優しい熱
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仕事が終わって会社を出る。
今日は、ちょっとミスが多くて気分がだだ下がり。
そんな気持ちで向かうのは、今月に入って知ったお店。
家とは逆の方角にあるから今まで気付かなかったけど、なんとなく足が向いて見つけた数分歩いて着くそこは…
「たこ焼き一つくださいな」
「まいど……なんや、京華か。お疲れさん」
ソースの香りが食欲をそそる屋台。
その中でたこ焼きを焼いているお兄さんは、最初はちょっと声かけるのに勇気がいる強面だけど、話すと意外と気さくで安心した。
関西弁だったから本場の味だなと思ったけど、本人はこの仕事に就いてまだそんなに長くはないそう。
そんな話をするくらいには常連になった私は、その強面なお兄さんにいつものように注文をした。
「もうかってまっか」
「ボチボチでんな…って言わすなや」
「ふふ。やっぱりそう返しちゃうものなの?」
「反射やな」
大きな身体に金髪でどこかオーラのある人だけど、その瞳は優しくて、言ってしまえば一目惚れだった。
「ほれ、たこ焼きや。熱いから気ぃ付けや」
差し出されたたこ焼きを受け取って、代わりにお金を手渡す。
屋台の隣に立って、いただきますと呟いてから一つ頬張る。
出来たてをはふはふしながら食べる。
思った以上に熱くて、軽く舌を火傷したかもしれない。
けど、気にせず次を口にする。外はカリッとしてて中はトロッとしてる絶妙な食感を楽しむうちに、気落ちしていたのも忘れていく。
嫌な気持ちも忘れるような元気をくれる味。
「今日は、えらい静かやな」
「え?」
隣でたこ焼きを返しながら、ポツリと言われた。
そっちを見ても彼は、たこ焼きしか見ていない。一瞬、たこ焼きに話しかけてるのかと思ってしまう。
「いつもは、聞いてもないのにベラベラ喋りよる」
「…お喋りで悪かったわね。迷惑でしたね、ごめんなさいね」
私に話しかけてるのは確かだけど、その言い方に今まで迷惑かけてたのかと諭される。それならそうと早く言ってくれればいいのに、と少し逆ギレ気味にムッとしてしまう。
「迷惑とちゃう。静かやと寂しいな思うてな」
「………………」
「まぁ、落ち込んでる時に無理に喋れとは言わんけど」
そう言ってから、チラッと私を一瞥したその目が優しくて、やっぱり私はその瞳に惚れ直していくんだなと胸をときめかせた。
「どうして私が落ち込んでるって思ったの?」
「出会って間もないけど、見たら分かる。声のテンションも違うで自分」
「そっか…」
確かに私達は、出会って一ヶ月も経ってないくらい浅い付き合いだ。
関係性だって、ただの店主と客というだけ。
それなのに良く見ててくれた事が嬉しくなる。こういうさり気ない優しさがあるから、私はきっとこの人に恋をした。
「今日はちょっとね。絶不調な一日だったから」
「ま、そういう時もあるわな」
「あなたもあるの?」
「たま~にな」
完璧な人なんていないから、そりゃあ誰にだって不調な日はあるよね。
私だけじゃないっていうのは頭では解ってたけど、彼の口からそれが聞けて、なんだか心が軽くなった。
「…こういう時って、自分が世界で一番ダメな人間なんじゃないかってくらい落ちちゃうんだよね」
「それは落ちすぎやな」
「私もそう思う」
「上がってこれへんのか」
「少し前までは、なかなか上がれなかったかな」
「?…ほなら今は?」
「あなたのたこ焼きで簡単に上がれてますよ」
「………そうか。そら良かったわ」
感謝を込めて微笑めば、一瞬驚いた顔に小さな笑みが浮かんだ。
低くて落ち着いた声とぽつりぽつりと喋る日も悪くない。
残りのたこ焼きも、静かに味わいながら噛み締める。
「ご馳走さまでした」
「おおきに」
さて、全部食べたら後は帰るだけ。なのだけど、今日はちょっとだけ勇気を出してみようかな。
駄目で元々、行動してみないと何も変わらない。
「あ、ねぇ」
「ん?」
「あの…」
呼べば、じっと見てくる。途端に緊張が全身を駆け巡る。
初めての恋愛じゃあるまいし、何をこんなに緊張する事があるのだろう。
拒絶されるかもしれない事がこんなにも怖いなんて、本気じゃん自分。
「どないしたん?」
何も言わない私を不思議そうに見てくる。深呼吸を一つしてから、意を決した。
「えっと、この後…何か予定ありますか?」
「予定はないなぁ」
「それなら…もし、良かったら……飲みに行きませんか?」
「……飲みに?ワシと、二人でか」
「そう。別に他意はないから!下心とか本当、ありませんので安心してください」
「…なんや、下心ないんか。そら残念やな」
「え?」
「ま、ええで。付き合うたる」
「いいの?」
「ああ」
快く頷いてくれて、驚きが勝って呆然としてしまう。
「店閉めるまで少し待っててくれや」
「は、はい!それはもちろん全然構いません!」
「さっきっからなんで敬語やねん自分」
「え、あ…いや、なんとなく…」
「おもろいやっちゃな」
ふっと微笑まれて、嫌な事も沈んだ気持ちも吹き飛んだ。
飲みに付き合ってくれるということは、嫌いではないということで、さっき少し脈アリなことを言われたということは……つまり、そういうこと?
都合の良い方に取るのは時期尚早かな…。
ソワソワしながら、焼いた分を売り切ってから後片付けに入る姿を見守る。
全部終わらせると、エプロンとハチマキを外して代わりにコートを羽織った。
また少し印象が変わった彼に見惚れる。
「待たせたな」
「ううん」
「で、どこ行くかは決めてあるんか?」
「神室町に良いバーがあるの。そこでいいかな?」
「神室町…か」
「…?あんまり好きじゃない?」
「いや、かまへんで。ただ………」
「ただ?」
「…ワシは、酔うたら京華に手ぇ出すかもしれんで」
「え?」
「惚れた女と飲んで、平然としてられるほど大人やないからのぅ」
「………」
「京華には、ホンマに下心ないんか?」
「………あります。本当は酔った勢い借りようかなって考えてました」
「ほな、今日は嫌な事忘れるくらい酔うたらええ」
「………うん」
こんな事ってあるのかな。実は両想いだったなんて全く気が付かなかった。
やっぱり行動してみるものなんだね。
そっと彼に寄り添って、夜の街に向かって歩き出す。
彼の優しい温かさを感じながら……。
そうだ。一番大事な事聞くの忘れてた。
「ねぇ、お兄さんの名前…なんていうの?」
「………………フハハハ!そう言えばまだ名乗っとらんかったなぁ」
「話すのは私ばっかりだったから」
「せやな。ワシは──龍司や。郷田龍司」
「龍司……素敵な名前ね」
「そらおおきに」
──完。
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