思い出のかけら
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辺境伯の城は見守る
デルカダール王国のずっと南、高い高い山の上に、わたしは建っています。
わたしは人間からは「城」と呼ばれるもので、わたしのなかでは多くの人たちが暮らしています。にぎやかな声と笑顔が絶えない、明るい雰囲気に包まれています。
人々がわたしの柱や壁や床をぴかぴかに磨いてくれると、わたしはとてもいい気分になります。いつもきれいにしてくれてありがとう、と彼らに伝えたいのですが、わたしにその術はないのでした。残念です。
それはさておき、今日はわたしの「あるじ」である、辺境伯さまが久しぶりに帰ってくる日でしたので、人々は朝からばたばたと忙しなく動いていました。
辺境伯さまはとても忙しい方で、わたし──城のなかでゆっくりと過ごすことがめったにありません。今日も帰ってくるなり、部下の人たちから、自分がいないあいだの城や近辺の村で起こったことの報告を聞いたり、あちこちから届いた手紙の確認、またこちらから送る手紙の指示を部下に与えたりなどなど、まさに息をつく暇もないといった様子です。
辺境伯さまが本日中にやらなければならない仕事を終え、辺境伯さまの奥さまと久しぶりにお会いできたのも、ここに戻ってずいぶん経ってからでした。
奥さまは、辺境伯さまがお留守にしているあいだの城の管理を任されています。奥さまはいつでもここに住む人々が快適に過ごせるように努め、働く人たちの話をよく聞いて仕事を割り振り、小さな子供を抱えている女性が心配せずに働けるように、子供たちをひとつの部屋に集め、一緒に遊んだり勉強を教えたりしています。
そして奥さまは辺境伯さまが大好きで、辺境伯さまもまた、奥さまが大好きなのでした。
ふたりの仲睦まじさは、ここや周辺の村々だけでなく、かつてふたりが住んでいたデルカダール王国にまで伝わっているそうです。
さてさて、辺境伯さまと奥さまのお部屋では──
「おまえに土産を買ってきたぞ」
「まあ、ありがとうございます。なんでしょう」
辺境伯さまは小さな箱を奥さまに渡しました。「マカロンだ。今デルカダールで流行っているんだと」
「あら、かわいい……これは、お菓子ですか?」箱を開けた奥さまが首をかしげました。
「ああ。甘くて美味いぞ。食べてみろ」
辺境伯さまにそう言われ、奥さまはさっそくマカロンをひとつ食べました。「美味しい……サクサクしていて、しゅわっととけていきます」奥さまのお顔はほころび、ますますやさしくなっています。
奥さまの言うとおり、マカロンなるお菓子は丸い形をした淡い色合いで、とてもかわいらしい見た目をしています。
わたしは「食べる」ということができないので、「美味しい」がどういうものなのかよくわかりませんが、きっとあたたかく、幸せな気持ちになることなのだろうと思います。
奥さまが言いました。「あとでみんなにも分けて──」
「これはおまえへの土産だ」辺境伯さまは奥さまの言葉をさえぎりました。「おまえだけで食べろ」
「でも……わたしひとりではちょっと多すぎます……美味しいですけど」美味しいからこそ、奥さまはたくさんの人に分けてあげたいのでしょう。
「だからといって、全員で分けるには少なすぎるだろう」しかし辺境伯さまは、あくまでも奥さまに食べてもらいたいようです。「心配するな。ほかの者たちには別のものを渡してある。私はそこまでケチじゃない」
「ふふ、そうでしたか」その人たちも今ごろ、辺境伯さまからのお土産に喜んでいるのだろうと知って、奥さまは安心したように笑いました。「それじゃあ……これは、ホメロス様も一緒に食べてください」
「ふん……まあ、どうしてもというなら、食べてやらんこともない」と言って、辺境伯さまはマカロンをひとつつまみました。
「あ、お茶を淹れてきますね」奥さまは立ちあがりました。「ホメロス様のお話も聴きたいですし」
「ああ、いいな。頼む」
奥さまが一緒にどうかと誘ったとき、辺境伯さまはまるでやむを得ないといった感じで言いましたが、わたしにはわかります。辺境伯さまは、最初から奥さまがそう言ってくれるのを狙っていたのでしょう。
奥さまは、美味しいものや楽しいことはひとりでも多くの人に分け与えようとする人です。ここに住む人たちもまた、そんなやさしい奥さまを心から慕っています。
だからこそ、辺境伯さまはそれがさみしくてたまらないのです。
なんでも分けあおうとする奥さまに、自分のことだけはひとり占めされたい──そう思って、ひとりで食べきるにはちょっと多く、でも大勢で分けあうには少ない量のお菓子を奥さまに贈り、それならあなたも一緒に食べませんかと言ってくれるように仕向けていたのです。
そして、思惑どおり、辺境伯さまは奥さまと、しばしふたりだけの時間を手に入れたのでした。
奥さまがお茶を取りに行っている隙に、辺境伯さまはどこか得意気に笑いました。計画通りだ、とでも言いたげな表情です。マカロンが美味しいだけならこんなふうには笑わないでしょう。
さすが、デルカダール王国にいたころ、「知略の軍師」の名を馳せていただけのことはありますね。