五月、花の香とともに

この時期はこうなると、何となく想像がついていた。
手元に集まったたくさんの赤い花を束ねながらくすくすと笑顔が漏れてしまう。薔薇に似ているがそれよりも小ぶりで、幾重にも連なった花弁が、フリルのように目を奪って華やかだ。
母の日のカーネーション。聞いたところによると、葵さんや夜さんも母の日になるとよく貰うみたいだ。何となく贈りたくなる気も分かる。
今年の母の日から二日ほど経ったが、貰った花束は未だ美しい姿を見せてくれていた。花瓶の中の水を変えて、取り出したカーネーションを再び戻す。
「毎年の事だけど、今年は随分と見事だね」
ふと顔を上げれば共有ルームに顔を出したリョウが、手元のカーネーションを見て目元を細めていた。
「あ、これは一人からこんなにたくさん貰った訳じゃない」
「みんなから少しづつ貰ったのが、集めたら大きな花束になったってこと?」
頷けばリョウは小さくため息をもらした。確か真っ先に俺に渡してきたのはケンだったな。母の日の朝一に、姿を見かけた瞬間カーネーションを渡された。ちなみに一番量が多かったのは衛だ。贈り物というものは、同じ花束でも個性が出るものだと妙に感心したのを覚えてる。
そうして貰う内にあれよあれよと、俺の手元ではカーネーションの花束が出来上がっていた。
「俺はみんなの母親になった覚えはないんだがな」
「それはちょっと違うかな」
軽い気持ちで放った言葉はさくりと否定された。驚いてリョウを見てみれば、リョウはゆったりと微笑んで、当然だというように小首を傾げる。
「みんなコウに感謝してるんだ」
小さく息を飲む。決して茶化してる訳じゃない。母の日は、親愛なる人へ感謝を伝える日。
「そうだな。リョウの言うとおりだ。俺は皆からこんなにたくさんの感謝を貰ったのか」
少しずつでも、気がつけば抱えるほどになったカーネーション。みんなからの感謝の印が、あまりにも大きくて苦しいほどに胸がいっぱいになる。
「嬉しいな」
溢れ出た気持ちを言葉にしてこぼせば、目の前のリョウはにこにこと自分ごとのように微笑んだ。
「そして俺からも感謝の印。ちょっと遅くなっちゃったけど」
そんなリョウの背中から出てきたのは、手元にあるのと同じ、真っ赤なカーネーション。
「ふふ、ありがとう。嬉しいよ」
他の束と一緒にする前に、切り花は色々とお手入れが必要になるから、貰ったばかりのそれを少し端に避けておく。
「あれ?それは?白いカーネーション?珍しいね」
避けた時に同じ場所に避けていたソレが気になったようだ。透明のラッピングシートの中には一輪の白いカーネーションが包まれている。
「ああ、今日空に貰ったんだ」
また母の日か?と尋ねれば少し苦笑いしながら渡された記憶は新しい。
「へぇ。ちなみにだけど、今日寄った花屋さんでは今日の誕生花はカーネーションだって。店員さんに教えてもらった」
「誕生花?」
「うん。365日、その日のお花を決めているみたい。誕生石のような厳密な規定はなくて、お花屋さんが考えた今日のお花って感じになってしまうらしいけど…まぁ大体はその季節やイメージに沿った花が当て嵌められるみたい」
「……そうなのか」
最初は仕事でたまたま会えなかっただけかと思っていた。記念ごとやイベントが好きな空のことを考えたら、今日に合わせた気もしてきてしまう。真意は空しか分からない。
「確か、白のカーネーションの花言葉は『尊敬』ふふ、コウにぴったりだ」
「さすが、リョウ。詳しいな」
「お花をプレゼントするときは、多少は花言葉を意識して調べてしまうからね」
言われてみれば、その通りだ。貰う側にそこまでの意識はなくとも、あげる側はそれなりに考える。
「ちなみに、白いカーネーションの花言葉はそれだけじゃないんだけど……」
そして俺は、リョウからもう一つの意味を聞いて、思わず手元の白いカーネーションを見つめてしまった。赤色の中で一際映える、染み一つない白。
まじまじと眺めていたら、リョウがくすくすと笑った声が聞こえて顔を上げた。
「まぁ、空がどちらを意識したかは分からないけどね」
くるりと、指先で花を回す。
「俺は、どちらでも嬉しいよ」
出来たら、二つの意味だともっと嬉しい。
今日貰った花を束ねて水を変えた花瓶に生ける。沢山の愛と感謝に目を細めれば、自然と笑みが溢れてきて堪らなかった。
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