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番外編
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古びた絵本
「魔軍司令さま、これを読んで」と、フィーはベッドに入りながら、魔軍司令ホメロスに一冊の本を手渡した。
ホメロスは本を受け取った。「これは……絵本じゃないか」ずいぶん古びた表紙には、白い鎧を着た男と、黒い服を着た女の絵がかわいらしいタッチで描かれていた。「このぐらいだったらもうひとりでも読めるんじゃないか?」
ホメロスがフィーに読み聞かせる本は、おもに子供でも読めそうな小説が多い。図解付きの本であれば難なく読める今の彼女なら、絵本などわけないはずだが。
「……読んでほしいの」いつになく甘えたようにフィーが言った。
そこでようやくホメロスは察した。世間一般の小さな子供たちが親にしてもらっているように、フィーもまた、父親代わり──と言っていいのかまだ自信はない──のホメロスに絵本を読んでほしくなったのだろう。
あの劣悪な環境で育っていた彼女は、おそらく絵本を読みきかせてもらったことなどないはずだ。それもそのはず、彼女はここに来るまで文字の読み書きができなかったのだから。
だが、もうその過去は塗りかえられたのだ。奇しくも、愛を否定して魂を魔に染めた男によって。
「いいだろう」ホメロスはフィーのベッドのそばに腰かけた。
フィーは上掛けから顔を出し、わくわくした様子でホメロスの朗読が始まるのを待った。
ホメロスは咳払いをしてから、絵本を開いた。タイトルは「白い騎士と花嫁」とあった。
*****
むかしむかし、ある王国に、黒い騎士と白い騎士がいました。
黒い騎士は力、白い騎士は知恵が自慢で、ふたりは力をあわせて王さまやお姫さま、王国の人たちを守っていました。
あるとき、黒い騎士は王国のお姫さまと結婚することになり、国中が喜びの声につつまれました。
結婚を祝う宴は三日三晩つづき、だれもが彼らを祝福していました。
つぎは白い騎士がめでたいしらせを持ってくる番だ、と言う人もいました。
しかし、白い騎士は、自分は結婚なんていやだと思っていました。
じつは、白い騎士は自分の父親を知らず、母親も早くに亡くなっていたため、家族というものを知らなかったのです。
「わたしはひとりで生きるほうがいい。そのほうが気楽だ」
ところが、ある日、王さまは白い騎士に言いました。
「おまえに結婚を命ずる。相手は、貿易商の娘だ」
王さまは、裕福な貿易商と手を組めば、この国がもっと強くなると思い、そのあかしとして白い騎士と貿易商の娘を結婚させ、つながりを強くしようとしたのです。
白い騎士はとてもいやだと思いましたが、王さまの命令はぜったいです。
こうして白い騎士は、名前も知らない娘と結婚することになりました。
そして、彼らがはじめて会う日になりました。
白い騎士は娘が城に来るのを今か今かと待ちました。
結婚するのはいやでも、なんだかんだで結婚相手となる娘のことは気になっていたのでした。
あらわれた娘は肌が青白く、黒い髪で片目を隠し、お葬式のときのように真っ黒な服を着ていました。
なんて不気味なんだろう……と白い騎士は思いましたが、だからといって娘を嫌いにはなりませんでした。
それどころか、もっと彼女のことを知りたい、と思いました。
娘のほうはというと、その昔、娘が幼かったころ、迷子になっていたのを、まだ兵士だった白い騎士に助けられて以来、ずっと白い騎士を慕っていました。
じつは娘は、この結婚がとてもうれしかったのです。
でも、娘は、過去のあやまちから、自分に自信が持てず、下を向くくせがありました。
だから、白い騎士は自分のことなんて好きになるはずがない、と思っていました。
だけどそれは、まったくの誤解だったのです。
白い騎士は娘の笑った顔が見たくなり、たくさんおはなしをしたり、ふたりで出かけたり、ときにはプレゼントをおくりました。
白い騎士に大切にされた娘はいつしか下を向くのをやめ、にっこりと笑うようになりました。
娘が笑うと花が咲くようで、まわりをなごやかにさせました。
白い騎士は娘が大好きになり、娘もまた、白い騎士が大好きになりました。
こうして、ひとりぼっちだった白い騎士に、たいせつな家族ができました。
めでたし、めでたし。
*****
……なんだこの話は。子供向けの絵本にしても劇的につまらない。ホメロスは絵本を閉じた。
フィーに感想を訊こうとすると、彼女はすやすやと眠っていた。なるほど、彼女にとっても寝入ってしまうほど退屈な話だったらしい。
しかし、この「白の騎士」が、なぜだが自分と重なるように思えてならない。ホメロスもかつては白い鎧を身にまとっていたし、黒い鎧の騎士と並びたっていた──。
もしかしたら──あらゆるあやまちがなければ──こんな世界もあったのだろうか。ホメロスはぼんやりと考えた。
……だが、自分が見知らぬ娘を妻として迎え入れ、さらには愛するなんて、想像もできない。
オレにはフィーがいる。それで充分だ。この絵本のような幸せな結婚生活は、他のヤツに任せておけばいい。
ホメロスは眠るフィーの額にキスを落とすと、灯りを消して自分の部屋に戻っていった。なぜか、絵本は抱えたままだった。
「魔軍司令さま、これを読んで」と、フィーはベッドに入りながら、魔軍司令ホメロスに一冊の本を手渡した。
ホメロスは本を受け取った。「これは……絵本じゃないか」ずいぶん古びた表紙には、白い鎧を着た男と、黒い服を着た女の絵がかわいらしいタッチで描かれていた。「このぐらいだったらもうひとりでも読めるんじゃないか?」
ホメロスがフィーに読み聞かせる本は、おもに子供でも読めそうな小説が多い。図解付きの本であれば難なく読める今の彼女なら、絵本などわけないはずだが。
「……読んでほしいの」いつになく甘えたようにフィーが言った。
そこでようやくホメロスは察した。世間一般の小さな子供たちが親にしてもらっているように、フィーもまた、父親代わり──と言っていいのかまだ自信はない──のホメロスに絵本を読んでほしくなったのだろう。
あの劣悪な環境で育っていた彼女は、おそらく絵本を読みきかせてもらったことなどないはずだ。それもそのはず、彼女はここに来るまで文字の読み書きができなかったのだから。
だが、もうその過去は塗りかえられたのだ。奇しくも、愛を否定して魂を魔に染めた男によって。
「いいだろう」ホメロスはフィーのベッドのそばに腰かけた。
フィーは上掛けから顔を出し、わくわくした様子でホメロスの朗読が始まるのを待った。
ホメロスは咳払いをしてから、絵本を開いた。タイトルは「白い騎士と花嫁」とあった。
*****
むかしむかし、ある王国に、黒い騎士と白い騎士がいました。
黒い騎士は力、白い騎士は知恵が自慢で、ふたりは力をあわせて王さまやお姫さま、王国の人たちを守っていました。
あるとき、黒い騎士は王国のお姫さまと結婚することになり、国中が喜びの声につつまれました。
結婚を祝う宴は三日三晩つづき、だれもが彼らを祝福していました。
つぎは白い騎士がめでたいしらせを持ってくる番だ、と言う人もいました。
しかし、白い騎士は、自分は結婚なんていやだと思っていました。
じつは、白い騎士は自分の父親を知らず、母親も早くに亡くなっていたため、家族というものを知らなかったのです。
「わたしはひとりで生きるほうがいい。そのほうが気楽だ」
ところが、ある日、王さまは白い騎士に言いました。
「おまえに結婚を命ずる。相手は、貿易商の娘だ」
王さまは、裕福な貿易商と手を組めば、この国がもっと強くなると思い、そのあかしとして白い騎士と貿易商の娘を結婚させ、つながりを強くしようとしたのです。
白い騎士はとてもいやだと思いましたが、王さまの命令はぜったいです。
こうして白い騎士は、名前も知らない娘と結婚することになりました。
そして、彼らがはじめて会う日になりました。
白い騎士は娘が城に来るのを今か今かと待ちました。
結婚するのはいやでも、なんだかんだで結婚相手となる娘のことは気になっていたのでした。
あらわれた娘は肌が青白く、黒い髪で片目を隠し、お葬式のときのように真っ黒な服を着ていました。
なんて不気味なんだろう……と白い騎士は思いましたが、だからといって娘を嫌いにはなりませんでした。
それどころか、もっと彼女のことを知りたい、と思いました。
娘のほうはというと、その昔、娘が幼かったころ、迷子になっていたのを、まだ兵士だった白い騎士に助けられて以来、ずっと白い騎士を慕っていました。
じつは娘は、この結婚がとてもうれしかったのです。
でも、娘は、過去のあやまちから、自分に自信が持てず、下を向くくせがありました。
だから、白い騎士は自分のことなんて好きになるはずがない、と思っていました。
だけどそれは、まったくの誤解だったのです。
白い騎士は娘の笑った顔が見たくなり、たくさんおはなしをしたり、ふたりで出かけたり、ときにはプレゼントをおくりました。
白い騎士に大切にされた娘はいつしか下を向くのをやめ、にっこりと笑うようになりました。
娘が笑うと花が咲くようで、まわりをなごやかにさせました。
白い騎士は娘が大好きになり、娘もまた、白い騎士が大好きになりました。
こうして、ひとりぼっちだった白い騎士に、たいせつな家族ができました。
めでたし、めでたし。
*****
……なんだこの話は。子供向けの絵本にしても劇的につまらない。ホメロスは絵本を閉じた。
フィーに感想を訊こうとすると、彼女はすやすやと眠っていた。なるほど、彼女にとっても寝入ってしまうほど退屈な話だったらしい。
しかし、この「白の騎士」が、なぜだが自分と重なるように思えてならない。ホメロスもかつては白い鎧を身にまとっていたし、黒い鎧の騎士と並びたっていた──。
もしかしたら──あらゆるあやまちがなければ──こんな世界もあったのだろうか。ホメロスはぼんやりと考えた。
……だが、自分が見知らぬ娘を妻として迎え入れ、さらには愛するなんて、想像もできない。
オレにはフィーがいる。それで充分だ。この絵本のような幸せな結婚生活は、他のヤツに任せておけばいい。
ホメロスは眠るフィーの額にキスを落とすと、灯りを消して自分の部屋に戻っていった。なぜか、絵本は抱えたままだった。
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