ぬか漬け
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仕事場に着き、女性用控え室で朝支度を整える。
まずは、着てきた上着とシャツとジーンズを脱ぐ。上はチューブトップの下着姿になってから、動きやすいつなぎを着る。
ファスナーを胸元まで上げて、袖を軽く捲る。靴はスニーカーのまま。
そして、最後に黄色い帽子を被って、お仕事スタイルの完成。
「ふんふんふ~ん…」
鼻歌も出る程、今日も絶好調に控え室を出た。
出ると、すぐに陽射しが突き刺さる。気持ち良い青空見上げながら、みんなの所に駆けて行った。
「おはようございます~」
そう元気に声を出せば、みんなも挨拶を返してくれる。
「今日もえらい元気やのう、ちひろチャン」
ニッと笑うて迎えてくれたのは、左眼を眼帯で隠して、裸に蛇柄のジャケット直着と革の手袋に革のパンツに革靴という変な格好に、刈り上げりたテクノカット……は、黄色い帽子で隠されてるけど、どっちにしても相変わらずな格好をしとる真島さん。
東城会真島組組長改めて、真島建設社長その人である。
「未来を担う仕事ですからね。明るく元気にいきましょ!」
「おおっ、ちひろチャンは、作業員の鑑やのう。おう!お前らもこれくらい明るくやらんかい!」
私を満足気に見てから、そこにおる西田さん達に怒鳴る。朝から何をカリカリしてんねやろ、この人は。
「元気にも何も…やっぱりやるんですか?親父~」
「しつこいでー!やるっちゅーたらやるんや!文句は聞かへん!」
ずっと不安そうな顔の西田さんも同じ黄色い帽子を被る。
「ほれ!真島建設、業務開始やで!」
「はい」
元気があるんかないんか微妙なラインの返事をした元組員達は、それぞれの持ち場に着く。
全員が同じ黄色い帽子──いや、作業用ヘルメットを被っている。
神室町の北側に高層ビルを建てるらしくて、その業務をどういうわけか真島さんが持ってきた。東城会を辞める、真島組解散や言われた時は、みんなも驚いてたけど、すぐに建設会社立ち上げて組員達をそのまま社員へと引き継いだり滞りなくて、さすがは真島さんやな思うた。
ズブの素人もいいとこ、建設なんて全く解らない自分達に何が出来るのか、西田さんを筆頭にみんな不安が残っとるけど、それでもみんな真島さんから離れたりはしない。
お互いに見捨てない関係、ええな…思いながら、私は私で勉強しながらお手伝いしようと気合い入りまくりやった。
まだまだ不慣れな作業こなして、お昼になって休憩に入る。
今日は、天気もええから外で食べよ思うて、レジャーシート持ってきた。一人用のそれを広げて、お弁当を取り出す。
他の人達は、近くにあるごはん屋さんに行っとるやろ。あと、奥さんおる人は愛妻弁当作ってもらって食べとる。
私は、自分で作ったお弁当。
「いただきます」
手を合わせてから、シンプルに塩だけのおにぎりを頬張る。
それから小さめなお弁当箱を開けようとした。
「おっ、ええなぁ…手作り弁当かいな」
そこに軽い声がした。見上げれば、真島さんが私の傍に立ち止まる。
すぐにしゃがんで目線が急激に下がった。
「ちひろチャン、自分で作ったんか?」
「はい。まあ…」
「ほぉ~お。おかずはなんやねん」
好奇心むき出しの目が開けようとしたお弁当箱に注がれる。
そない興味持たれても大したもん作ってないし、開けるの躊躇うわ。
「まだまだ半人前ですけど…」
そうフォローしといてから、ゆっくり蓋を開けた。
大丈夫やー気にすんなー言いながら、中身を見た真島さんは、少し考えるように止まった。軽く首を捻る。
どういう反応やねん、思うとったら指を差してきた。
「……コレ、なんや?」
改まって聞かれる。え、知らんの?
「ぬか漬けですよ?」
「そうやんなぁ。ぬか漬けよなぁ」
なんや、知っとるやん。
「なんなん、その反応…」
「なんでぬか漬けやねん!」
聞けば、調子戻った真島さんにツッコまれる。
「手作り弁当言うたら、甘い玉子焼きにタコウィンナーやろ!」
そして、何故か怒られた。
「いや、知らんですよそんなん」
「それがぬか漬けって…」
「ムッ…おばあちゃんのぬか漬けバカにせんといてください!」
「なんや急に……って、おばあちゃん?」
他意はなくても馬鹿にするのは、真島さんでも許せない。
睨んでも真島さんに対して効果はないけど、単語に引っかかって首を傾げてきた。
「そうです!おばあちゃんからもろたぬか床で漬けたんです」
「…………もしかして、ちひろチャンが自分で?」
「そうです」
不機嫌のまま頷けば、真島さんは目を丸くさせていく。
「ちひろチャン、おばあちゃんなんておったんか?」
「そらおるでしょ」
「いや、聞いた事ないで?」
「……そういえば、話した事はなかったですね」
両親の事は、ふんわり説明したから知っとるやろうけど、それ以外は特に話してなかった事に今気付いた。話す必要もなかったから。
「借金してた時は、迷惑かけたないから一切連絡取ってなかったんやけど…真島さんに拾われた後でたまに会うようになってな。その時にぬか漬け教わったんです」
「そうやったんか。ばあちゃんのこと、好きなんやな」
「そうですね。親とは違うて優しかったですよ」
「………そうか。優しかったか」
些細な言葉尻で気付いてくれた真島さんに、少し嬉しくなる。
「先日、病気こじらせて亡くなったんですけど……その時にぬか床だけでも欲しい言うて、もろたんですよ」
「ふぅん。ばあちゃん仕込みのぬか漬けか…ソイツは、食べてみたいなぁ」
私を真っ直ぐ見てねだられる。
まだまだおばあちゃんみたいに上手く漬けられてないから、他の人には食べさせた事はない。自分でもう少し揉み込もかとか思うくらい。
「人に食べさせるような出来やないし…」
「ええねん。ちひろチャンが作ったっていうのがミソやねんから。ぬか漬けやけどな」
「おもろないですよ」
ついツッコんで、でもその直後に何故か笑いが込み上げて来た。
「…ふふ、ふははは」
「笑うとるやんけ」
「いや、なんや可笑しなってきて…ふふ…」
「そないな事より、はよ食わせてくれや」
笑っていると、痺れを切らしたように真島さんが顔をズイッと寄せてきた。
ヒゲ面やのに整ってるから、顔近付けられるのは心臓に悪い。
ちょっと身を引いて距離を取ってみても意味はないけど、気休めやな。
「食べさせるなんて言うてないやん」
「ワシが食べる言うとるんやから、食わせんかい!」
「横暴やなぁ………どうぞ」
こうなったら食べないと私の前から動かないやろうから、しゃーないなとお弁当箱を真島さんに差し出した。
「なんや、ちゃうやろ」
差し出したのに意味不明な事言われた。
ちゃうって何?
目だけでそう聞いたら、真島さんはため息一つ吐いてから、私の手元を指差した。そこには、箸。
「コレ使うて、あーん…やろ!」
「え……いやですよ。恥ずかしい」
「なんも恥ずかしい事なんてあらへん。ワシしか見とらん」
真面目なトーンで言うてくれるけど、アンタに見られるのが恥ずかしい言うとんねん。こういう行動取るの苦手や。
「ホンマ無理です」
そう断言したら、真島さんの顔に不機嫌が現れた。
ムッとして、怒ったかな思っていたら、箸を奪われた。
乱暴に取って、ソレ使うてお弁当箱から胡瓜を一つ。
「ちひろチャンなんて知らん。勝手に食べたるからな!」
言うて、口に放り込む。
拗ね方が子供やな。
「……なんや、なかなか美味いやんか」
食べた瞬間にパッと表情を明るくさせた真島さんに、ホンマ?と聞き返してた。
「美味いで~。売りモンと変わらんわ」
言いながら、真島さんの箸を持つ手が再び箱に伸びる。
もう一口、更にもう一口と美味しそうに食べてくれるから、嬉しさしか湧かんかった。微妙な味食べさせたくないしな。
そうやってホッとしてたのも束の間、真島さんの手が止まらない事に気付く。
「ちょっ、真島さんストップ!食べ過ぎやって!止まって!」
パクパクポリポリ食べられて、慌ててお弁当箱を真島さんから引き離す。
でも、少し遅かった。覗いた箱の中は空っぽになっていた。
「あ~、全部いかれた…」
「……………」
ジト目で真島さんを睨んでも、口いっぱいに入れてるからなんも喋らんと咀嚼だけしてる。ハムスターみたいやな、なんて思わへん!可愛いなんて今思ったら負けや!
「人のお弁当全部食べるとか…」
「……お前があーんして食べさせてくれたら、こないな事にはならんかったな」
口ん中の全部食べ切った後で他人事みたいに言われた。
「根に持ってたん?仕返しが子供やん」
「誰が子供や。仕返しとちゃうわ!」
「じゃあ、なんやねん」
「ホンマにウマくて止められへんかった」
「……………」
「ご馳走さんやで」
そう言うて、手を合わせて笑うた。
ホンマにウマい、とか…笑うとか…ズルない?
怒れへんやん。
「お、お粗末さまでした」
「また食わせてや?」
「は、はい」
「よし!ほな、俺は先に戻ってるわ」
満足そうに笑うて、立ち上がる。
去って行く姿を少し見送って、なんとも言えん気持ちに晒された。
私もつい “はい” なんて返事してもうたけど、これは明日も持ってくる流れなんかな?まあ、それやったら玉子焼きとかウィンナーとかおかず増やしてお弁当作ろか。
って、なんで私が真島さんのお弁当作るみたいな感じになっとんねん。
頼まれたわけでもなし。私も料理得意な方ちゃうから不格好になるだけや。
せやからまた今度、真島さん用に小分けして持ってきたろ。
さて、昼休憩終わらせて、作業に戻った真島さん達と合流しよか。
「♪えっがおをク~リ~エ~イ~ト…まっじまけ~ん~せ~つ~」
頭を離れない変な社歌をついつい口ずさみながら、みんなの下に向かう。
なんや、ビルもぬか漬けも似てるなぁ…。
愛情持って作れば、ええのが出来る。
そう思うと、きっつい労働も楽しなってきたわ。
合流して、さあやるでぇ!と気合い入れた時にはたと気付いた。
私、お握りしか食べてないやん…。
──完。
1/1ページ