◇短編
あっ、という小さな声が聞こえて思わず顔を上げた。どうしたの?と聞けば守人が自分の皿を指さして不安そうに聞いてくる。
「これ、パクチーだよね?」
指の先には守人が注文した料理の盛り付けに、緑色のハーブがもっさりと乗っかっている。
「うん、そうだね」
それがどうしたの?と聞くと、少し恥ずかしそうに肩をすぼめて小さな声で囁いた。
「だって……パクチーって、アレの味がするんでしょ?」
「アレって?」
気になって聞き返せば、どう説明したらいいのか悩んだ様子でポツリと話し始めた。
「俺の地元埼玉って、町中にも関わらず自然が多いんだ。川も土が露出してて草が多い。だから、自転車で河原を走ると色々と当たるんだよね……」
うんうんと相槌を打っていたけれど、なんだか雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がひしひしとする。
「学校の帰りに、空たちと話しながら自転車を漕いでいたら、入ってきたんだ。口の中に、カメム」
「それ以上その言葉を口にしたら俺は二度と守人をランチに誘わない」
「ごめんごめん」
からからと笑って守人は手を振ったけれど、こちらは中々に笑い事じゃない。それに食事中にそんな話だなんて……まぁ、聞いたのは俺だけどさ。
俺と守人でランチは中々珍しい組み合わせだ。事務所に寄ったら社員として働いている守人を見かけたんだ。別観点からメンバーを支えたいという守人の気持ちも分かる。俺も、出来るなら何でもしたいと思うし……。
きっと俺と守人は通ずるところがあると思う。だから、俺からランチに誘った。少し、音楽の話とかしてみたかったのもあったけど……まさかこういう会話になるとは夢にも思わなかった。
「で、それとパクチーがどういう関係?」
「ああ。……実は口の中にソレを含んだのは空の方なんだ」
「…………で?」
「俺はパクチーを食べた事がないんだけどね、空が『パクチーはカメ……の味がする!』って言うものだから」
視線を守人から下のパクチーに移した。青々としたそれはハーブだと分かってる。食べた事もあるし、エスニック料理には欠かせない香辛料だ。だけど今はその緑色すらも例のアレを彷彿させて恐ろしく見えた。
「……聞かなきゃ良かった」
「俺もだよ。実際に食べた事ある人が言うからね……信憑性が高すぎる」
苦笑いを浮かべながら気まずそうに守人はスプーンを手に取った。
以前ケンがエビの尻尾とGの話をして以来、しばらくエビが食べれなくなった事があったけど、それに近い。エビが美味しいと俺は知っていたから良いけれど、守人は食べた事がないパクチーだ。それを聞いて口にするのは少し勇気がいる。
でも……守人には悪いけど、それが少し可愛いなと思ってしまった。俺が勝手に守人はコウと近い完璧な人というイメージがあったから……パクチーが苦手というのはどうにも可愛らしい。
「食べれなさそう?」
「……いや、食べてみるよ。食わず嫌いは良くないから」
震える手で、注文していたビリヤニと盛られたパクチーを少量一緒に掬った。あまり人の食事を見るのは良くないと分かっていながら、まるで守人の緊張が伝わるようで、運ばれていくビリヤニを見守ってしまった。
「ど、どう……?」
表情を伺いながら聞けば、ごくりと食べたそれを飲み込んで、神妙な顔を向けてきた。口に合わなかっただろうか……。
「……思えば、俺はカメムシを食べた事がないや」
至極真剣な顔付きで、大真面目にそんなことを言われてしまえばその奇妙さに笑いが込み上げてきた。慌てて口元を覆って守人から視線をそらしても、漏れ出る笑い声は隠せそうにない。
「涼太?」
「ご、ごめん……今凄く面白くて……ちょっとまって、落ち着くから」
「大真面目に答えたつもりなんだけどな」
胸を抑えて、こみ上げる笑いをなんとかやり過ごす。
「ふー……普通はカメ……なんて食べる事ないから。当たり前でしょう」
「でも俺は食べたことないのに怯えてたから。今なら、もし企画でカメムシを食べる事になっても落ち着いて対応できる気がするな」
「なにそれ最悪。そんな企画は無くなったほうがいい」
最悪な想像が脳裏に過ぎったけど、守人の表情はにこやかなもので、さっきの愉快な回答を思い出して笑いそうになった。
「で、初めての感想は?」
「……凄い、独特だね」
「それは、不味い?」
「いいや、美味しいよ。こういう、刺激的な料理によく合うと思う」
スプーンで掬って、また一口。小さく頷いて美味しいと感想を口にした。
「……良かった。誘って苦手だったーは少し心苦しいから」
「誘ってもらえてとても嬉しいよ。いい気分転換だし、それに知らない世界を知れる」
「知らない世界?」
「ああ、パクチーは美味しい」
にっこりと無垢な表情で微笑まれると、どうもむず痒くてしょうがない。でも、それは嫌いじゃない。むしろ好きだからこそ、俺はGrowthにいるのだし守人を誘ったんだ、と思う。
「良かったら、他にも美味しいお店紹介するけど?」
「本当に?それは嬉しいなぁ。涼太はSOARAにいないタイプだから、紹介するお店もとても期待できる」
「廉ならまだしも、他と一緒にしないでよね」
美味しいというのは知っているけど、いきなりラーメン屋を紹介するほど情緒が無いわけじゃない。雰囲気があってオシャレで、それでいて見た目だけじゃなくてちゃんと美味しいお店は、知っておいてこういうとき役に立つ。
「まぁ、期待してて」
最初は軽いつもりだったけど、気が付けば“次”が出来ていた。
計画も打算も何もないのも、たまにはいい。たまにはね。
「これ、パクチーだよね?」
指の先には守人が注文した料理の盛り付けに、緑色のハーブがもっさりと乗っかっている。
「うん、そうだね」
それがどうしたの?と聞くと、少し恥ずかしそうに肩をすぼめて小さな声で囁いた。
「だって……パクチーって、アレの味がするんでしょ?」
「アレって?」
気になって聞き返せば、どう説明したらいいのか悩んだ様子でポツリと話し始めた。
「俺の地元埼玉って、町中にも関わらず自然が多いんだ。川も土が露出してて草が多い。だから、自転車で河原を走ると色々と当たるんだよね……」
うんうんと相槌を打っていたけれど、なんだか雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がひしひしとする。
「学校の帰りに、空たちと話しながら自転車を漕いでいたら、入ってきたんだ。口の中に、カメム」
「それ以上その言葉を口にしたら俺は二度と守人をランチに誘わない」
「ごめんごめん」
からからと笑って守人は手を振ったけれど、こちらは中々に笑い事じゃない。それに食事中にそんな話だなんて……まぁ、聞いたのは俺だけどさ。
俺と守人でランチは中々珍しい組み合わせだ。事務所に寄ったら社員として働いている守人を見かけたんだ。別観点からメンバーを支えたいという守人の気持ちも分かる。俺も、出来るなら何でもしたいと思うし……。
きっと俺と守人は通ずるところがあると思う。だから、俺からランチに誘った。少し、音楽の話とかしてみたかったのもあったけど……まさかこういう会話になるとは夢にも思わなかった。
「で、それとパクチーがどういう関係?」
「ああ。……実は口の中にソレを含んだのは空の方なんだ」
「…………で?」
「俺はパクチーを食べた事がないんだけどね、空が『パクチーはカメ……の味がする!』って言うものだから」
視線を守人から下のパクチーに移した。青々としたそれはハーブだと分かってる。食べた事もあるし、エスニック料理には欠かせない香辛料だ。だけど今はその緑色すらも例のアレを彷彿させて恐ろしく見えた。
「……聞かなきゃ良かった」
「俺もだよ。実際に食べた事ある人が言うからね……信憑性が高すぎる」
苦笑いを浮かべながら気まずそうに守人はスプーンを手に取った。
以前ケンがエビの尻尾とGの話をして以来、しばらくエビが食べれなくなった事があったけど、それに近い。エビが美味しいと俺は知っていたから良いけれど、守人は食べた事がないパクチーだ。それを聞いて口にするのは少し勇気がいる。
でも……守人には悪いけど、それが少し可愛いなと思ってしまった。俺が勝手に守人はコウと近い完璧な人というイメージがあったから……パクチーが苦手というのはどうにも可愛らしい。
「食べれなさそう?」
「……いや、食べてみるよ。食わず嫌いは良くないから」
震える手で、注文していたビリヤニと盛られたパクチーを少量一緒に掬った。あまり人の食事を見るのは良くないと分かっていながら、まるで守人の緊張が伝わるようで、運ばれていくビリヤニを見守ってしまった。
「ど、どう……?」
表情を伺いながら聞けば、ごくりと食べたそれを飲み込んで、神妙な顔を向けてきた。口に合わなかっただろうか……。
「……思えば、俺はカメムシを食べた事がないや」
至極真剣な顔付きで、大真面目にそんなことを言われてしまえばその奇妙さに笑いが込み上げてきた。慌てて口元を覆って守人から視線をそらしても、漏れ出る笑い声は隠せそうにない。
「涼太?」
「ご、ごめん……今凄く面白くて……ちょっとまって、落ち着くから」
「大真面目に答えたつもりなんだけどな」
胸を抑えて、こみ上げる笑いをなんとかやり過ごす。
「ふー……普通はカメ……なんて食べる事ないから。当たり前でしょう」
「でも俺は食べたことないのに怯えてたから。今なら、もし企画でカメムシを食べる事になっても落ち着いて対応できる気がするな」
「なにそれ最悪。そんな企画は無くなったほうがいい」
最悪な想像が脳裏に過ぎったけど、守人の表情はにこやかなもので、さっきの愉快な回答を思い出して笑いそうになった。
「で、初めての感想は?」
「……凄い、独特だね」
「それは、不味い?」
「いいや、美味しいよ。こういう、刺激的な料理によく合うと思う」
スプーンで掬って、また一口。小さく頷いて美味しいと感想を口にした。
「……良かった。誘って苦手だったーは少し心苦しいから」
「誘ってもらえてとても嬉しいよ。いい気分転換だし、それに知らない世界を知れる」
「知らない世界?」
「ああ、パクチーは美味しい」
にっこりと無垢な表情で微笑まれると、どうもむず痒くてしょうがない。でも、それは嫌いじゃない。むしろ好きだからこそ、俺はGrowthにいるのだし守人を誘ったんだ、と思う。
「良かったら、他にも美味しいお店紹介するけど?」
「本当に?それは嬉しいなぁ。涼太はSOARAにいないタイプだから、紹介するお店もとても期待できる」
「廉ならまだしも、他と一緒にしないでよね」
美味しいというのは知っているけど、いきなりラーメン屋を紹介するほど情緒が無いわけじゃない。雰囲気があってオシャレで、それでいて見た目だけじゃなくてちゃんと美味しいお店は、知っておいてこういうとき役に立つ。
「まぁ、期待してて」
最初は軽いつもりだったけど、気が付けば“次”が出来ていた。
計画も打算も何もないのも、たまにはいい。たまにはね。
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