五月、花の香とともに
太陽が顔を出している時間は伸びて、たまに訪れる夏のような陽気。時折吹く風はまだ少し寒くて、春と夏の境目で着る服に少しだけ悩んでしまう日々が続いてる。
天気予報では夕方から雨が降ると言っていたけれど、予報はしっかり当たって急な雨が降った。だが、しばらくしたらすぐ太陽が出てきて……なんだか、夏の夕立みたいだなと思った。本当に、春と夏の間だ。
そんな日の、夕方。太陽は雲に覆われて、部屋に差す日はなく薄暗い。肩にかけてた荷物を部屋に置いた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろうと思いながらドアを開けば、そこにはラフな格好をした空がいた。空も丁度外から帰ってきたところらしく、いつも出かけるときに使っているバックを背負っている。
そんな空は何度か瞬いたあと、俺をじっと見て首をすくめた。
「えーっと……出かけるところだった?」
そういえば俺もまだ帰ってきて間もなく、ジャケットすら脱いでいない事を思い出した。
「いや、丁度帰ってきたところだ。何か用か?」
「良かったぁ。これ、どうぞ!」
安心したのか、ニッと微笑んだ空が俺の目の前に差し出してきたのは白い小ぶりの花が咲く、花束だった。
「すずらん、か?」
片手ほどのそれを受け取れば、にこにこと微笑みながら大きく頷いた。
「うん!今日は、すずらんの日なんだって。お花屋さんでたくさん売ってて、店員さんが教えてくれたんだ」
「へぇ」
片手で持てるブーケのようなそれは、深い緑の葉でフチ取られて、中心に真っ白な花が可愛らしく収まっている。顔を寄せれば、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐって自然と笑みが溢れた。
「すずらんの日って、親しい人にすずらんを贈る日らしいんだけど、贈られた人には幸せが訪れるらしいよ!」
「そうなのか」
「うん。ヨーロッパの風習らしいんだけどね、日本じゃあまり普及してないって、店員さんが言ってたから」
「一役買ったということか」
「そゆこと」
ふふんと誇らしげに胸を張る空があまりにも純粋で愛らしく、胸の奥の方がじんわりと暖かくなっていく。思えば、親しい人から花を贈られるのはいつ振りだろう。
だからと、空は小さく前置きをした。
「昂くんに、たくさん幸せが訪れますように」
その笑顔に、大きく胸が鳴った。周りの音が遠くなって、どきどきとこの音が空に伝わってしまわないかと不安になる。
そんな中、すずらんの甘い香りがただよってそれが俺たちの間を満たしていく。
「空」
その名前を呼んだ。ブーケから一輪すずらんを引き抜くと、名前を呼ばれて首を傾げた空が俺をゆっくりと見上げた。すずらんを持った手の甲で空の柔らかな頬を撫でて、そっと持っていたそれを耳元に差し込む。
指先で乱れた毛先を整えれば、愛らしい花が空の耳元に収まった。白い花は、昔に撮った雑誌の表紙を思い起こす。ほんの少しの懐かしさを胸に仕舞って、貰ったばかりの“幸せ”をおすそ分けだ。
「空にも、幸せを」
状況を掴めていなかった空は、瞳がこぼれそうなほど見開くと、頬を赤く染めながらぱくぱくと口を開いた。
「い、イケメンずるい……っ!」
「空?」
「ひぇっ!」
異常なまでに赤くなった空を見て、何かしてしまったかと顔を覗き込めば、悲鳴を上げて逃げられてしまった。
逃げていくその背中を眺めながら、頬が上に上がっていくのを感じている。
「昂くん!ま、またね!」
流石に耳元からは取ったのか、空の手元ではすずらんが揺れていた。照れたような微笑みと、振り上げられた手を見て、ついに俺はこらえきれずに微笑んだ。
「ああ、また」
春と夏の間で、夏が幸せを届けにやってきた。今日はとても、良い日だと。
天気予報では夕方から雨が降ると言っていたけれど、予報はしっかり当たって急な雨が降った。だが、しばらくしたらすぐ太陽が出てきて……なんだか、夏の夕立みたいだなと思った。本当に、春と夏の間だ。
そんな日の、夕方。太陽は雲に覆われて、部屋に差す日はなく薄暗い。肩にかけてた荷物を部屋に置いた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろうと思いながらドアを開けば、そこにはラフな格好をした空がいた。空も丁度外から帰ってきたところらしく、いつも出かけるときに使っているバックを背負っている。
そんな空は何度か瞬いたあと、俺をじっと見て首をすくめた。
「えーっと……出かけるところだった?」
そういえば俺もまだ帰ってきて間もなく、ジャケットすら脱いでいない事を思い出した。
「いや、丁度帰ってきたところだ。何か用か?」
「良かったぁ。これ、どうぞ!」
安心したのか、ニッと微笑んだ空が俺の目の前に差し出してきたのは白い小ぶりの花が咲く、花束だった。
「すずらん、か?」
片手ほどのそれを受け取れば、にこにこと微笑みながら大きく頷いた。
「うん!今日は、すずらんの日なんだって。お花屋さんでたくさん売ってて、店員さんが教えてくれたんだ」
「へぇ」
片手で持てるブーケのようなそれは、深い緑の葉でフチ取られて、中心に真っ白な花が可愛らしく収まっている。顔を寄せれば、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐって自然と笑みが溢れた。
「すずらんの日って、親しい人にすずらんを贈る日らしいんだけど、贈られた人には幸せが訪れるらしいよ!」
「そうなのか」
「うん。ヨーロッパの風習らしいんだけどね、日本じゃあまり普及してないって、店員さんが言ってたから」
「一役買ったということか」
「そゆこと」
ふふんと誇らしげに胸を張る空があまりにも純粋で愛らしく、胸の奥の方がじんわりと暖かくなっていく。思えば、親しい人から花を贈られるのはいつ振りだろう。
だからと、空は小さく前置きをした。
「昂くんに、たくさん幸せが訪れますように」
その笑顔に、大きく胸が鳴った。周りの音が遠くなって、どきどきとこの音が空に伝わってしまわないかと不安になる。
そんな中、すずらんの甘い香りがただよってそれが俺たちの間を満たしていく。
「空」
その名前を呼んだ。ブーケから一輪すずらんを引き抜くと、名前を呼ばれて首を傾げた空が俺をゆっくりと見上げた。すずらんを持った手の甲で空の柔らかな頬を撫でて、そっと持っていたそれを耳元に差し込む。
指先で乱れた毛先を整えれば、愛らしい花が空の耳元に収まった。白い花は、昔に撮った雑誌の表紙を思い起こす。ほんの少しの懐かしさを胸に仕舞って、貰ったばかりの“幸せ”をおすそ分けだ。
「空にも、幸せを」
状況を掴めていなかった空は、瞳がこぼれそうなほど見開くと、頬を赤く染めながらぱくぱくと口を開いた。
「い、イケメンずるい……っ!」
「空?」
「ひぇっ!」
異常なまでに赤くなった空を見て、何かしてしまったかと顔を覗き込めば、悲鳴を上げて逃げられてしまった。
逃げていくその背中を眺めながら、頬が上に上がっていくのを感じている。
「昂くん!ま、またね!」
流石に耳元からは取ったのか、空の手元ではすずらんが揺れていた。照れたような微笑みと、振り上げられた手を見て、ついに俺はこらえきれずに微笑んだ。
「ああ、また」
春と夏の間で、夏が幸せを届けにやってきた。今日はとても、良い日だと。
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