子育て奮闘期
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初恋はいつまでも
三ヶ月前から準備していた結婚式を無事に終えて、ホメロスとビオラは静かな夜を迎えた。ここ最近は親子三人で寝ることが多かったが、今宵は一応、結婚式を挙げてから初めての夜ということで、気を利かせてふたりきりにしてもらったのだ。
ベッドに腰をかけると、一気に気が抜けたのか、ビオラは「ふわぁ……」と、大きなあくびをした。
「今日はさすがに疲れたな」ホメロスもあくびをもらいながら言った。
「ええ。教会の前に人がいっぱいいたときには、いったい何事かと……」
当初、結婚自体は三年以上前からしているし、盛大にすればするほど準備に時間がかかるから、式はごく小規模なものでいいだろうとホメロスは考えた。相変わらず人の多い場所が苦手なビオラも、それに同意した。
式に同席するのはビオラ側の家族と、デルカダール先王モーゼフ。それから現女王のマルティナに、夫のグレイグと息子のチェスター王子。そして、自分たちの愛しい娘──フィンフ。彼らに見届けてもらえれば充分だと思った。
しかし、グレイグをはじめとする城の人間たちはそうは思わなかったのか、ホメロスたちの知らぬ間にいろいろと計画をしていたようだった。
誓いの儀式を終え、教会から出てきたふたりを迎えたのは、国中から集まった大勢の人々だった。そしてそのまま、披露宴なのか単なる宴会なのかわからないようなパーティーが始まったというわけである。
「まったくグレイグのやつめ、妙にこそこそしていると思ったら……」
珍しく酒に酔ったグレイグは頼んでもいないのに長い長い祝辞を述べては号泣し、そのあとはバンデルフォン音頭だとかいう、彼の生まれ故郷に伝わる踊りを披露して会場を笑いに包んでいた。そのときの光景を思い出し、ホメロスは苦笑した。
「でも、たくさんの人に祝ってもらえて、嬉しかったです。お料理も美味しかったですし」
「……ああ」
まあ、ビオラが喜んだのならいいか、とホメロスは思い直した。たしかに、国中の腕ききの料理人らが作ったという豪華な料理は、どれも大変美味しかった。好物のフルーツサンドもたくさん用意されていた。
ビオラも大好きな肉を嬉しそうにほおばっていたなと思いながら、ホメロスはそっと彼女の髪に触れた。「髪も伸びたな」
髪を結うために伸ばしていた彼女の髪は、今は毛先が肩に届くぐらいまでになっている。
「そうですね」
「また、前の長さに切るのか?」
「いえ、このまま伸ばし続けてもいいかなって」
「それもいいな」
それからホメロスは、ビオラの花嫁姿を思い返した。
式が簡素なぶん、ウェディングドレスは世界中で活躍している一流のデザイナーに頼んでとことん華やかにしてもらおうと思っていたが、ビオラはドレスはいつぞや世話になった仕立て屋の老夫婦にお願いしたいと言った。
話を聞いた老夫婦は、わたしたちでよろしいのですか? と驚きつつも、こころよく引き受けてくれた。
そうしてできあがったのは、シンプルだが上品なデザインのウェディングドレス。刺繍のひと針ひと針が細やかでながらも決して主張しすぎないところが、まさしくビオラにぴったりだった。
彼女は本当に美しい。姿だけではなく、内面も。そんな彼女とこれからも一緒にいられることが、どれほどありがたいことか。
ふと、ホメロスは五年前、初めてビオラに会ったときのことを思い出した。あのときは、目の前で倒れた少女が伴侶になるとは、思ってもみなかった。
「……ビオラ。ずっと前に、グレイグとマルティナ様の結婚式で、倒れたおまえを介抱したと言っただろう?」
「はい」と、うなずきつつも、案の定ビオラは、急にどうしたんだろうといった顔をしている。
「おまえが眠っているあいだ、周りがうるさくなる前に私もさっさと身を固めようかと思って……」ホメロスはそこでいったん言葉を区切った。「それで、目の前にいたおまえが目を覚ましたら、手っ取り早く口説こうとしたんだ」
「え!?」ビオラの顔がたちまち真っ赤になる。
「だけどできなかった。なんとなく、おまえには、その……愛する人と結ばれてほしくて……」
「ホメロス様……」
「でも結局、おまえは私のもとに来てしまったわけだが……」
生涯愛することを誓っておきながら、今になってこんなことを言うのは、もしかしたらビオラのほうは未だにどこか不本意なのではないかという不安があったからだ。そして、そんなことはないと言ってほしいからだ。我ながらずるいとは思う。
ホメロスがビオラの顔を見ると、彼女は──泣いていた。声もあげずに、ぽろぽろと涙をこぼしている。
ホメロスは狼狽した。「すまん、今さらこんなこと言われても、気色悪かったよな……」
「……いいえ。違うんです」ビオラは手の甲で涙をぬぐった。それから、ホメロスの手に自分の手を重ねる。「わたしは、ホメロス様の願った通りになれたんだなって」
「……え?」
「ちゃんと、愛する人と結ばれましたよ」
「……そっ、そうだな……」
「それに、ホメロス様は、わたしの──」
「『わたしの』……なんだ?」
「ふふ、内緒です」
そうしてビオラは、ホメロスの胸に頭をあずけた。
*****
ここはどこだろう。
母とはぐれ、見知らぬ場所に迷いこんでしまった。このあたりは道が入り組んでいて、まるで迷路のようだ。
デルカダール王国に引っ越してきたばかりの六歳のビオラには、当然ながら土地勘もなく、大人が一緒でなければ、どこへ行くことも、戻ることもできなかった。
もう母に会えないかもしれない。そんな不安にかられたビオラはとうとう声をあげて泣きだした。
しばらく泣いていると、ビオラのもとにひとりの人間が近づいてきた。
その金髪の男は、空色の服に真っ赤なマントを身につけていた。たしかこの服は、この国を守る兵士が着ているものだ。大抵の兵士は頭全体を覆う鉄色の兜をかぶっているため、顔が見えず、ちょっと怖い。
だがこの男の頭に兜はなく、顔と髪を晒していた。
「君、どうしたの」と、男が声をかけたが、ビオラはそれに応えられず、逃げ出すこともできず、ただ泣き続けた。
すると、男が膝をついてビオラの肩に手をやり、目線を合わせた。
「落ち着いて。僕の目を見て」
ビオラは泣きじゃくりながらも男に言われた通りにした。髪と同じ金色の目をじっとのぞきこむ。ビオラは生まれて初めて、金色の目というものを知った。なんてきれいな色なんだろう──そう思っているうちに、ビオラの心は不思議と穏やかになっていく。
「……うっ……ひっく……」
「落ち着いた?」
「……うん」
ビオラはどうにか泣きやむことができた。それに安心したらしい男は、ビオラに尋ねた。
「お母さんは一緒じゃないの?」
「……わからない。はぐれちゃったの……」
「そっか。それは怖かったね。じゃあ、僕と一緒に探そう」と立ち上がり、ビオラの小さな手をにぎった。ふくよかな父の手とも、まだやわらかい兄の手とも違う、しっかりとした男の手の感触も初めて感じるものだった。
男に手を引かれ、ビオラは街の大通りにある広場に戻ってきた。母とはぐれたのもこのあたりだった。
「お母さん、いる?」と男に訊かれ、ビオラは首を横に振った。母はビオラを探してか、どこかに行ってしまったらしい。
そのとき、急に吹いた風がビオラの帽子をさらい、大きな木の上のほうまで運んでしまった。
「あ! あの帽子……買ってもらったばかりなのに……!」
ふたたび泣きそうになるビオラに、男は先ほどと同じようにひざまずいてビオラの目を見て言った。「大丈夫だよ。取ってきてあげるから」
取る? あんな高いところへ飛んでしまった帽子を?
ビオラは男から目が離せなかった。彼が木から落ちてしまうのではないかと心配したのだ。だがそんな心配をよそに、男は軽々と木を登り、あっという間に帽子に手を伸ばした。
帽子をつかんだまま、男はするすると木から下りた。彼は帽子についた葉っぱやら小枝やらをはらうと、ビオラの頭にのせた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」男はほほ笑んだ。
ビオラがまた帽子を飛ばされないように深くかぶると、「ビオラ!」と呼ぶ声がした。
「あ、お母さん!」
母がこちらへ駆け寄り、ビオラを抱きしめた。「よかった……なんともないみたいね。ダメじゃない、勝手に行っちゃ」
「ごめんなさい……でも、このお兄さんが助けてくれたの」と、ビオラは金髪の男を指した。
ビオラの母は恐縮して、男に何度も何度も頭を下げた。そして、さあ帰るわよ、といってビオラの手を引いた。
ビオラは振り向いて、男に手を振った。
男もまた、笑いながら手を振り返してくれた。
ビオラはこの優しい男の人に、また会えるといいなと思った。
──それは今でも忘れない。わたしの初恋だった。
数年後、将軍になったホメロスという男が、あのとき助けてくれた男の人だったと知る。
そしてひょんなことから、わたしは彼と結婚をすることになる。
なんやかんやあったけど、わたしたちは晴れて両想いになれて、苦楽を共にし、かわいい子供にも恵まれた。
わたしの初恋は、これからもまだまだ、続くことだろう。