五月、花の香とともに
とても珍しいところで珍しい人と会った。
陽の光を浴びて、色濃くなってきた緑の街路樹の隙間をゆっくりと歩いてる。俺は思わず何も考えないで名前を叫んでしまった。
「コウくん!」
「……衛?」
目の前を歩いていた人はやっぱりコウくんだった。名前を呼んでから想像よりも大きな声を出していた事に気づいて急いで周辺を確認したけど、俺たちに気を向けた人はいなさそうだった。
「えっと、こんなところで会うなんて、珍しいね」
ここは人気の少ない公園だ。晴れてる日は親子連れやランナーさんがそれなりにいるけれど、お昼が近いこの時間はぐぐっと少なくなる。
「少し、考え事をしてて……衛は散歩か?」
「うん。いつもの気分転換!……それよりも悩み事?俺で良かったら、相談に乗るよ?」
最初は悩んだ様子だったけど、俺が折れないと感じたのか、コウくんは小さく困った様子で微笑んだ。実は、と差し出されたのは一輪の花だった。
ラッピングペーパーに包まれたそれは、どこからどう見てもピンク色のバラで俺はコウくんとそのバラを見比べた。
困ったような微笑みには嫌悪感は一切滲んでいなくて、どちらかと言えば嬉しさと困惑が同居しているような……そんな感じだ。そして、手元の花。なんとなく、コウくんが悩んでいる理由が分かった気がする。
「……もしかしなくても、空くん?」
コウくんは肩をすくめると、小さく頷いた。
少し歩こうかと提案してきたコウくんと一緒に、園内の遊歩道を一緒に歩く。
「最近、空から良く花のプレゼントを貰うんだ」
その言葉の通り、確か5月頭にすずらんを貰ってその後もちょくちょく空くんからお花を貰っていたのは俺も知ってる。それは何度か共有ルームのダイニングに彩を添えてくれていて、コウくんだけじゃなく俺たちの目も楽しませて貰っていた。
「別に悪いことじゃないから良いんじゃない?」
そのまま思ったことを伝えれば、それもそうなんだがと語尾が濁った。
「その、贈って貰えるのはとても嬉しいし光栄だ。だが……俺は空からそこまでして貰えるほどの事をしてないな、と」
「……ん?」
「だから、俺は空に何もしていないのに、貰ってばかりで申し訳ないな、と」
ちょっと情報の処理がうまく追いつかなかった。何を勘違いしたのか、コウくんは同じ内容を繰り返す。
な、なんだろうなぁ……このもだもだ感。他ならぬあの空くんだ。流石に突然プレゼントを始めた理由は分からないけど、深い意味なんて無くて純粋にコウくんに喜んで貰いたいって気持ちなんだろうなぁとは想像がつく。後は憶測だけど、好意……かなぁ。
でもコウくんはコウくんで、そこまで良くして貰う理由がないと、困惑してる。うーん……うーん……。
「……コウくんは、真面目だねぇ」
困った末に出てきた言葉がそれだった。
「頂いた好意に対して、相応の礼で応えたいと思うのは当然だろう?」
じっと目を合わせて、はっきりと言い切られては何も言えなくなってしまった。真面目というより、人の気持ちに対して真摯なんだ。それが良いところでもあるんだけど……少しだけ考えすぎかな。
「本当に、心当たりがないんだ。何かお礼をと考えている間に、何もできずにこうして新しい花を貰ってしまって……」
「理由なんて、考えなくても良いんじゃないかな」
コウくんが顔を上げて俺を見た。その目を見ながら言葉を編む。
「贈り物は日頃の感謝や気持ちを、言葉の代わりに託して渡すものだから。きっと、そこに理由なんてないんだよ」
理由はなくても意味はある。花を贈られて、きっとコウくんは喜んだはずだ。空くんの目論見はそこに意味があるだろうし、コウくんは嬉しかったからこそ、今こうして悩んでる。まるで花の香みたいに甘くて青い関係だ。ちょっとだけ、羨ましい。
じっと俺を見ていたコウくんは、考えるように視線を手元に移した。
「……花をプレゼントするときは、少なからず花言葉を意識してしまうと、前にリョウと話をしたんだ」
コウくんの手元で、ピンクのバラが顔を覗かせる。赤色だったら、フェアリーテイルの衣装が出てくるけど、そういえばコウくんにピンク色は中々珍しい組み合わせかも知れない。
「それで、俺も気になって少し調べてみて……」
「うん」
「『可愛い人』だった」
「……うん」
「衛、俺は可愛いのだろうか」
「……そんな真剣な表情でそんなこと聞かれたの、初めて……かな」
空くんがコウくんのことを「可愛いね」っていうのは、何度かあった気がするけど、それでもどちらかといえば「かっこいい」部類だとは思う。それこそ、カッコ良すぎる!と叫んで倒れそうになってる方が印象が強い。
「そんなに気になるなら、お礼も兼ねて空くんに直接聞いてみたらどうかな?」
「直接……?」
言葉の意味を咀嚼するように首を傾げたコウくんだったけど、次第に表情が明るくなっていく。まずいなと思った時には遅かった。
「そうだな、次会った時に直接聞いてみよう。確かにこればかりは悩んでいても仕方ない問題だった。ありがとう、衛」
「い、いえ、どう……いたしまして……」
きらきらと瞳を輝かせて、新たな決意に燃えるコウくんを見ながら、俺は心の中でしっかりと謝った。ごめんね、空くん。お兄さん、どうやら焚き付けてしまったみたいです。
空くんの心臓の無事を願いながら、青い街路を歩く。視界の端ではピンク色のバラが、優雅に揺れていた。
陽の光を浴びて、色濃くなってきた緑の街路樹の隙間をゆっくりと歩いてる。俺は思わず何も考えないで名前を叫んでしまった。
「コウくん!」
「……衛?」
目の前を歩いていた人はやっぱりコウくんだった。名前を呼んでから想像よりも大きな声を出していた事に気づいて急いで周辺を確認したけど、俺たちに気を向けた人はいなさそうだった。
「えっと、こんなところで会うなんて、珍しいね」
ここは人気の少ない公園だ。晴れてる日は親子連れやランナーさんがそれなりにいるけれど、お昼が近いこの時間はぐぐっと少なくなる。
「少し、考え事をしてて……衛は散歩か?」
「うん。いつもの気分転換!……それよりも悩み事?俺で良かったら、相談に乗るよ?」
最初は悩んだ様子だったけど、俺が折れないと感じたのか、コウくんは小さく困った様子で微笑んだ。実は、と差し出されたのは一輪の花だった。
ラッピングペーパーに包まれたそれは、どこからどう見てもピンク色のバラで俺はコウくんとそのバラを見比べた。
困ったような微笑みには嫌悪感は一切滲んでいなくて、どちらかと言えば嬉しさと困惑が同居しているような……そんな感じだ。そして、手元の花。なんとなく、コウくんが悩んでいる理由が分かった気がする。
「……もしかしなくても、空くん?」
コウくんは肩をすくめると、小さく頷いた。
少し歩こうかと提案してきたコウくんと一緒に、園内の遊歩道を一緒に歩く。
「最近、空から良く花のプレゼントを貰うんだ」
その言葉の通り、確か5月頭にすずらんを貰ってその後もちょくちょく空くんからお花を貰っていたのは俺も知ってる。それは何度か共有ルームのダイニングに彩を添えてくれていて、コウくんだけじゃなく俺たちの目も楽しませて貰っていた。
「別に悪いことじゃないから良いんじゃない?」
そのまま思ったことを伝えれば、それもそうなんだがと語尾が濁った。
「その、贈って貰えるのはとても嬉しいし光栄だ。だが……俺は空からそこまでして貰えるほどの事をしてないな、と」
「……ん?」
「だから、俺は空に何もしていないのに、貰ってばかりで申し訳ないな、と」
ちょっと情報の処理がうまく追いつかなかった。何を勘違いしたのか、コウくんは同じ内容を繰り返す。
な、なんだろうなぁ……このもだもだ感。他ならぬあの空くんだ。流石に突然プレゼントを始めた理由は分からないけど、深い意味なんて無くて純粋にコウくんに喜んで貰いたいって気持ちなんだろうなぁとは想像がつく。後は憶測だけど、好意……かなぁ。
でもコウくんはコウくんで、そこまで良くして貰う理由がないと、困惑してる。うーん……うーん……。
「……コウくんは、真面目だねぇ」
困った末に出てきた言葉がそれだった。
「頂いた好意に対して、相応の礼で応えたいと思うのは当然だろう?」
じっと目を合わせて、はっきりと言い切られては何も言えなくなってしまった。真面目というより、人の気持ちに対して真摯なんだ。それが良いところでもあるんだけど……少しだけ考えすぎかな。
「本当に、心当たりがないんだ。何かお礼をと考えている間に、何もできずにこうして新しい花を貰ってしまって……」
「理由なんて、考えなくても良いんじゃないかな」
コウくんが顔を上げて俺を見た。その目を見ながら言葉を編む。
「贈り物は日頃の感謝や気持ちを、言葉の代わりに託して渡すものだから。きっと、そこに理由なんてないんだよ」
理由はなくても意味はある。花を贈られて、きっとコウくんは喜んだはずだ。空くんの目論見はそこに意味があるだろうし、コウくんは嬉しかったからこそ、今こうして悩んでる。まるで花の香みたいに甘くて青い関係だ。ちょっとだけ、羨ましい。
じっと俺を見ていたコウくんは、考えるように視線を手元に移した。
「……花をプレゼントするときは、少なからず花言葉を意識してしまうと、前にリョウと話をしたんだ」
コウくんの手元で、ピンクのバラが顔を覗かせる。赤色だったら、フェアリーテイルの衣装が出てくるけど、そういえばコウくんにピンク色は中々珍しい組み合わせかも知れない。
「それで、俺も気になって少し調べてみて……」
「うん」
「『可愛い人』だった」
「……うん」
「衛、俺は可愛いのだろうか」
「……そんな真剣な表情でそんなこと聞かれたの、初めて……かな」
空くんがコウくんのことを「可愛いね」っていうのは、何度かあった気がするけど、それでもどちらかといえば「かっこいい」部類だとは思う。それこそ、カッコ良すぎる!と叫んで倒れそうになってる方が印象が強い。
「そんなに気になるなら、お礼も兼ねて空くんに直接聞いてみたらどうかな?」
「直接……?」
言葉の意味を咀嚼するように首を傾げたコウくんだったけど、次第に表情が明るくなっていく。まずいなと思った時には遅かった。
「そうだな、次会った時に直接聞いてみよう。確かにこればかりは悩んでいても仕方ない問題だった。ありがとう、衛」
「い、いえ、どう……いたしまして……」
きらきらと瞳を輝かせて、新たな決意に燃えるコウくんを見ながら、俺は心の中でしっかりと謝った。ごめんね、空くん。お兄さん、どうやら焚き付けてしまったみたいです。
空くんの心臓の無事を願いながら、青い街路を歩く。視界の端ではピンク色のバラが、優雅に揺れていた。