれそうにない。
雨で冷えてしまっていたはずの身体が、キス一つで熱くなってゆく。
激しくないし、優し過ぎるくらい優しいキスなのに。
私の心はすっかり溶けていた。
「その顔……ほんと反則だわ」
唇を離してすぐに苦笑される。
「街中で…信じらんない」
今度は自分の表情がどんなだったか想像出来てしまい、照れ隠しに銀さんから視線を逸らす。
「見てる奴なんていやしねーよ」
「バカ」
「バカで結構。こんな凛子、雨の日じゃねーと見れねーし?」
さっきの真剣な眼差しは何処に行ったのか、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてくる。
「好きに言ってろ」
「…で?これからどーするよ」
「帰るよ。送ってくれるよね?」
「あぁ、もちろん」
銀さんを見上げると、銀さんは未だニヤニヤしていた。
何か良からぬ事でも考えてるわね?
「ただし、送り狼に気を付けろよ?」
………ほら。
「今日は雨だからな──二人で濡れようぜ」
「下ネタ」
有言実行なこの男は、私をちゃんと家まで送り届けてくれた。
その間、雨に濡れる事もほとんどなかった。
………有言実行。
この男は、送り狼になった。
-終。
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