ぎこちない期
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ブロンドとブルネット
春の芽吹きを思わせる青みがかかった金髪を、切れたり絡まったりしないように丁寧にブラシで梳いていく。一日の終わりにこうして夫の髪を梳かすのが、いつの間にかビオラの役目になっていた。
髪の主はベッドに腰かけて地形図に目を落としている。なにも言ってこないとはすなわち心地がいい、ということが最近になって少しわかってきた。
ホメロスの膝にまで届きそうなほど長い髪を梳かすのは当初こそ骨の折れる仕事だったが、今はだいぶ慣れてきた。ひとえに、これが彼の髪に無遠慮に触れられる絶好の機会だからであろう。また、彼が自慢の髪をまかせられるぐらいビオラに心をゆるしてくれているのだと思うと嬉しくなり、自然と気合も入った。
やがて、ホメロスが地形図をたたんだ。話しかけてもいい頃合いだとみて、ビオラはさっきから思っていたことを口にした。「ホメロス様の髪って、本当に綺麗ですよね」
「そうだろう」ここで絶対に謙遜しないところが、彼らしいと思う。
「ええ。わたしも昔は金髪になりたかったんです」
幼いころに読んだ絵本に出てくる王子様やお姫様は多くが金色の髪の持ち主で、そのせいかビオラの中では金髪は華やかさの象徴、といった印象がある。
「この色がよかったのか?」
「はい。憧れていました」今はそれほどではないが、昔は自分の地味な黒髪が嫌いで、だからこそ余計に金髪の人がうらやましかった。
「ふーん……欲しいならやるぞ」
「え?」
「私の髪でかつらを作ればいい」
「いえ……あの、子供のころの話ですし……第一、もったいないですって」
「もったいないか」
「そうですよ」
「たしかにな……」ホメロスが振り返り、ビオラの顔をまじまじと見つめた。「おまえには黒髪が似合っている。それをわざわざ隠すのはもったいないな」こんなに綺麗なのだから、とビオラの髪を一房指で梳いた。
ビオラは目を瞬いた。せっかく長く伸ばしている髪を切ってしまうのはもったいない、というつもりで言ったのだが、ホメロスは違った受け取り方をしたらしい。
ビオラがなにも返せずにいると、ホメロスの手がブラシをよこすように促した。「代われ。おまえの髪を梳かしてやる」
「あ……はい、どうぞ」彼にブラシを手渡し、背を向けた。
ホメロスがビオラの髪を梳かし始めると、さきほどの彼の言葉を思い出し、顔が熱くなってきた。もったいないの意味を取り違えたことも、大切にしているはずの髪をあっさりくれてやると言ったこともそうなのだが、それ以上に、彼がビオラの黒髪を綺麗だと思っていたのが驚きだった。
ほかの人間に言われても、ここまで胸は高まらなかっただろう。美しい金髪を持つ彼に言われたから、いや、好きな人に言われたから、こんなに嬉しいのだ。
生まれたときからそばにいる地味な黒い髪を、ビオラはもっと大切にしたいと思った。