◆短編
「目を閉じて」
そう囁けば、目の前の王子様は不思議そうに瞬いた。
俺がこれからやろうとしてることを考えると目を閉じるのが少し不思議なんだろう。
「目蓋を閉じたほうが、雰囲気出るでしょう?」
俺のむちゃくちゃな言い分に少し不思議そうに眉根を潜めたけれど、素直な彼は何も言わずに目を閉じた。
そうして俺の前には無防備な顔が晒された。長いまつげに、今は隠されてしまった青い瞳。透明の素肌は正直言ってとても羨ましい。毎日のスキンケアはしていると思うけど、維持するとなるとそれなりの努力は必要だ。
まさにおとぎ話の王子様みたいな顔を眺めながら、俺はその薄く開かれた唇に目を落とした。何も引かれていない唇は、乾燥知らずでほんのりと桃色に染まっている。
あまりじっくりと眺めているとさすがに不思議がられてしまうから、さっそく俺は手に持った口紅でその無垢な唇に触れた。そのまま形に沿って手を引けば、やけに強い赤色が白い肌の上に落ちる。軽く指先で形を整えれば、さっきまでいた王子様はどこかへと消え去った。俺の目の前には、艶やかな男が一人。
「はい、できた」
俺の言葉とともに、閉じられていた瞼が開いた。青い瞳は健在で、瞬きながら唇の具合を確かめている。
「ありがとうございます、里津花さん」
「いいえ、どういたしまして。人にメイクをするのはどちらかといえば好きだから」
ポーチから手鏡を取り出して昂輝に渡せば、お礼と共に受け取ってじっと自分の顔を見る。全体的に色素の薄い顔に、その赤色はとても映えた。
俺の想像通りだ。普段の鋭さの中に、清廉さを感じさせる美しさを持った衛藤昂輝とはまた違う。妖しさと艶やかさが、たった一本のリップでにじみ出た。
でも彼はしっくりきていないのか、鏡を眺める視線は微妙な表情をしている。
「……やっぱり、俺には少し派手すぎませんか?」
「そう?俺は似合うと思うけど」
リップのキャップを閉じてテーブルに立てれば、昂輝はじっとそのパッケージを眺めて小さくため息を漏らした。
「こういう強い色は、里津花さんやSolidSのみなさんの方がイメージ的にも似合う気がします」
「嫌?」
「嫌ではないんですが……」
少し意地悪な質問をしてしまったかもしれない。悩ましげに視線を下げるその仕草は、どうにも悪いことをしている気分になってしまう。
事の始まりは、数日前。よく仕事を一緒にするプロモーターさんから、新作化粧品のモデルを探していると相談を受けたのが始まりだ。
その方からよく話を聞いてみると、なんとも面白そうだと好奇心が疼いてしまったのがきっかけ。俺の方でも候補を見繕ってもいいですか?と聞いてみたら、快く承諾してくれた。きっと、俺とその人がそれなりに仲が良かったのも奏功したんだと思う。
そして、新作化粧品の現物が届いたのがついさっき。さっそく俺はその届いた箱ごと持って、Growthの共有ルームへやって来たという訳。
運のいい事にお目当ての人物はオフだったらしく読書中だったのを捕まえ、こうして化粧品モデルにならないかと勧誘してるところ。
真面目な彼らしく、少し悩んでからゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ひとつ聞いてみてもいいですか?」
「いいよ。なんでも聞いて」
「どうして真っ先に俺のところに来たんですか?」
少し驚いた。それは俺が一番話したかったこと。
先ほど、テーブルに置いたリップをつまみ上げた。高級感溢れる黒の軸に、悪魔の羽を模したようなアートがラインのようにデザインされている。シックでいてお洒落な中にも愛らしさも忘れていないリップ。確かに、見た目的な問題で言えば昂輝は少し違うのかもしれない。でもね、
「それは昂輝ならこの化粧品のコンセプトに合うと思ったから」
「コンセプト?」
このモデルの話を聞いた瞬間から、俺の頭の中には他の誰でもない昂輝が浮かんでいた。
「『天使を悪魔に変える魔法』……どんなに清楚な子も、時にはダイタンにってね。貞淑な昂輝にぴったりだよ」
最初こそ驚いた様子だったけど、俺の言葉を飲み込む頃にはなるほどと薄く微笑んでいた。それこそ、赤いリップで妖しく見えるほどに。
「では俺は、たった今魔法をかけられた、って事ですね。里津花さんの手によって」
「そうなるかな」
なら俺は天使をそそのかした悪魔だろうね。まさにコンセプトの通りだ。
奇妙な符合が面白くて笑っていたら、部屋の扉が開く音がした。
「おじゃましまーす!こーくんいますかー?」
明るい声に、賑やかな足音。共有ルームに顔を出したのは想像通りの人だった。
「いらっしゃい、空」
「あっ、いたいた!昂くんと……里津花さん!?」
「ふふ、俺もお邪魔してます」
もう一人の天使がやって来た。
*
「へぇ、化粧品のモデル!絶対に俺たちには来ない仕事!」
「モデルはイメージ商売だからな。絶対に来ないとは言えないが、SOARAで化粧品は少ないかもしれない」
「あるとしたら化粧品というよりも、制汗剤や清涼飲料水のPRの方が多いかもね」
「あー確かに!そっちの方が、俺たちっぽい!」
せっかく来たのだからと、空も交えてちょっとしたお茶会みたいな雑談が始まった。
昂輝の隣に座った空は、最初は緊張からか少しばかりお尻が浮いていたけど、俺が施した昂輝の口元に気づいたのか、興味をもって聞いてくれた。
「それよりも空、どう思う?赤色もいいと思わない?」
俺の本題に空を引き込んで、昂輝をその気にさせてもらおうと思ったんだ。昂輝の事が好きな空なら、二つ返事で褒めてくれる筈だと。
俺の予想は外れた。二人はお互いに見つめ合ってしまって、空の顔がだんだんと赤くなっていくのが分かる。空の開いた口がわなわなと動いて、その両手は落ち着きなく上げたり下げたりと分かりやすく慌てていた。
その可愛らしいにらめっこを先に降りたのは昂輝の方だった。さっきみたいに、悩ましげに視線を下に落としていく。
「……やっぱり、似合わないよな」
「あっ!ちがっ!えと……なんて言えば……」
俺は二人のやり取りを、少し離れてじっと見ていた。見ていて面白かったのは空の方で、彼は最初ゆでダコみたいに赤くなったと思ったら、今度は血の気が引く音が聞こえるほど青くなる。
「あの、凄く似合ってるよ!本当に!で、でもね……その、悪く思わないで欲しくて」
再びほんのりとピンク色に染まり出した頬を見て、なんとなく空の言いたいことが分かってきた。
「あ、あのね、その……今の昂くん、色っぽくて……セクシーだなって……思って。ふ、普段と違うからかな?すごいドキドキしちゃって、目のやり場に困っちゃうといいますか……なんというか……」
目の前で繰り広げられる愛らしいやりとりに、顔のにやけが止まらない。
黙って見守るように見ていれば、空の声を聞きながらゆらゆらと昂輝が顔を上げた。昂輝は照れて慌てる空をじっと見つめると、試すように唇を開いた。
「……こういう俺も、好きか?」
「っ……!好きっ!」
空の声にならない悲鳴が聞こえて、次の瞬間には間髪入れずに好きだと叫んだ。ちなみに、俺はといえばこんな特等席でイチャイチャを浴びせられてずっと顔が緩んでしまっている。う〜ん、甘い。いいなぁ、若いって。
そんな甘い空間を堪能してる、そんな時だった。
「よかった」
昂輝が小さく囁いて、ぐらりと身体が動く。空に向かって身を乗り出すようにして、その真っ赤な顔に唇を寄せた。
「へ?」
空が状況を把握して素っ頓狂な声を上げたのは、昂輝が空から離れた後だった。ぽかんとした空のその口元。唇の端近くに、キレイな赤いキスマークが出来ている。要するに、昂輝が空の頬にキスをしたんだ。唇に塗ったばかりの紅は、昂輝の唇の痕を、その頬にキレイに残してしまったらしい。
未だ呆然とした状態の空の頬を、昂輝が突いた。
「ふふ、空もセクシーだな」
昂輝がいたずらが成功したような笑い声を上げて、ようやく空が動き出した。
「う、わ、あああっ!?えっ?ふええっ!?」
半ばソファーから転げ落ちるように立ち上がると、悲鳴を上げながら俺と昂輝を交互に見てくる。今俺を見ても何もすることは出来ないので、なんとなく意味ありげに微笑んでみた。
「えっ、いま、ちゅー……えっ!?し……した?」
空は混乱したのか、何故か俺に状況を聞いてくるから、俺は親指を立てて大きく頷いた。
「バッチリと」
「ふぇ……?な、えっ?し、失礼しましたぁっ!」
昂輝のキスはかなり刺激が強かったのか、空は後ずさりながら距離を取って、バタバタと大きな音を立てて嵐のように逃げ帰ってしまった。
この二人が付き合っているのはみんな知っているし、キスだっておそらくだけどもう済んでいると思う。それでもこんなに照れて混乱してしまったのは、普段と違う昂輝の魅力と……頬とはいえ、人前でキスしたのは初めてだったのかな?まぁ、あまり人前でするものでもないけれど。それにしても、
「あれれ?昂輝って、そんなに大胆だった?」
「ふ、ふふふっ、どこかの悪魔にそそのかされてしまったのかもしれませんね」
ゆっくりと口元に弧を描く様は、もはや天使のそれではない。
俺はとんでもない子をそそのかしてしまったらしい。もしくは、本当にこのリップには魔法がかかっていたのか……。やはり俺の見立ては間違っていなかった。
「わ~るい子だ」
空は今頃、口端に真っ赤なキスマークをつけたまま、SOARA寮に逃げ帰っている頃だろう。道中で誰にも見つからないといいけれど。
憐れで可愛らしい後輩に、そっと思いを馳せた。
そう囁けば、目の前の王子様は不思議そうに瞬いた。
俺がこれからやろうとしてることを考えると目を閉じるのが少し不思議なんだろう。
「目蓋を閉じたほうが、雰囲気出るでしょう?」
俺のむちゃくちゃな言い分に少し不思議そうに眉根を潜めたけれど、素直な彼は何も言わずに目を閉じた。
そうして俺の前には無防備な顔が晒された。長いまつげに、今は隠されてしまった青い瞳。透明の素肌は正直言ってとても羨ましい。毎日のスキンケアはしていると思うけど、維持するとなるとそれなりの努力は必要だ。
まさにおとぎ話の王子様みたいな顔を眺めながら、俺はその薄く開かれた唇に目を落とした。何も引かれていない唇は、乾燥知らずでほんのりと桃色に染まっている。
あまりじっくりと眺めているとさすがに不思議がられてしまうから、さっそく俺は手に持った口紅でその無垢な唇に触れた。そのまま形に沿って手を引けば、やけに強い赤色が白い肌の上に落ちる。軽く指先で形を整えれば、さっきまでいた王子様はどこかへと消え去った。俺の目の前には、艶やかな男が一人。
「はい、できた」
俺の言葉とともに、閉じられていた瞼が開いた。青い瞳は健在で、瞬きながら唇の具合を確かめている。
「ありがとうございます、里津花さん」
「いいえ、どういたしまして。人にメイクをするのはどちらかといえば好きだから」
ポーチから手鏡を取り出して昂輝に渡せば、お礼と共に受け取ってじっと自分の顔を見る。全体的に色素の薄い顔に、その赤色はとても映えた。
俺の想像通りだ。普段の鋭さの中に、清廉さを感じさせる美しさを持った衛藤昂輝とはまた違う。妖しさと艶やかさが、たった一本のリップでにじみ出た。
でも彼はしっくりきていないのか、鏡を眺める視線は微妙な表情をしている。
「……やっぱり、俺には少し派手すぎませんか?」
「そう?俺は似合うと思うけど」
リップのキャップを閉じてテーブルに立てれば、昂輝はじっとそのパッケージを眺めて小さくため息を漏らした。
「こういう強い色は、里津花さんやSolidSのみなさんの方がイメージ的にも似合う気がします」
「嫌?」
「嫌ではないんですが……」
少し意地悪な質問をしてしまったかもしれない。悩ましげに視線を下げるその仕草は、どうにも悪いことをしている気分になってしまう。
事の始まりは、数日前。よく仕事を一緒にするプロモーターさんから、新作化粧品のモデルを探していると相談を受けたのが始まりだ。
その方からよく話を聞いてみると、なんとも面白そうだと好奇心が疼いてしまったのがきっかけ。俺の方でも候補を見繕ってもいいですか?と聞いてみたら、快く承諾してくれた。きっと、俺とその人がそれなりに仲が良かったのも奏功したんだと思う。
そして、新作化粧品の現物が届いたのがついさっき。さっそく俺はその届いた箱ごと持って、Growthの共有ルームへやって来たという訳。
運のいい事にお目当ての人物はオフだったらしく読書中だったのを捕まえ、こうして化粧品モデルにならないかと勧誘してるところ。
真面目な彼らしく、少し悩んでからゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ひとつ聞いてみてもいいですか?」
「いいよ。なんでも聞いて」
「どうして真っ先に俺のところに来たんですか?」
少し驚いた。それは俺が一番話したかったこと。
先ほど、テーブルに置いたリップをつまみ上げた。高級感溢れる黒の軸に、悪魔の羽を模したようなアートがラインのようにデザインされている。シックでいてお洒落な中にも愛らしさも忘れていないリップ。確かに、見た目的な問題で言えば昂輝は少し違うのかもしれない。でもね、
「それは昂輝ならこの化粧品のコンセプトに合うと思ったから」
「コンセプト?」
このモデルの話を聞いた瞬間から、俺の頭の中には他の誰でもない昂輝が浮かんでいた。
「『天使を悪魔に変える魔法』……どんなに清楚な子も、時にはダイタンにってね。貞淑な昂輝にぴったりだよ」
最初こそ驚いた様子だったけど、俺の言葉を飲み込む頃にはなるほどと薄く微笑んでいた。それこそ、赤いリップで妖しく見えるほどに。
「では俺は、たった今魔法をかけられた、って事ですね。里津花さんの手によって」
「そうなるかな」
なら俺は天使をそそのかした悪魔だろうね。まさにコンセプトの通りだ。
奇妙な符合が面白くて笑っていたら、部屋の扉が開く音がした。
「おじゃましまーす!こーくんいますかー?」
明るい声に、賑やかな足音。共有ルームに顔を出したのは想像通りの人だった。
「いらっしゃい、空」
「あっ、いたいた!昂くんと……里津花さん!?」
「ふふ、俺もお邪魔してます」
もう一人の天使がやって来た。
*
「へぇ、化粧品のモデル!絶対に俺たちには来ない仕事!」
「モデルはイメージ商売だからな。絶対に来ないとは言えないが、SOARAで化粧品は少ないかもしれない」
「あるとしたら化粧品というよりも、制汗剤や清涼飲料水のPRの方が多いかもね」
「あー確かに!そっちの方が、俺たちっぽい!」
せっかく来たのだからと、空も交えてちょっとしたお茶会みたいな雑談が始まった。
昂輝の隣に座った空は、最初は緊張からか少しばかりお尻が浮いていたけど、俺が施した昂輝の口元に気づいたのか、興味をもって聞いてくれた。
「それよりも空、どう思う?赤色もいいと思わない?」
俺の本題に空を引き込んで、昂輝をその気にさせてもらおうと思ったんだ。昂輝の事が好きな空なら、二つ返事で褒めてくれる筈だと。
俺の予想は外れた。二人はお互いに見つめ合ってしまって、空の顔がだんだんと赤くなっていくのが分かる。空の開いた口がわなわなと動いて、その両手は落ち着きなく上げたり下げたりと分かりやすく慌てていた。
その可愛らしいにらめっこを先に降りたのは昂輝の方だった。さっきみたいに、悩ましげに視線を下に落としていく。
「……やっぱり、似合わないよな」
「あっ!ちがっ!えと……なんて言えば……」
俺は二人のやり取りを、少し離れてじっと見ていた。見ていて面白かったのは空の方で、彼は最初ゆでダコみたいに赤くなったと思ったら、今度は血の気が引く音が聞こえるほど青くなる。
「あの、凄く似合ってるよ!本当に!で、でもね……その、悪く思わないで欲しくて」
再びほんのりとピンク色に染まり出した頬を見て、なんとなく空の言いたいことが分かってきた。
「あ、あのね、その……今の昂くん、色っぽくて……セクシーだなって……思って。ふ、普段と違うからかな?すごいドキドキしちゃって、目のやり場に困っちゃうといいますか……なんというか……」
目の前で繰り広げられる愛らしいやりとりに、顔のにやけが止まらない。
黙って見守るように見ていれば、空の声を聞きながらゆらゆらと昂輝が顔を上げた。昂輝は照れて慌てる空をじっと見つめると、試すように唇を開いた。
「……こういう俺も、好きか?」
「っ……!好きっ!」
空の声にならない悲鳴が聞こえて、次の瞬間には間髪入れずに好きだと叫んだ。ちなみに、俺はといえばこんな特等席でイチャイチャを浴びせられてずっと顔が緩んでしまっている。う〜ん、甘い。いいなぁ、若いって。
そんな甘い空間を堪能してる、そんな時だった。
「よかった」
昂輝が小さく囁いて、ぐらりと身体が動く。空に向かって身を乗り出すようにして、その真っ赤な顔に唇を寄せた。
「へ?」
空が状況を把握して素っ頓狂な声を上げたのは、昂輝が空から離れた後だった。ぽかんとした空のその口元。唇の端近くに、キレイな赤いキスマークが出来ている。要するに、昂輝が空の頬にキスをしたんだ。唇に塗ったばかりの紅は、昂輝の唇の痕を、その頬にキレイに残してしまったらしい。
未だ呆然とした状態の空の頬を、昂輝が突いた。
「ふふ、空もセクシーだな」
昂輝がいたずらが成功したような笑い声を上げて、ようやく空が動き出した。
「う、わ、あああっ!?えっ?ふええっ!?」
半ばソファーから転げ落ちるように立ち上がると、悲鳴を上げながら俺と昂輝を交互に見てくる。今俺を見ても何もすることは出来ないので、なんとなく意味ありげに微笑んでみた。
「えっ、いま、ちゅー……えっ!?し……した?」
空は混乱したのか、何故か俺に状況を聞いてくるから、俺は親指を立てて大きく頷いた。
「バッチリと」
「ふぇ……?な、えっ?し、失礼しましたぁっ!」
昂輝のキスはかなり刺激が強かったのか、空は後ずさりながら距離を取って、バタバタと大きな音を立てて嵐のように逃げ帰ってしまった。
この二人が付き合っているのはみんな知っているし、キスだっておそらくだけどもう済んでいると思う。それでもこんなに照れて混乱してしまったのは、普段と違う昂輝の魅力と……頬とはいえ、人前でキスしたのは初めてだったのかな?まぁ、あまり人前でするものでもないけれど。それにしても、
「あれれ?昂輝って、そんなに大胆だった?」
「ふ、ふふふっ、どこかの悪魔にそそのかされてしまったのかもしれませんね」
ゆっくりと口元に弧を描く様は、もはや天使のそれではない。
俺はとんでもない子をそそのかしてしまったらしい。もしくは、本当にこのリップには魔法がかかっていたのか……。やはり俺の見立ては間違っていなかった。
「わ~るい子だ」
空は今頃、口端に真っ赤なキスマークをつけたまま、SOARA寮に逃げ帰っている頃だろう。道中で誰にも見つからないといいけれど。
憐れで可愛らしい後輩に、そっと思いを馳せた。
6/12ページ
