五月、花の香とともに
梅雨が近くなり、雨の香りを感じるようになった。空気中に含まれる湿気も多くて、六月も近いのだと肌で感じる。時の移り変わりは恐ろしく早く、気が付けば五月も半ばを過ぎていた。
天気予報では雨マークが多くなり、今日は曇りといえど傘が手放せない空模様で、自室の窓辺に並べてある花々の事を思うとそろそろ太陽が恋しかった。
そんな四季の流れを感じながら現場から移動していたとき、見知った後ろ姿を町中で見かけた。白いキャップの隙間からは明るい襟足が覗いていて、一回りほど小柄なその人影は覚えがある。きっと空に違いない。そう思うと、不思議と分厚い雲の隙間から、日差しが差し込んだような明るい気持ちになるのだから、空は凄い。
たまたまとはいえ、町中で空に会えるのは嬉しいものを感じて、追いつこうと歩く速度を上げる。
丁度交差点で赤信号になったのが幸いして、そうかからずにすぐ傍までたどり着いた。空の横に立った時、気が付いた。雨の香りに混じって、とても甘い匂いがする。
「空?」
名前を呼んで、思わず目を奪われた。くるりと振り向いた彼の腕の中には、淡い色の雲のような物が抱えられていて、それが風に吹かれて揺れている。良く見ればそれは房のように小さな花が連なったもので、淡い白色も相まってか雪や雲のようなものを連想させた。
「こ、昂くん!?」
俺の姿を認めた空は、飛び上がるように驚いて胸を押さえている。
「たまたま見かけて……寮に帰るところか?」
「う、うん……」
空はぎこちない様子で視線を泳がした。きっと原因は俺がじっと手元のソレを見ているせいだろう。
「それはもしかしなくても俺宛、か?」
空の中でどういう計画があったのかは分からない。それでも、五月に入ってからの空の行動はどうも分かりやすい。おかげで俺の部屋は随分と華やかになって、目も心も癒してもらっていた。
「う、うう……そうだけど、そうなんだけどさ……」
俺の予想は当たっていたらしく、空が小さく項垂れた。
「ずっと聞きたかったんだが、空はどうしてそんなに俺に花をくれるんだ?確かに誕生日は近いが……」
あーとか、うーとか、しばらく頭を悩ませていた空は、赤くなったり青くなったり忙しない。面白くそれを眺めていたが、やがてゆらゆらと視線が上がった。
「な、内緒……じゃ、だめ?」
伺うように上目遣いで見上げてきても、今回ばかりはさすがの俺も気になる。黙って空を見つめていれば、観念したように視線を下げた。
「じゃ、じゃあ……昂くんの誕生日に教える、から」
きっと、空なりの妥協案だ。ほんの少しだけお預けになるが、仕方ない。古風だけれど、約束の印に小指を差し出す。
「分かった。じゃあ約束だ」
「や、やくそく……」
何故か顔を赤く染めた空は差し出した小指を、恐る恐る絡めた。幼子みたいな拙い契りだけれど、どこか満たされた気分になって、残された数日が凄く待ち遠しくなった。
逸る気持ちに突き動かされて、空の手元を指さした。
「ちなみに、この花の名はなんて呼ぶんだ?」
なんの事かと瞬いた空は、手元を思い出してああと呟く。
「ライラック」
ほんのりと頬を染めたままの空が、ふわりと微笑んだ。
「青春の、花だよ」
天気予報では雨マークが多くなり、今日は曇りといえど傘が手放せない空模様で、自室の窓辺に並べてある花々の事を思うとそろそろ太陽が恋しかった。
そんな四季の流れを感じながら現場から移動していたとき、見知った後ろ姿を町中で見かけた。白いキャップの隙間からは明るい襟足が覗いていて、一回りほど小柄なその人影は覚えがある。きっと空に違いない。そう思うと、不思議と分厚い雲の隙間から、日差しが差し込んだような明るい気持ちになるのだから、空は凄い。
たまたまとはいえ、町中で空に会えるのは嬉しいものを感じて、追いつこうと歩く速度を上げる。
丁度交差点で赤信号になったのが幸いして、そうかからずにすぐ傍までたどり着いた。空の横に立った時、気が付いた。雨の香りに混じって、とても甘い匂いがする。
「空?」
名前を呼んで、思わず目を奪われた。くるりと振り向いた彼の腕の中には、淡い色の雲のような物が抱えられていて、それが風に吹かれて揺れている。良く見ればそれは房のように小さな花が連なったもので、淡い白色も相まってか雪や雲のようなものを連想させた。
「こ、昂くん!?」
俺の姿を認めた空は、飛び上がるように驚いて胸を押さえている。
「たまたま見かけて……寮に帰るところか?」
「う、うん……」
空はぎこちない様子で視線を泳がした。きっと原因は俺がじっと手元のソレを見ているせいだろう。
「それはもしかしなくても俺宛、か?」
空の中でどういう計画があったのかは分からない。それでも、五月に入ってからの空の行動はどうも分かりやすい。おかげで俺の部屋は随分と華やかになって、目も心も癒してもらっていた。
「う、うう……そうだけど、そうなんだけどさ……」
俺の予想は当たっていたらしく、空が小さく項垂れた。
「ずっと聞きたかったんだが、空はどうしてそんなに俺に花をくれるんだ?確かに誕生日は近いが……」
あーとか、うーとか、しばらく頭を悩ませていた空は、赤くなったり青くなったり忙しない。面白くそれを眺めていたが、やがてゆらゆらと視線が上がった。
「な、内緒……じゃ、だめ?」
伺うように上目遣いで見上げてきても、今回ばかりはさすがの俺も気になる。黙って空を見つめていれば、観念したように視線を下げた。
「じゃ、じゃあ……昂くんの誕生日に教える、から」
きっと、空なりの妥協案だ。ほんの少しだけお預けになるが、仕方ない。古風だけれど、約束の印に小指を差し出す。
「分かった。じゃあ約束だ」
「や、やくそく……」
何故か顔を赤く染めた空は差し出した小指を、恐る恐る絡めた。幼子みたいな拙い契りだけれど、どこか満たされた気分になって、残された数日が凄く待ち遠しくなった。
逸る気持ちに突き動かされて、空の手元を指さした。
「ちなみに、この花の名はなんて呼ぶんだ?」
なんの事かと瞬いた空は、手元を思い出してああと呟く。
「ライラック」
ほんのりと頬を染めたままの空が、ふわりと微笑んだ。
「青春の、花だよ」