狂犬に拾われた飼い犬
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「返済期日が過ぎてる100万……まずは、10万だけでも返してもらいましょか」
なるべく威圧感のないように、軽やかに爽やかに目の前の男に言った。
男は、合った視線をすぐに逸らす。その反応が全てを物語っていた。
「10万も用意出来てないですか?それやったら5万、それならあるでしょ?」
今日取りに来ると約束していたのに揃えられてないなんて、一体何をしていたのか…。
ここは一つ、両手を腰に当てて、威厳というものを出してみる。
「す、すまないが…金は、まだ………」
少しおどおどと答える姿に、この態度は成功かな?なんて心の中で手応えを感じた。
でも、状況としては何一つ成功なんてない。
「なあ、大倉さん…先月ええスーツでも買うてくださいって10万渡しましたよね?それで、仕事の一つも出来てないんですか?」
「なかなか、雇ってくれる所が…なくて……」
俯く姿がなんとも情けない。可哀想で不憫。
「そんなん言うたかて、はよ払うてもらわんとどんどん立場悪くなりますよ?」
「わ、分かっているんだが……その、図々しいのは承知で頼みたいんだ…」
「?……なんです?」
おどおどした眼差しがゆっくり上がってくる。目が合ってもなおおどおどしている瞳。
「ご、5万でいいから…貸してくれないか?……就職の為の資金がほしい」
「今度は5万でちゃんと働けるんですか?」
「あ、ああ…必ず!必ず仕事に就いて金を返す!だから…」
顔の前で両手を合わせて拝まれて、懇願されて、しゃーないなぁなんて気持ちになってしまう。
足蹴にするんやなく、手を差し伸べて、更生させたいって気持ちがある。
せやから、前にも働く為にええ服着て就活せぇって10万投資した。それで働き口見つけて稼いで借金返せるようにって。
「……ホンマに次はないですよ?」
「あ、あぁ…分かってる」
ショルダーバッグから財布を出して、中から一万円札を5枚取り出す。
「こっちは貸すだけやから、プラス5万耳揃えて返してもらいますよ」
「ああ、ありがとう」
男に札5枚を差し出すと、安堵したようにお礼を言いながら男が手を伸ばす。
お金に触れ、コッチが手放そうとした時──
「借金取りが金取られてどないすんねん。ちひろチャ~ン」
どこかねっとりした軽い声がしたと思ったら、お金がすっとどこかに消えた。
私の手元からも男の手に渡る前にも、お金は別方向に飛んでいく。
「こないな男に情けかけるなんて、相変わらず甘いのぉ…」
お金をヒラヒラさせて、アマアマやぁと口角を吊り上げて私を見下ろす…………
「邪魔せんといてくださいよ。──真島さん」
左眼に眼帯をして、めっちゃ綺麗に切りそろえられたテクノカットで、革の手袋して革のパンツ履いて革靴履いて、裸に派手な蛇柄のジャケットを羽織る……一言で言えば変な格好した男。
その実は、東城会真島組の頭張ってる正真正銘の極道。
「ま、真島って……く、組長の…」
急に現れた我らが組長真島さんに、男は明らかな動揺を見せる。
そんな男に、真島さんの鋭い隻眼が向けられた。途端、男からひぃっと小さな悲鳴が上がる。
「大倉はん…やったな?」
「……は、はい」
「なんや?コイツが女やからって、ナメてへん?」
「……え?」
私を一瞥して男に問えば、男の顔はみるみる青ざめる。
「コイツが優しいから、それっぽい理由で金巻き上げてトンズラ…そう、思っとったんちゃうかぁ?」
「そっ、そんなことは…」
最初の軽い口調は鳴りを潜め、低くてゆっくりとした声で真島さんは男に詰め寄る。怒ってるような機嫌悪いような雰囲気が見て取れて、男も威圧されて縮こまる。
「勘違いしてるようやから言うとくけど、コイツも一応
「そ、それは…もちろん…知ってます…」
「優しさ見せてるうちに返さんと、後で怖い思いすんのはアンタやで」
ドスを聞かせて言うと、男の顔が引きつった。
怖いのは真島さんやろ…って、ツッコミは今はしないでおく。
「だ、だから…次こそは…」
「お馬さん当てて倍以上にしてきます──やろ?」
「ッ……!!」
この男は、反応に感情が全て出る。答え合わせが早い。
「前に渡した10万もギャンブルに使うて、就活になんて一円も充ててない」
真島さんの推理に男は唇を噛み締める。
分かりやすすぎて、真島さんも追い込み甲斐がなくてつまんなそう。
私も気付いてた。前にあげた10万の使い道も。さっきの言葉が全部取り繕われたもんやった事も。5万貸した所でどうにもならん事も。
「折角お膳立てしてくれたのに、無下にしおって………」
「い、いえ……それは……」
なんで真島さんが苛立ってるのか分からないけど、私の為に怒ってくれてるなら嬉しいなって、こんな状況で暢気に思うてしまう。
ま、そんな気持ちはまた後で抱くとして、まずはこの男からやな。
ほっとったら真島さん何するかわからんしな。
「大倉さん」
「な、なんでしょう…」
私に対してまで怖がるようになって、内心で苦笑する。
「あたしが温情かけたのは、大倉さんはまだやり直せる所におるからや」
「………………は?」
「大金かもしれんけど、決して返せへん額やない。ちゃんと働いてお金返して、残ったお金で家族養ってほしいって…そう、思うてんねん」
「……っ」
「あたしからお金巻き上げてトンズラした所で、逃げられへんし…それされたらあたしもアンタ殺さなあかんし…」
「ッ!?」
「そんなんどっちも嫌な気分だけしか残らんでしょ?」
「…………………」
「アンタは、まだ大丈夫やから…手遅れになる前に真っ当な生活戻った方がええですよ」
男に言って聞かせてる間、ずっと真島さんの視線が突き刺さってた。穴開くんちゃうかいうくらいじぃーっと見られて居心地悪い。
「借金返されへん奴に待つのは、絶望的な地獄だけですから」
真剣な声音で言ったのが効いたのか、男は本当に反省したような態度で項垂れた。
「…………真っ当に、生きようと思います」
「それがええよ。次来る時には、1万だけでもええから返してくださいね」
「……………………はい」
深く頭下げた男に、別れを告げて私はその場を立ち去る。
もちろん、何も言わずに真島さんも付いてくる。一度後ろ振り返って男に眼飛ばしたみたいやけど、多分解ってくれたと思う。
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