親と子
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あばら家。
人気の無い室内に一人。
「…………………」
イーゼルを組み立てて、そこに描き途中の支持体を乗せる。
隣にももう一組イーゼルを置き、そこに丁寧に置かれる【サユリ】。
薄汚れたスツールを引き摺ってきて座ると、音は無くなった。
「…………………」
見つめる先には【サユリ】。胸が締め付けられるような神秘的な力を放つ、筆舌に尽くし難い作品。
時間さえ止まってしまったかのように、長い時間【サユリ】を見つめ続ける。
静かに筆を手に取り、描き途中の絵に色を乗せていく。
暫く動かしていた筆を止めると、視線を【サユリ】に移してまた暫く見つめる。
そして、再び筆へと視線を戻して色を重ねていく。
「………………」
だが、筆の動きが不意に止まる。
そして、カシャ…と筆が床に落ちて転がった。
「はぁ~~~~~」
両手で頭を抱え、大きく長い溜息を吐いたあかり。
「ダメだ、乗らない…」
だらんと腕を降り下ろして、目の前のモノを見た。
ほぼ完成に近い【サユリ】。
あかりは、ソレを払うように床に投げてから、本物の【サユリ】を見た。
「この素晴らしい作品と、私が描く贋物がどうして同等に扱われるんだろう?」
手を伸ばして触れようとするが、しかし直前でその手を止めた。
触れそうで触れない距離で、【サユリ】の女性が見下ろしている先へと手を滑らせた。
靄のように塗り潰され、そこに何が描かれていたのかは解らない。
不足の美──人々はそこに神秘性を見出だしている。
彼女が見ている先に何があるのか、その表情が示す意味は何か、様々な見解が広がるが、この女性が誰なのか解れば自ずと見えてくる。
「…………………祐介」
ポツリと呟いた声はすぐに静寂に消え、伸ばした手は強く握り締められた。
“────祐介”
「…ん?」
祐介は、不意に振り返った。
「わ!ビックリしたぁ。急に振り返らないでよ」
後ろにいた杏が少しむっとする。
「今、俺を呼ばなかったか?」
「呼んでないっつの」
「……そうか?」
膨れる杏に不思議そうな顔を見せてから祐介は前に向き直る。
──今、確かに誰かに呼ばれた気がしたんだが。
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