気まずい期
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王女なりの愛
「こっ……このたびは、お招きいただきまして……大変に光栄で……ありがたき幸せで……」ホメロスの新妻は、デルカダールでたったひとりの王女と豪華なプチケーキの群れを前にすっかり恐縮しきっていた。
「まあまあビオラ、そんなに固くならないで。単なるお茶会だから」そうは言ってみたものの、王族を前にくつろげと言うのも無茶な話であるのはマルティナにもわかっていた。
ひとまず、ビオラには紅茶を勧めた。王室御用達の茶葉には、華やかな香りに加えてリラックス効果も含まれている。きっと彼女の緊張もほぐしてくれるはずだ。
いただきます、とビオラは温かい紅茶をひとくち飲み、ほっと息をついた。彼女の白い肌に淡く赤みが差したところを見ると、早くも紅茶の効果が現れたようだ。
さっそくマルティナは切りだした。「あなたとはちゃんと話をしてみたかったのよ。ここでの暮らしはどうかとか、なにか困ってることはないかってね」
「はい。みなさんには本当に良くしていただいて、とても助かっています」ビオラの顔がパッと明るくなる。淡い灰色の瞳がキラリと光ったように見えた。しかし、「……あ、でも……」と、たちまち顔を曇らせた。
「ホメロスのこと?」マルティナがさりげなく助け舟を出すと、彼女は頷いた。
城内での暮らしは快適だからこそ、肝心のホメロスとは距離を縮められずにいるのが辛い、といったところか。マルティナがそれとなく訊ねると、ビオラはまさしくそうなんです、と答えた。
ここまでは順調だ。いよいよ本題に入れる。と、その前にマルティナはケーキも頂こうと言った。甘いものの前ならば、ビオラも警戒心を解いていろいろ話してくれるかもしれない。本日の茶会の供は、ダーハルーネで修業を積んだ一流パティシエによる人気のプチケーキアソート。可愛らしいサイズのケーキが何種類も入ったこのセットは、現在若い女性を中心に多くのファンをとりこにしている。むろん、マルティナもそのひとりだった。
ビオラと話してみたいと思っていたのは本当だが、この茶会の差し金がそのビオラの悩みの種であると知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
さかのぼること数日前、ホメロスは妻の話し相手になってもらいたい、とマルティナに頼んできた。城下町で話題の菓子を片手に。
それだけなら別に菓子がなくとも引き受けていたが、厚かましくもその臣下は、「ついでに、私をどう思っているかなんかもさりげなく聞きだしてほしい」などと言い出した。なにがついでだ、それこそが真の目的だろうが、と言いたくなるのをマルティナはこらえた。大体、ホメロスは事を成し遂げるためなら王女でもなんでも利用してやる、軍師たるもの冷徹でいなければ、とでも思っているのかもしれないが、まったくもって片腹が痛い。そのわりには考えていることが顔に出すぎだし、肝心なところで詰めの甘さを見せるときも少なくはない。
いつだって自分だけが冷静だと思っているこの軍師に一矢報いたくなったわけではないが、マルティナは対価として先のケーキセットを要求したのだった。経費ではなくあなたのお財布からお願いね、と付け加えて。
そのときもホメロスはバレないようにか小さく舌打ちをしていたが、寛容な次期女王は気付かないふりをした。
そんな曰く付きのケーキを食べつつ、雑談も交えながら、マルティナはビオラからホメロスに関する話を引き出した。やはり甘いものの効用か、思っていたよりもビオラは多くを語ってくれた。ホメロスには初対面から拒絶されているように感じるだとか、奇跡的に会話ができたとしてもすぐに途切れてしまい、そのたびに自分が不甲斐なく思ってしまうだとか、彼はいつも怒っているように見えて、この前などはとうとう彼の姿を見るなり逃げてしまった、だとか。最後の話を聞いたとき、昨日ホメロスがこの世の終わりのような顔をしていたのはそれだったか、とマルティナは合点がいった。
だがマルティナには、ビオラの心配はもっと深い場所にあると感じた。ここはあえてまわりくどい訊きかたはせず、単刀直入にいった。「心配してるの? ホメロスには他に相手がいるんじゃないかって」
「いえ! そんなことは……!」ビオラは慌てて取り繕ったが、嘘はつけないと思ったのか「実は、少しだけ……」と答えた。
「大丈夫よ。あの人、あれでいてちゃんと分別はついてるし、そういう妙な度胸もないから」実を言うと本当のところはマルティナにもわからなかったが、万が一そうでなかったらホメロスを絞めあげればいいだけだと思い、今はビオラを安心させるほうに徹した。彼女も一応は信じてくれたのか、少しだけ顔をゆるめ、残っていたケーキを口に入れた。「それにしても、お父様たちも酷なことしてくれたわよね。勝手に結婚を決めるだなんて」惹かれ合った相手と結ばれたマルティナからしてみればなかなか信じられないことだった。もちろん政略結婚というものはあるが、それも徐々に時代錯誤になりつつある。
「はい、驚きました。しかも相手がホメロス様だって聞いたときは……でも、わたし、すごく嬉しかったんです。だって、ホメロス様は…………」と、そこでビオラの言葉は途切れた。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでもないです。すみません」
マルティナとしては先ほどの続きが気になったが、ビオラの口から嬉しいと聞けただけでも良かったし、きっとあの先を聞けるのはホメロスだけでいいのだと思った。
「あの……今のことは、ホメロス様には……」
「大丈夫、言わないでおくわ」
ホメロスは「聞きだしてほしい」と言っただけで、「それを報告してくれ」とは言わなかったのだから、なにも後ろめたいことはない。やはり彼は詰めが甘い。
それに、ホメロスからしても、こういうことはちゃんと本人から言われたほうが良いだろう。彼にはビオラが食べたケーキの順番でも報告しておけばいい。