◆短編

とある現場の控室。今回は珍しくALIVEとしての活動で、そこそこ広めの控室にメンバー九人全員が集結していた。
集まってるっていっても呼ばれるまでは待機時間で、各々自由に時間を過ごしている。全員揃っているせいか、なんだか寮の共有ルームみたいななごやかーな雰囲気になっていた。和やかといっても、みんなステージ衣装だけどね。
俺も衣装にシワがつかない程度にソファでゆったりとくつろぎながら、スマホで読み途中だった漫画を読んでた。そんな時だった。俺の隣に誰かが座ってきた。幅広のソファだし、あまり気にしないで画面の向こうの物語に集中してたんだ。
「そら」
まさか、超耳元で俺の名前を囁かれるとは思ってもいなかった。悲鳴こそ出なかったけど、軽くお尻は浮いた気がする。
「あ、すまない。驚かせてしまって」
「こ、ここ、こうっくんっ!」
俺の隣に座ってきたのは他でもない昂くんで、そのキラキラお顔が異様に近いせいか俺の背中は大きく仰け反った。
「どうしたの?超びっくりしたー」
「あ、いや……その」
俺が気づいても昂くん、全然離れる気配がない。それに、なんだかちょっと妙だった。俺が大きな反応をしちゃったからか、俺だけじゃなくて周辺を気遣うように視線を潜めて辺りを伺ってる。
なんとなく、ピンときた。俺もそっと周りを見れば、他メンバーは俺の動揺をいつもの発作だと思ったようで、とっくに興味を失っていた。間違ってないけど、もう少し興味持ってくれてもいいんじゃないかな!?
そのことにあまり気づいていない昂くんは、困った様子でどうしたらいいのか悩んでいるみたいだった。そういう所が可愛い。
「ええと、内緒の話?」
助け舟を出すつもりで声を潜めてそっと聞けば、昂くんは分かりやすく顔を明らめて小さく頷いた。
「……今夜、空いてるか?」
「ええと……空いてるけど」
特に何も考えなしに答えた瞬間、ふわりと昂くんの表情が輝いた。あっ!眩しい!特に本番前でばっちりメイクも決まってるから、普段以上に輝きが凄い!
「実は、少し前に珍しいお菓子を買ったんだが、良かったら一緒にどうだろうかと思って。今夜、俺の部屋で……どうだ?」
「ええっ、いいの?わーい!行く行く!俺も何か持っていむっ」
昂くんが選んだお菓子なら、絶対に間違いはない。正直それだけでテンション上がってた俺の口を、昂くんの指が塞いだ。普段の俺ならかっこいいいい~!って悲鳴を上げて倒れてるところだけど、慌てた様子の昂くんに俺は堪らず口を噤んだ。
「その、数がないんだ。全員の分は無くて……それで」
「ははぁ、なるほど、ヒミツってやつだね」
昂くんがさっきから周辺を気にしてる理由がやっと分かった。声を潜めてその耳元で囁けば、ぱちぱちと瞬いてどこか嬉しそうに頷いた。
「ああ、秘密なんだ。……だから今夜、暇になったらで構わないから、こっそりと俺の部屋に来てくれないか?」
こっそりと!そういうのわくわくしちゃう!
声に出さないで大きく頷きながら親指を立てると、昂くんも真似して親指を立ててそっと元の定位置に戻って行った。
んふ、んふふ……これは今夜が楽しみだ!



今日のメインだった音楽番組の撮影も終わって、遂に待ちに待ったフリータイム!サラリーマンでいうところの終業!細々としたお仕事も片付けて、いざ昂くんの部屋へ!
皆には秘密だからバレないように一回自室に戻って、軽く部屋の中から外の様子を伺いつつこっそりと抜け出した。
まぁ、さすがに小学生じゃないんだから門限なんて無いし、バレたところで適当に受け流せばいいんだけど、こういうのは気分の問題だ。忍び足で階段を駆け上がって、一つ上のGrowth階へ。
チャイムを鳴らせばすぐに昂くんは扉を開けてくれて、俺は挨拶もそこそこに昂くんのお部屋へお邪魔した。
昂くんのお部屋はいつ来ても綺麗に整ってて、あまつさえいい香りも漂ってる。同じ間取りのはずなのに、綺麗すぎて俺の部屋より広く見える。
「すぐに持ってくるから、適当に座って待っててくれ」
「はーい!」
元気よく手をあげて、お行儀よくソファに座る。昂くんはくすくすと笑いながら、奥の部屋から、小さな紙袋を持って来た。紙袋を持ったまま俺の隣に座ると、その中から小箱を取り出した。奇しくもALIVEカラーに似た深い青と緑の、しっかりとした箱で、その上に文字が刻印されている。
「チョコレート?」
「ああ、このあいだ、里津花さんとショッピングに出かけた時に見つけたんだ」
「……へぇ」
想定外の名前が出てきて、ちょっと微妙な反応をしちゃった。誤魔化したくて話題を変える。
「ええと、これって、何が珍しいの?」
「ああ、お酒を使っている、いわゆるボンボンショコラというやつなんだが」
「お酒のボンボン?」
チョコが珍しいっていうより、それを買ってきた昂くんのほうが珍しい。俺の不思議そうな表情が分かりやすく出てたのか、小さく笑うとその小箱を開けて中に入っていたカードを取り出して軽く目を通すと、それを俺の方に差し出してきた。
「世界各地の、珍しいお酒を利用して作られたんだ」
「へぇ、どれどれ?」
カードにはチョコレートのイラストと、その横にお酒の名前が書いてある。そのお名前は、俺でも知ってるような有名なお酒ばかりで、流石に高級酒の代名詞でもあるドンペリの名前が出てきた時にはびっくりした。確かに、一本丸っと買うには少々手が出づらい……という意味では珍しい。
にしても……
「昂くんがお酒って、ちょっと珍しいね」
里津花さんと行ったって言ってたから、里津花さんのおすすめなのかも。
適当に想像を膨らませていると、隣の昂くんはほんのりと頬を染めて照れたように微笑んだ。
「以前、衛たちと一緒にワインの試飲会に行ってきただろ?」
「ああ!あの可愛かったやつ!」
「可愛かった?」
「ごめん、気にしないで続けてください」
思わず話の腰を折ってしまう所だった。それにしても、あの時の昂くんは最強に可愛かった……。業火担を自負している涼くんもその場にいたら、俺とおんなじ事になってたと思う。
ちょっとだけ首を傾げた昂くんだったけど、俺の言う通り気にしないで話を続けてくれた。
「まぁそれで、会場で飲んだワインがとても美味しくて、ちょっとだけお酒に興味が湧いてしまったんだ。ボトル一本丸々買うのは飲めなかった事を考えると少しばかり勇気がいるが、こうしてチョコレートなら美味しく食べれるし、お酒も楽しめるかと思って。それに……」
「それに?」
なるほどと聞いていたが、突然昂くんの言葉が詰まった。不思議に思って昂くんの顔を覗きながら聞き返せば、昂くんは小さく首を振った。
「いいや、何でもない。それだけだ。早速だが、頂こうか」
「うん!」
中敷きと透明なフィルムを外せば、中には綺麗に形作られたチョコレートが収まっていた。四角や丸の形をしていて、ローストされたナッツや金箔で飾られた一口サイズのチョコは一目見ただけで凄い高級感だ。本当に特別な時にしか食べれないやつ。
「おお……おお……」
「空はどれがいい?」
「えっ、俺が選んでいいの!?」
「もちろん」
「ええ……悩むぅ……」
お品書きのカードとチョコレートを見比べる。日本酒、ワイン、シャンパン、ウイスキー……あれ?日本酒のシャンパンなんてあるんだ。
「それが気になるのか?」
「うん。日本酒のシャンパン……ちょっと気になっちゃった」
「なら……どうぞ」
昂くんは小箱を持ってそっと手渡した。昂くんが買ったものなのに、俺が先に食べるのはなんだか少しだけ申し訳ない気もするけど……昂くんの瞳がすっごいキラキラで、断ることが出来なかった。
「い、いただきます……」
目的の日本酒シャンパンを使って作られた、ミルクチョコレートの欠片を一つ摘まむ。指の熱で溶けてしまう前に、俺はそれを口の中に放り込んだ。
チョコを口内で割ったときに、想像してたような鋭いアルコールは来なかった。お酒のゼリーが中に入ってるのではなくて、これはチョコレート自体に丹念に練りこまれたものらしく、鼻を抜けていく香りがカカオと日本酒の爽やかさで、口の中に残ってる甘みもとても優しい。ん?……これはチョコレートの甘みじゃない。しばらく舐めていると、チョコ自体はそんなに甘くないことに気が付いた。口の中に残っているこれは日本酒の甘さだ!
「ええ~すごい!こんなボンボン初めてかも!」
「美味しい?」
「うん!美味しい!」
「良かった……俺も一ついいか?」
「昂くんが買ってきたんだから、遠慮なんてしないで食べてよ!」
そっと昂くんもチョコを摘まんで口に含んだ。確かそれは俺でも名前を聞いたことのある赤ワインのやつだ。ころころと口の中で転がしてるのか、昂くんの頬が膨らんで、そして切れ長の瞳がきらりと輝いた。
「凄いな……美味しい」
「だよね!ええ~次どれにしようかな?悩む」
ふと、隣からくすくすと笑い声が聞こえてきて、少し恥ずかしくなった。さすがに食い意地を張りすぎたかもしれない。
呆れられてないか不安になって、そっと横を伺えば、昂くんは楽しそうに頬を染めてニコニコと俺を見ていた。
「ふふ、喜んでもらえて良かった」
あれ?昂くん、自分が興味湧いたからって言ってたけど、もしかして……俺の……そんな、まさかね。
「空?」
そんな昂くんと目が合ってしまって、不思議がった昂くんが小さく首を傾げた。
「ううん、なんでもない!そんなことより、昂くんも一緒に食べようよ!昂くんは次、何がいい?」
「俺?俺は……そうだな」
そう言って、新たなチョコレートを一粒手に取った。そして俺ももう一つ。こうして、チョコレートの甘さに頬を綻ばせて、ふわりと漂うお酒の香りを楽しんでいればたったの10粒なんてあっという間で、気が付けば空になった箱を目の前に、昂くんが出してくれたティーカップを傾けてる。う~ん、あまりにも優雅。
でも、なんだろう、凄く物足りないというか……言うなれば飲み足りない。
お酒には強くないけど、さすがにボンボンで満足出来るほど弱くない。お高くって上質なお酒の残り香にあてられて、飲みたくなっちゃったっていうのが正解かも。
「ね、ねぇ、昂くん……その……さ、もうちょっとだけ、時間……あったりします?」
少し遠回り気味で聞いてみた。こんな優雅な後に直接的に誘うのは、なんだか躊躇ってしまう。
それでも物足りないのが顔に出ていたのか、くすくすと笑いながらコウくんがグラスとボトルを一本、奥の方から持ってきた。
「飲みたくなったんだろう?」
「さ、さすがに当てられると恥ずかしくなる……」
「ふふ」
グラスとボトルを置いて、昂くんはつまみを探してくると言って、再び部屋から出て行ってしまった。せっかくだから、そのボトルをまじまじと見る。なんだろう……ワインでもウイスキーでもビールでもない……パッケージは鮮やかな桃色で、中の色は良く分からない。ラベルも英文が並んでて、ちょっと……これは分からないな。お酒って事しか分からない。
「それは果物のお酒だ」
いつの間にか戻ってきたのか、トレイを持った昂くんがすかさず教えてくれた。
「確か……桃だったかな?甘くて飲みやすいよと、里津花さんに渡された」
また里津花さんだ。なんだろう、この気持ち……別に昂くんが誰と出かけようと全然関係ないはずなのに……。
そんな俺の内面なんて知らない昂くんは、トレイから小皿に盛られたピクルスと、キューブチーズを持ってきた。相変わらずなんてお洒落な。
「お酒が甘いから、塩気のあるものを探したんだがこれしかなくて……」
「あっ、それなら俺の部屋にポテチがあったと思う。貰ってばかりじゃ悪いから、塩っけのおつまみなら任せて!」
すぐに戻ってくるね!と言って、昂くんの顔も見ずに部屋を飛び出した。もやっとした感情を振り払うには丁度よかった。
軽く走って自室に向かう。俺の部屋のお菓子ボックスをひっくり返してポテチとつまみタラ、そして冷蔵庫からチューハイを何個か取り出した。それらを抱えて、再び昂くんのお部屋へ。昂くんのお部屋に戻ってみれば、氷と炭酸が用意されていて、準備は万端って感じだ。腕に抱えたポテチの袋を見た瞬間、昂くんの瞳が輝いた気がした。
「ケンから、ポテトチップスは色んな味があると聞いた」
「ああ、ポテチはいろんなフレーバーがあるよね。期間限定とか、ご当地ものとか。俺が持ってきたのは、普通のコンソメ味とガーリックチキン味だけど」
それでも普段こういったスナック菓子をあまり食べない昂くんは、どこかわくわくとした表情で、俺を急かすように自身の隣を叩いた。そのちょっとした表情が堪らなく好きで、これがきっとギャップ萌えってやつだ。
わくわく昂くんに後押しされるように、ポテチの袋をパーティー開けして、突発的飲み会の準備は万端だ。いつの間にか俺のグラスには昂くんの手でお酒が作られていたし、俺たちは何も言わずともそっとグラスを掲げた。
「「乾杯!」」
カラリと氷が鳴って、くいっと一口煽る。本当に甘くてフルーティーなお酒で、炭酸で割るとまるでジュースのように飲めてしまう。
「すごいな……本当に飲みやすい」
「これは、よろしくないね……うっかり飲みすぎちゃうやつだ」
どんなに飲みやすくても、お酒はお酒。あまりにもさらりと飲めてしまって、気が付いたらぐでぐでに酔ってしまった……なんて事は、二十歳になりたての頃によくやっちゃった失敗だ。気を付けないと……。




本当に飲みやすいお酒は気を付けた方がいい。特に美味しいおつまみと、楽しい話題がある時は。
気が付けば、おつまみは半分以上消失していて、グラスの中身も何杯目とも分からない。ちらりとボトルの方を確認すれば、中身は半分以上減っていた。
う~んこれはやばい。というか、俺と昂くんが寄り添うように身体が傾き出した時点で止めれば良かったんだ。
そんな後悔をしたところで、もう後の祭りだ。思考はふわふわしてるし、箸の扱いもおぼつかない。惰性のようにグラスにお酒を注いでは、からからとマドラーでかき混ぜて煽る。
そんなお互いそれなりに酔っていた時だった。ふと、どうして俺はここにいるんだろうと不思議に思ってしまった。
俺は確かに昂くんに誘われてここにいるけど、ワインの試飲会以降、お酒の魅力にハマっていろいろと買ってみちゃったのなら、この飲み会に誘うのは当時一緒にいたまもちゃんで良かったはずだ。それこそ、色々と一緒に買い物に行った里津花さんと飲めばいいのにって、捻くれた俺が思ってる。お世辞にも俺はこういうのに疎いから、美味しい!以外の感想なんて言えないし、味の違いだって分からない。
さっき振り払って隠してきたはずのもやもやが顔を出した。お酒に浸されてしまった脳みそは、考える事を放棄して、ぽつりぽつりと感情を零してく。
「それにしてもどうしてチョコとか、お酒とか誘ってくれたの?まぁ、俺は嬉しいけど、ちょっと珍しいなって」
俺じゃなくても良かったはずだ……。自分で思ってて少し悲しくなってきた。多分、たまたま俺が暇そうで、同じリーダーのよしみだから誘ってくれただけに過ぎないんだ。聞かなきゃ良かった。昂くん本人から答えも聞いてないのにそう決めつけて、ぐっと噛み締める。
前言撤回しようと、なんでもないって、顔を上げた時だった。
「俺の……ひみつの話をしよう……」
浮ついたような声音で、すぐ隣の昂くんがなんの脈絡もなく言葉を発した。なんだかとっても、既視感。
ゆらりと身体を起こした昂くんは、ほんのりと染まったお顔で俺をじっと見た。そのアイスブルーに惹かれるようで、俺は目を逸らせられない。呼吸も時間も止まったように感じて、思わず息をのんだ。昂くんのしっとりと湿った唇が、ゆっくりと動いていく。
「じつは、チョコもお酒も、空と味わいたくて買ったんだ」
「……へっ」
むふふとどこか上機嫌で昂くんは言うけれど、俺はといえば、どくどくと心臓が大きな音を立て始めた。この動悸はきっとお酒じゃない。
「あの時、試飲会で里津花さんと一緒だっただろ?……あまりにもワインが美味しかったから、空と一緒に飲みたかったと、そう、零してしまったんだ」
昂くんの視線が手元のグラスに落ちる。乳白色の液体が、グラスに半分ほど残っていて、それがゆらゆらと揺れている。
「その翌日、里津花さんからデートに誘われたんだ。内容は知っての通り、俺と空で一緒に楽しめるお酒探し。里津花さんはあの会場で、俺が零してしまった言葉を覚えてくれてて、それで買い物に誘ってくれたんだ」
そこまで話すと、昂くんはバツの悪そうな表情で、小さく苦笑いした。
「全員の分が無いなんて大嘘だ。もともと、俺と空の分しか買ってない。……すこし、悪いことをしてしまったな」
ほんの少しの罪悪感が昂くんの表情を曇らせてしまった。一方俺は、さっきから開いた口が塞がらないどころか、にやけて仕方がない。上がりまくった頬の筋肉が痛くてそれすらも嬉しい。
どうしよう、どうしよう!すごく嬉しくて、どう返したらいいのか全く分からない!感情が大爆発しすぎて、俺の開いた口は言葉にならない声を発しているだけだ。
昂くんのヒミツの暴露はまだ続く。
「試飲会で飲んだワインは、まだ市場に流通してるものではなかったから、全然別のものになってしまったが……あの時飲んだワインが出回って、それを入手出来たら、また……俺と一緒に飲んでくれないか?」
ちらりと見上げられたその視線は、お酒の力なのかほんのりと湿っていて、赤く染まった頬も相まって俺にはあまりにも衝撃が強すぎる。それでも、このお誘いを絶対に逃したくない俺は、必死に昂くんの手を握った。
「お、俺で良ければ!ぜひっ!」
ちょっとだけ食い気味。引かれなければいいなんて考えは、酔った頭では思い浮かばなかった。俺の頭の中は、昂くんからのお誘いは絶対に逃しちゃいけないってことでいっぱいだ。
一瞬、手を握られた昂くんは驚いたのか、きょとんとした表情を浮かべていたけれど、すぐにふわりと嬉しそうに微笑んでくれた。
「よかった。とても美味しかったから、空とも飲みたいと思っていたんだ」
どうしよう。可愛い。とてつもなく可愛い。
どくどくと心臓が高鳴って痛いぐらい主張してくるけど、それよりも……どうしよう。他の誰よりもって……こんなの勘違いしてしまう。
「ね、ねえ?昂くんのご指名すっごい嬉しいんだけどさ、他でもない俺がいいって、もしかして俺の事好きなの?どうしよう、超照れちゃう」
胸が痛い。思わず胸元を握りしめた。酔った勢いを口実に、昂くんの気持ちが知りたくて軽口を叩いてみた。いや、たぶん酔ってるから出てきちゃったんだ。一度出してしまったものは戻せない。答えを聞くのが、怖い。
昂くんは俺の言葉を噛み締めるように、何かを考えるそぶりを見せた後、にこりと小さく微笑んだ。
「……知りたい?」
デジャヴだ。俺は以前したような台詞を繰り返す。
「とても」
「……じゃあ」
「じゃあ?」
次にくる台詞も分かってる。分かってるのにこんなにドキドキするのは、昂くんだからだ。
「ふふ、それは、まだヒミツ」
こんなのずるいや。思わず頭を抱えた俺を見て、昂くんが楽しそうにくすくすと笑ってる。こんなのってない。本当に……これって期待しちゃうじゃんか!
「次が楽しみだな」
爆発しそうな俺なんか知らずに、昂くんはにこやかにグラスを傾けながら、楽しそうに次の話をしている。俺は悔しくて悔しくて、頬を膨らませた。
次こそは、そのヒミツを暴いてやるんだから!
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