ぎこちない期
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甘美な雫に溺れないで
「ほら、飲め」と、ホメロスがビオラに冷たい水を差し出す。彼女は礼を言ってそれを受け取ると、一気に飲み干した。しかし、頭痛は治まらない。
それでも彼女は状況を整理しようと頭を働かせた。朝、ホメロスの部屋のベッドの上、着替えていない、割れるような頭の痛み、そして、昨夜の記憶が途切れている。紛うことなき二日酔いだった。
昨夜はデルカダール軍の勝利と帰還を祝い、城内で宴が催された。ビオラもそれに参加したのはたしかに覚えている。
夫の率いる軍が魔物との戦いに勝ったのはもちろん、彼が無事に帰ってきたことがなによりも嬉しくて、普段はあまり飲まない酒がついつい進んでしまった。そして気がつくと、自分の部屋ではなくホメロスの部屋で目を覚ました、というわけである。
まさか、酔った影響で戻るべき部屋を間違えたのではあるまい。おそらく、彼がここまで運んで介抱してくれたのだろう。
彼の前で失態をさらしたのは──まことに恥ずかしながら──今に始まったことではないが、さすがに今回はまずかったのでは。現にホメロスの表情は固く、呆れているようにも怒っているようにも見える。
ここはきちんと真実を聞き、めでたい気分に水を差した上に負担をかけたことを詫びなければ、とビオラは意を決した。ホメロス様、と呼ぶと、彼が彼女に顔を向ける。「わたし……昨日の夜、へ、変なこと言ったり、変なことしたりしていませんでしたか?」
「…………聞きたいのか?」思っていた以上に冷ややかな返答に、ビオラの決意はあっさり折れた。それほどまでにとんでもないことをやらかしたらしい。
「やっぱりいいです」頭に続いて、胃まで痛くなってきた。「すみません……」
「なにがだ」
「ご迷惑をおかけして……」
「別に、迷惑ではない」彼は顔をそむけたが、声はさっきよりも少しだけやわらいでいた。「だが、そうだな」ビオラの横に座り、彼女の頬に触れる。「おまえが酒を飲んでいいのは、私とふたりきりのときだけだ。いいな?」
「……は、はい」
飲むな、ではなく、ふたりきりのときならいい。彼がそう言ったのはなにか理由があるのだろうか。だが考えようとすると頭が痛むので、深くは追えなかった。
「いい返事だ」ホメロスはようやく楽しそうな笑みを浮かべた。
昨夜自分がなにをしたのかだって? 言えるわけないだろう! と、叫びたくなるのをホメロスはこらえた。
いや、いっそ聞かせてやりたい気さえした。昨晩のおまえは誰よりも早く酔い始め、大胆にも夫の膝の上に座り、普段なら聴けないような甘い声で周囲の注目を集め、そして身体をくねくねとさせながらオレの首に腕をまわしてキスをねだったのだ、と。それによってこちらの酔いが一瞬で醒めてしまった、とも。
しかしそのおかげで適切な対処ができたのだが。ホメロスは酔いがまわってふにゃふにゃになった妻を抱え上げると、彼女を遠慮がちに、だかしっかりと熱のこもった目で見てくる部下たちを軽く睨んでから祝宴の間を退出した。そして迷わず彼女を自分の部屋へ運び入れた。ビオラの部屋ではなく自室を選んだのは、単に宴の場から近く、もしものときに人を呼ぶのにもなにかを持ってくるのにも合理的だからだ。他意はない。
ビオラをベッドに寝かせるやいなや、彼女はさきほどまでの上機嫌から一変し、ホメロスが城に戻ってくるまで生きた心地がしなかったと涙をこぼした。それまでの不安を押しだすようにひとしきり泣いたあと、潤んだ目で「あなたが欲しい」と言った。ホメロスは一気に身体が熱くなるのを感じた。
「ああ、いいとも」こちらも遠征中はずっと“耐えて”いたのだし──とホメロスがビオラの目の端を拭い、唇を重ねようとしたとき、彼女は眠りに落ちた。気持ちよさそうに。直前に言ったことなどすっかり忘れたかのように。呆気にとられたホメロスは、なるほどこれが寝落ちか、初めて見たな、などと考えるほかなかった。
それから、彼はビオラの服とベッドの乱れを整え、心配せずとも己の昂りがおさまっているのを確認したあと、もう一度酔うために宴に戻っていった。以上が昨夜の顛末である。
「どうだ、少しは気分がよくなったか」現在に意識を戻したホメロスは、ビオラの様子をうかがった。
「あ、はい、もう……」と言いかけて、彼女がこめかみをおさえて顔をしかめた。「……まだ、ダメみたいです……」
「しかたないな。あれだけ飲んでいれば」ホメロスが呆れたように笑った。「今日はもうゆっくり休め」ビオラの部屋から持ってきていた彼女の寝巻きを差しだした。
ビオラは寝巻きに着替えるとふたたびベッドの中にもぐった。そこが自分のではなくホメロスのベッドであることは特に気にしていないようだった。ホメロスがベッドの端に腰をおろすと、「あの……ちょっとお話が」と、上掛けから顔を出した彼女が言った。
「どうした。昨夜やらかしたことをやっぱり知りたいのか?」
「いっ、いいえ! そっちではなく……その」ビオラの顔がみるみる赤くなる。「今夜のことなんですけど……」
「今夜、なんだ?」彼女が言わんとしていることは大体察しがついたが、あえてとぼけた。
「一緒に、いたいなー……って」久しぶりですから、と小さな声で言い足した。
なんて可愛いのだこの嫁は。今夜と言わず今からでもいいぐらいなのだが。しかし、ホメロスは心を鬼にした。「ダメだな」勇気を出して言った申し出をあっさり断られたビオラが泣きそうになる前に言った。「おまえの体調が良くなってからじゃないと」
「う……はい」不服そうではあるが、彼女は納得した。
妻の聞き分けのよさに満足したホメロスは、ビオラの額に唇を落とした。これぐらいならいいだろう。