子育て奮闘期
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蓮の花
「おお、やってるな」グレイグは城下の賑わいぶりがよく見えるように息子を肩車した。グレイグの息子でデルカダールの王子でもあるチェスターは、背の高い父親の肩の上ではしゃいだ声をあげた。
晴天に恵まれたデルカダール王国では祭りが開かれ、さまざまな催し物が行われている。食べ物や装飾品などの出店に、大道芸や手品を披露する芸人たちが通りゆく人々を目移りさせていた。
ホメロスも早く来いよ、とグレイグが振り返りながら同伴者に呼びかけると、ホメロスは膝をついて俯きがちな娘に話しかけているところだった。
「フィー、どうしたんだ」
「かーさま……いないの?」祭りの活気とは裏腹に、ホメロスの娘──フィンフはしょんぼりとしている。彼女はだだをこねたり泣きわめいたりこそしないものの、自分の手を引くのが母親ではないことへの悲しみを隠そうとはしなかった。
「……かーさまはな、マルティナ様と一緒なんだ」
「いやぁ、すまない。女王様がどうしても君のママと回りたいっていうもんでな」グレイグがあえて明るい口調で割って入った。
マルティナとビオラは子供をそれぞれ夫に託し、先に祭りに向かっていった。正直グレイグとしては家族で回りたかったし、それはきっとホメロスも同じだったはずだ。しかし彼女たちにも息抜きは必要だし、互いに夫がいる前では盛り上がれない話もあるのだろう。
「ママがいなくてさみしいよな」グレイグは大きな手でフィンフの頭を撫でた。「でもな、今日はパパがいるし、おいたんたちもいる。きっと楽しいぞ」
グレイグの肩から下りたチェスターも、フィンフのそばで笑いかける。「ホメロスがなんでも買ってくれるって」
「……言ってませんよ、王子」
自分を元気づけようとしてくれている彼らの言葉に、フィンフはようやくほんのりと笑った。
チェスターとフィンフは、細長い風船をねじってさまざまな形を作る芸人の技に見入っている。近くで見ていれば、花や動物に見立てられた風船がもらえるかもしれないと、ほかの子供たちも集まってきていた。
そこから少し離れたベンチに座って、ふたりの父親は彼らを見守っていた。
「さっきは……助かった」目線を前に向けたまま、ホメロスは隣に座るグレイグに言った。グレイグは思わずホメロスを凝視した。
「……なんだよ」ホメロスが怪訝そうに見つめ返す。
「おまえが礼を言うなんて、気色悪い通り越してもはや面白いなって」
「ならいっそ笑えよ」ホメロスは面白くなさそうに笑ったが、すぐに浮かない表情になった。「……オレじゃ、かーさまの代わりは務まらないらしい」
先ほどのビオラはいないのかという娘の言葉を、大好きな母親の代理が父親では不服である、とホメロスは受け取ったようだ。
「おまえだって立派にやってるじゃないか。話をするときも、ちゃんとあの子の目の高さに合わせて」プライドも頭も高い軍師が子供のために膝をついたと知れたら、彼の部下たちは大騒ぎするかもしれない。
「よく見てるな……。だが、あの子はまだオレにわがままを言えないみたいだ。あんな幼い子に気を遣われてるのかと思うとな」
まだ、という言葉が示すのは、フィンフがホメロスの血を引く子供ではないという事実だった。むろん、ビオラが産んだ子供でもない。半年ほど前にこの夫婦が保護した孤児なのである。国中に触れを出しても彼女の両親はついぞ見つからず、ホメロスたちが正式に養子として迎え入れたのが二月前のことだった。ビオラはすっかりフィンフを実の子のように可愛がっているが、ホメロスのほうはまだぎこちなさが残っていて、フィンフもまたそれを感じとっているようであった。
「グレイグ、子供が親に甘えられないまま育つとどうなるか知ってるか」
「いいや」
「オレみたいになる」
「そりゃ大変だな」
子供たちが風船を手に戻ってきた。チェスターが見て見て、と犬を模した風船を掲げた。自らリクエストして作ってもらったらしい。
フィンフは間隔を空けて一回ずつねじられただけの象牙色の風船を持っている。
「それは…………れんこんか?」まさかそんなはずはないよな、といった表情でホメロスが訊くと、フィンフは嬉しそうに頷いた。「そうか。美味しそうだな」と、新米の父親は引きつった笑みを浮かべるので精いっぱいだった。
そのとき、会場中に大きな楽器の音が鳴り響いた。誰しもが突然の大音響に驚き、音の出どころがわからないのか辺りをきょろきょろと見回している。
やがて、派手な衣装に身を包み、陽気な音楽を奏でる男性たちが現れた。数人がかりで担いでいる豪奢なみこしの上では、リーダー格の旅芸人が極彩色の羽根の扇を片手に軽やかに舞っている。世界各地を回りながら人々に笑顔を届けることで有名なパレード集団だった。彼らの姿は戸惑っていた群衆をたちまち喜ばせた。
「あっ、シルビアだ! 父上、見に行こうよ!」
チェスターの声でグレイグは我に返った。「……あ、ああ、そうだな」息子に手を引かれて行きながら、グレイグはパレードよりも視線を奪われていたものに改めて目をやった。
音が鳴った瞬間、ホメロスは素早くフィンフを胸に抱きかかえたのだ。どこからやって来るかわからない危険から、彼女を守るかのように。しかし当の娘は、そんな父親の行動を不思議そうにしていた。
その光景を見たとき、グレイグはなぜか泣きたくなるほどに安心感を覚えた。
大丈夫、その子はきっとおまえにわがままを言えるようになる。ホメロスにそう言いたかったが、直接伝えるのはどうしても照れくさかった。