ぎこちない期
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ちいさな宝石
部屋の扉が開け放たれる音と、グレイグの「ビオラ君!」という声で、ビオラの意識は活字の世界から現実に戻った。
振り返ると、部屋の入り口でグレイグがホメロスの髪を掴んで立っていた。どうやら彼らの本日の任務は終わったらしい。だがグレイグが普段着に着替えていたのに対し、ホメロスはまだ鎧姿のままだった。
ビオラは閉じた本を机に置いて立ち上がった。
グレイグは「ホメロスが君に話があるそうだ」と言って、ホメロスを前に押しやった。押し出された彼はなにやら言い淀んでいる様子だった。「ほら、どうした、早くしてやれ」グレイグの肘がホメロスの脇をつつく。
「ちょっと待てって、心の準備ってもんがな……」
「言えないなら俺が話すぞ」グレイグはビオラに「ビオラ君、こいつはな……」と語りかけた途端、ホメロスの手がグレイグの喉を掴んだ。が、もちろん本気ではないのはビオラにもわかった。
「ここまで来てくれたことには感謝する。だがこれはオレの戦いだ」
それを聞いてグレイグは満足そうに笑い、「じゃあな。あとはおふたりで」と言い残し、部屋の扉を閉めていった。
「……お、お帰りなさい、ホメロス様」話とはなにか気になったが、先に、突然やってきたふたりの将軍に驚いて出来ずじまいだったあいさつをすることにした。日々多忙をきわめる彼に、今日──すでに日も傾きかけている──初めて会えたのが嬉しかった。「すみません、出迎えもせずに……」それだけに、読書に没頭していたことをうしろめたく感じた。
「いや……いいんだ」ホメロスは気にするな、というように手を振った。「それより、これ……」と言って、彼が小さな箱を差し出す。
ビオラは受け取ったものを眺めた。手に収まるほどの白い箱に、花のような形に結ばれたピンクのリボンが巻かれている。ちょこんとしていて、とても愛らしい。
「可愛いですね」ビオラは素直な感想を口にした。
「ああ、君にやる」
「……あ、ありがとうございます!」
はてさてどこに飾ろうか。よく目につく場所に置いておけば、視界に入るたびに気分が和むかもしれない……などと考えながらビオラが箱をひねくり回していると、ホメロスが咳払いをした。
「その……あげたいのは箱の中身なんだが」
「……あ、そうでしたか」なるほど、彼はインテリアを寄越したわけではなかったのだ。
せっかく綺麗に結ばれているリボンをほどくのは少し惜しいと思いつつ、結び目を解いていった。このリボンも可愛いから、大事に取っておこう。
箱のふたを開けると、銀色の台座に金色の宝石がはめ込まれた装飾品が入っていた。
「わぁ……きれい!」ビオラはひと目で気に入った。宝石の下には同じく銀色の棒状のパーツが下がっていて、ゆれるようにできているらしい。その至極シンプルなデザインが、派手なものを好まない自分にぴったりだと思った。「こんな素敵なものを、わたしが頂いても?」
「もちろんだ。……で、よかったら、つ、着けてみてくれないか」
贈り主が見ている前で着けるのは正直ちょっと恥ずかしかったが、夫の要望に応えることにした。
しかし、ここでひとつ問題が起きた。
普段アクセサリーなどほとんど身に着けないビオラには、これがどこを飾るものなのかわからなかった。耳に着けるには少々大きすぎるような気がする。もしかすると、どこに飾ってもいいアクセサリーなのだろうか。
とりあえず鏡台へ向かい、鏡を見ながら装飾品を髪のほうへ持っていった。
「……ビオラ」ホメロスが再び咳払いをした。というか、吹き出した。「それ、ブローチ……」
「……えっ!? やだ、わたしったら……!」
夫に笑われてしまったのが恥ずかしくて、ビオラは慌ててブローチを外そうとするが、その拍子に金具が髪に絡んでしまった。
「落ち着け……取ってやるから」ホメロスは焦るビオラの手をやんわりと止め、髪が切れないように慎重に金具を外していった。息がかかるほど彼の顔が接近していたが、ビオラは意識していないふりをした。
ホメロスは外したブローチを、ここがいいだろう、と言ってビオラの襟元に留めた。その間も相変わらず顔が近いことに、ついぞ彼は気づかない様子だった。
赤くなっているであろう顔を隠したくて、ビオラは背後の鏡台に向き直した。黒い服の中で透き通った金色が、なんだか誇らしげにきらめいている。その輝きは、平凡なビオラの顔まで明るく見せた。
「気に入ったか?」鏡越しにホメロスがビオラの背後に立ったのが見えた。
「はい、とても素敵な色で……」鏡の中のブローチを眺めていると、ビオラはあることに気づいた。「あ、ホメロス様と同じですね」
「ん? なにがだ?」ホメロスは聞き返した。
「この石の色です、ホメロス様の目の色と同じだなって」ビオラは宝石から夫の目に視線を移した。やはり、どちらも青みのかかった金色である。「なんだかホメロス様が傍にいてくれてるみたいで……嬉しいです」
妻の言葉を聞いて、ホメロスの身体がビクッと震えた。それにビオラも驚いた。
なにか変なことを言ってしまっただろうか。彼を石と重ねるような言い方が気に障ったのかしら。「あの、どうされましたか……?」
「……違う」顔を伏せたまま、彼がぼそりとつぶやいた。
「え?」今度はビオラが聞き返す番だった。
ホメロスは勢いよく顔を上げた。「……その色が君に一番似合うと思っただけなんだ! 他意はないぞ、決して!」彼の顔はなぜか真っ赤に染まっている。「ましてや、会えないときも自分を思い出してもらいたいだとか、要するに独占欲の表れだとか、そういうんじゃないからな! かっ、勘違いしないように!」
「はっ、はいっ!?」
「それだけだ! 邪魔したな!」ホメロスは足早にビオラの部屋から出ていった。
部屋にはふたたび静けさが戻った。
彼はどうしてあんなに慌てていたのだろう。ビオラはまた鏡台に向き直った。
夫の瞳の色が、自分の襟元に堂々と鎮座している。たしかにこれなら、たとえ本に夢中になっていても彼の帰りを忘れることはなくなるかもしれない。