ラブラブ期
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病の影
妻の体調がすぐれないらしい。「身体がだるくて、頭がぼーっとするんです。おかげで読書にも集中できなくて」と、ビオラは言った。
「たしかに」ホメロスは彼女の額に触れた。「少し熱いかもしれない」
もしやと思い、病気とは違うあるひとつの可能性を問うたら、ビオラは頬を染めつつもどこか申し訳なさそうに、それはないと答えた。ホメロスは残念なような安心したような、妙な気分になった。
ビオラを医者に診せているあいだ、どこにいるのも落ち着かず、気づけば城のバルコニーに出ていた。空模様は穏やかだが、冷たく乾いた風が吹いている。つい最近までは暑いぐらいだったのに、と季節の移り変わりの早さを実感する。
彼女の不調が吉報によるものでないとすれば、残念ながらなんらかの病である可能性が高い。
妻の前では口に出せなかったが、ホメロスにはある不安があった。
この時期は毎年、流行り病が蔓延しやすい。かつて猛威を振るったその疫病は、多くの死者を出した。そのなかのひとりに、ホメロスの母親がいた。
ビオラを侵しているのが、母を蝕んだあの病だとしたら……。
ホメロスは頭を振った。あれから三十年近く経とうとしている。あの病が脅威だった時代はもう終わったのだ。今はちゃんとした治療法も確立され、罹っても命を落とさずに済む人のほうが多い。万が一ビオラが発症していても、助かる道は充分にある。大丈夫だ、絶対に。
しかし、どれだけ言い聞かせても、不安は拭い去れなかった。ホメロスはバルコニーの壁に背中を預けると、そのまま腰を下ろした。
首元を飾っているループタイを握りしめる。ホメロスはこのビオラからの贈り物を、彼女がこれからも自分のそばにいてくれる証と受け取った。それを感じて、うっかり涙をこぼしかけるほど感激したのは記憶に新しい。
だが、神はそうはさせてくれないのかもしれない。幼いころの自分から母親を奪ったように、大切な妻までも連れて行ってしまうのだろうか。
オレはまた、ひとりになる。そうなったらなにを支えに生きていけばいい? そんなことを意識しなくとも生きられてたあのころには戻れそうにもない。それぐらい、ビオラに与えられた影響は大きかった。
病が進行していくと、徐々に身体が動かなくなり、いずれは指先ひとつも動かせなくなると聞いた。母と同じ苦しみを、彼女も味わうのかもしれないと思うと、身体が震えだす。
少しずつ弱っていく妻の身体を、となりで見ることしかできない自分を想像して、ホメロスは息が苦しくなった。最後はきっと、起きているのにまぶたを開けることすらできなくなって──
いやだ! と叫び出したくなったそのとき、「──ホメロス様?」と、呼びかける声がした。
顔を上げると、ビオラが立っていた。寝間着姿で、肩にはショールをかけている。やはり顔色は悪いが、先ほどまでホメロスが思い描いていた、弱り果てた姿のビオラとは違う。
「探しましたよ。こちらにいたんですね」
「ビオラ……?」ホメロスはしばし呆然としていたが、すぐにはっとして立ち上がった。「なにしてるんだ、こんなところで! ちゃんと寝てなきゃ駄目だろう!」
ビオラは会うなり怒りだした夫に気圧されたようだった。「す、すみません……でも、お医者様が言うには単なる風邪だと。それに……ホメロス様が心配で」
「心配……?」
「なんだか、元気がなさそうでしたから」
ホメロスはばつが悪くなるのを感じた。「……妻が病気かもしれないのに、元気でいられるか」
「そうですよね……ごめんなさい」と、ビオラはしゅんとした。
ああ、くそっ。責めているわけではないのに。むしろ、元気がないのをビオラが気づいていてくれたことが、ほのかにホメロスの心をあたたかくした。だが、具合の悪い妻にあちこち探し回らせてしまったと思うと申し訳なさのほうが勝る。
自分の上着をビオラの肩にかけてやろうとして、そもそも上着を着ていなかったことに気づいた。シャツ一枚で風にあたっていたなんて、よっぽど動揺していたらしい。
ホメロスはビオラの肩に手を添えて、屋内に入るようにうながした。「……部屋に戻ろう。ただの風邪でも、見くびらないほうがいい」そう言ってから、ホメロスはくしゃみをした。
「ホメロス様も風邪ですか? あとで、ホットワインでも作りましょうか」ビオラが訊いた。彼女が淹れてくれるホットワインは美味しくて身体があたたまり、風邪の引き始めによく効く。
しかし、安静にするべき彼女にそこまでさせていいのだろうか。「いや、それよりもおまえは休んで──」と言いかけたところでまたくしゃみが出る。「……やっぱり、頼んでいいか?」ホメロスは鼻をすすりながら答えた。
「ええ」ビオラは笑いながら、ショールをホメロスの首に巻いた。