途中から愛称で呼ばれることが多くなります。名前変換の際は愛称も設定してください。
番外編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
レッツけしケシ!
フィーの部屋に向かう魔軍司令ホメロスの足取りはいつも以上に軽く、柄にもなく鼻歌でも歌い出しかねない勢いだった。贔屓にしている菓子屋で限定販売されていた、ケーキの形をしたアイスクリームを衝動買いした帰りだった。
「ただいま、フィー」ホメロスは笑顔で部屋の扉を開けた。同じくフィーが笑顔で駆け寄ってきてくれるのを想像しながら。
「……お帰りなさい」
ところが、返ってきたのは返事だけだった。フィーは床にぺたりと座りこんだままなにかを一心に見つめていて、こちらを振り返ろうともしない。
ホメロスはアイスケーキの箱を取り落としそうになった。身体中がまさしくアイスのように冷えていくのを感じる。言ってしまえばフィーの態度がいつもとほんの少し違うだけなのだが、それでも新米の保護者に衝撃を与えるには充分だった。
冷たい汗がホメロスの青い肌をつたっていく。
これが、いわゆる反抗期というやつか? まさかこんなに早く来るとは。しかしそれなら、そもそも返事をすることすら厭うはずだ。なんにせよ、ここで頭ごなしに彼女の態度を叱るのは逆効果だろう。まずは彼女の事情を探ろう。
ホメロスは箱をいったん脇に置き、──箱にはヒャドの魔法がかけられているので溶ける心配はない──フィーの横に膝をついた。「なにを……見ているんだ?」
「これ」フィーは手に持っていたものを差し出した。
「これは……この前拾ってきた石板だな」
それは、先日ホメロスが“仕事”をしているときに拾ったものだった。「石板」という言い方が合っているのかはわからないのだが、とりあえずそう呼んでいる。手のひらに収まるぐらいの長方形で、厚みはないがとにかく硬くて頑丈である。魔法で解析した結果、危険はものではないことはわかったものの、なにに使うものなのかまではわからなかった。ただ、見た目がなんとなく綺麗だったのでフィーへの手土産にした、という次第だ。
「うん。急に喋り出したの」フィーは石板に映る青緑色の髪をした少女を指さした。「この子、ステイシーっていうんだって」
フィーが言うには、それまで真っ黒だった石板の表面が急に光り出し、音とともに動き出す不思議な絵を映し出したのだという。
石板から現れた少女──ステイシーによると、「冒険の書」なる書物が何者かによって落書きされてしまい、それを消す手伝いをしてほしいとのことだった。
「フィーはその子の手伝いをしていたのか」返事がそっけなかった理由が自分ではなかったことを知り、ホメロスは安堵した。
フィーはうなずいた。「けしけし、楽しいのよ」
「けしけし?」
「『ドラけし』が揃うと消えて、魔物をやっつけられるの」そう言うと、画面を見せながら実際にやってみせた。
盤上に無造作に並べられたそのドラけしとやらのひとつを指をすべらせて動かし、──なぜ指の動きに合わせて画面のドラけしが動くのか、今は考えないでおこう──三つ揃ったところではじけて近くにいた敵を攻撃する。盤上の駒たちを動かし続けていれば強力な技を出せるようになり、さらにダメージを与えられるのだとか。
「……ふーん、なるほどな」
「魔軍司令さまもやってみて」フィーが石板を手渡した。
「え? うん……」
下のほうで揃えられそうなドラけしを列にして消すと、軽快な音が鳴り響き、画面に攻撃の威力を表す数字が表示される。もう一度やってみると、上から降りてきた拍子に揃ったドラけしが続けて消えていった。今ので敵の体力をだいぶ削れたらしい。なるほど、これは不思議な中毒性がある。
ホメロスは敵が倒れるまでドラけしを揃えていった。慣れてくると、ただ闇雲に揃えていくだけではなく、先を見通しながら戦略的に動かしてくのが楽しくなってくる。軍師の性と言えよう。
「楽しい?」
「ああ、これははまるな」ホメロスは石板をフィーに返した。
「でしょう」フィーがなぜか得意気に言った。可愛いから構わないが。
「このドラけしってやつは、ずいぶん種類があるんだな」その多くは魔物の形をしていて、ロトゼタシアに生息する魔物もいれば、見たことのないものもいた。
「うん」フィーは画面のなかでドラけしが収納されている図鑑を開いた。「フィーはこのドラけしがお気に入りなの。魔軍司令さまに似ているわ」
彼女が指さしたのは、昔のホメロスに似たドラけしだった。長い金髪を後ろで束ねた男がデルカダールメイルに身を包み、二振りのプラチナソードを手にし、闇の呪文ドルマを放っている。
……似ているどころか、かつての自分そのものである。
「ほう、強そうじゃないか」
「ううん。そんなに」
「…………」
「でも好きよ」
「……そうか」
「魔軍司令さま、その箱はなに?」フィーがホメロスの脇にある箱に目をやった。話題を変えてくれてありがたい。
「そうだ、忘れていた。一緒に食べよう」ヒャドの魔法を解除し、箱からアイスケーキを取り出した。
二段に重なった豪華なアイスケーキを見て、フィーが歓声をあげた。「わあ、可愛い」
ケーキにはチョコレートでできたプレートに、インクの代わりにやわらかいチョコレートが出てくるペンが付いていた。これで自由に文字を書けるらしい。「なんて書こうか」ホメロスはチョコペンの先を切った。
「フィーに書かせて」
文字を覚えたばかりのフィーは、チョコレートにこう書いた。“まぐんしねい”
おしいな。
フィーの部屋に向かう魔軍司令ホメロスの足取りはいつも以上に軽く、柄にもなく鼻歌でも歌い出しかねない勢いだった。贔屓にしている菓子屋で限定販売されていた、ケーキの形をしたアイスクリームを衝動買いした帰りだった。
「ただいま、フィー」ホメロスは笑顔で部屋の扉を開けた。同じくフィーが笑顔で駆け寄ってきてくれるのを想像しながら。
「……お帰りなさい」
ところが、返ってきたのは返事だけだった。フィーは床にぺたりと座りこんだままなにかを一心に見つめていて、こちらを振り返ろうともしない。
ホメロスはアイスケーキの箱を取り落としそうになった。身体中がまさしくアイスのように冷えていくのを感じる。言ってしまえばフィーの態度がいつもとほんの少し違うだけなのだが、それでも新米の保護者に衝撃を与えるには充分だった。
冷たい汗がホメロスの青い肌をつたっていく。
これが、いわゆる反抗期というやつか? まさかこんなに早く来るとは。しかしそれなら、そもそも返事をすることすら厭うはずだ。なんにせよ、ここで頭ごなしに彼女の態度を叱るのは逆効果だろう。まずは彼女の事情を探ろう。
ホメロスは箱をいったん脇に置き、──箱にはヒャドの魔法がかけられているので溶ける心配はない──フィーの横に膝をついた。「なにを……見ているんだ?」
「これ」フィーは手に持っていたものを差し出した。
「これは……この前拾ってきた石板だな」
それは、先日ホメロスが“仕事”をしているときに拾ったものだった。「石板」という言い方が合っているのかはわからないのだが、とりあえずそう呼んでいる。手のひらに収まるぐらいの長方形で、厚みはないがとにかく硬くて頑丈である。魔法で解析した結果、危険はものではないことはわかったものの、なにに使うものなのかまではわからなかった。ただ、見た目がなんとなく綺麗だったのでフィーへの手土産にした、という次第だ。
「うん。急に喋り出したの」フィーは石板に映る青緑色の髪をした少女を指さした。「この子、ステイシーっていうんだって」
フィーが言うには、それまで真っ黒だった石板の表面が急に光り出し、音とともに動き出す不思議な絵を映し出したのだという。
石板から現れた少女──ステイシーによると、「冒険の書」なる書物が何者かによって落書きされてしまい、それを消す手伝いをしてほしいとのことだった。
「フィーはその子の手伝いをしていたのか」返事がそっけなかった理由が自分ではなかったことを知り、ホメロスは安堵した。
フィーはうなずいた。「けしけし、楽しいのよ」
「けしけし?」
「『ドラけし』が揃うと消えて、魔物をやっつけられるの」そう言うと、画面を見せながら実際にやってみせた。
盤上に無造作に並べられたそのドラけしとやらのひとつを指をすべらせて動かし、──なぜ指の動きに合わせて画面のドラけしが動くのか、今は考えないでおこう──三つ揃ったところではじけて近くにいた敵を攻撃する。盤上の駒たちを動かし続けていれば強力な技を出せるようになり、さらにダメージを与えられるのだとか。
「……ふーん、なるほどな」
「魔軍司令さまもやってみて」フィーが石板を手渡した。
「え? うん……」
下のほうで揃えられそうなドラけしを列にして消すと、軽快な音が鳴り響き、画面に攻撃の威力を表す数字が表示される。もう一度やってみると、上から降りてきた拍子に揃ったドラけしが続けて消えていった。今ので敵の体力をだいぶ削れたらしい。なるほど、これは不思議な中毒性がある。
ホメロスは敵が倒れるまでドラけしを揃えていった。慣れてくると、ただ闇雲に揃えていくだけではなく、先を見通しながら戦略的に動かしてくのが楽しくなってくる。軍師の性と言えよう。
「楽しい?」
「ああ、これははまるな」ホメロスは石板をフィーに返した。
「でしょう」フィーがなぜか得意気に言った。可愛いから構わないが。
「このドラけしってやつは、ずいぶん種類があるんだな」その多くは魔物の形をしていて、ロトゼタシアに生息する魔物もいれば、見たことのないものもいた。
「うん」フィーは画面のなかでドラけしが収納されている図鑑を開いた。「フィーはこのドラけしがお気に入りなの。魔軍司令さまに似ているわ」
彼女が指さしたのは、昔のホメロスに似たドラけしだった。長い金髪を後ろで束ねた男がデルカダールメイルに身を包み、二振りのプラチナソードを手にし、闇の呪文ドルマを放っている。
……似ているどころか、かつての自分そのものである。
「ほう、強そうじゃないか」
「ううん。そんなに」
「…………」
「でも好きよ」
「……そうか」
「魔軍司令さま、その箱はなに?」フィーがホメロスの脇にある箱に目をやった。話題を変えてくれてありがたい。
「そうだ、忘れていた。一緒に食べよう」ヒャドの魔法を解除し、箱からアイスケーキを取り出した。
二段に重なった豪華なアイスケーキを見て、フィーが歓声をあげた。「わあ、可愛い」
ケーキにはチョコレートでできたプレートに、インクの代わりにやわらかいチョコレートが出てくるペンが付いていた。これで自由に文字を書けるらしい。「なんて書こうか」ホメロスはチョコペンの先を切った。
「フィーに書かせて」
文字を覚えたばかりのフィーは、チョコレートにこう書いた。“まぐんしねい”
おしいな。
1/2ページ