◆短編

古き良き、懐かしい校舎。リノリウムの床が鳴き、ロッカーの塗装は所々剥げ、緑の掲示板には錆び付いた画鋲が取り残されている。この学校はずっと時を止めたまま、ここに存在していたらしい。辺りに漂う空気は、チョークの粉と埃が混じって、ほんのりと汗の香りを閉じ込めている。
そんな少しノスタルジーを感じさせるこの空間も、少し視線を外せばふっと現実が顔を出す。
空き部屋に用意されたパイプ椅子に、床の隅を這い回るケーブルの束。そしていたる所で稼働している扇風機とサーキュレーター。エアコンのない古い校舎だから仕方がないが、やはり趣は感じられない。
秋にやるドラマの撮影で、山奥の廃校に俺たちは来ている。以前グラビとプロセラの先輩方が行った、宅配アイドルのドラマ版。といっても都合上来てるのは俺と空と、共演の役者さんと数名のエキストラさんだけだ。こんなこと表では言えないが、多人数が得意ではないから少し気が楽だ。
そんな撮影の合間の休憩時間、控室には俺と空だけ。空は扇風機の前に陣取って、パイプ椅子の背もたれにもたれかかりながら生温い風を堪能している。
「涼しいのか?」
ふと気になって聞いてみると、丸い瞳が俺の方を向いた。
「全っ然!コウくんのそばにいた方が涼しいぐらい!」
「それは、どうだろうか……」
相変わらず謎の期待を込められた目線で見られると、くすぐったい気分になる。それよりも俺は聞きたいことがあった。
「そろそろ誕生日だろ?なにか、欲しいものとかないか?」
「そういえばそうだね!」
今は八月の中ほど。末日は空の誕生日で、みんなで祝う予定だ。サプライズにするかどうかSOARAのみんなとも相談してみたが、色々と悩んで結局本人に聞くことにした。欲しいものがあるのならそれに越したことはない。空はうーんと悩んだ素振りを見せた。
「……ちなみに、何でもいいの?」
「ああ、俺に用意できるものであれば何でもいい」
「うおぉ……悩む……」
そんなに欲しいものがたくさんあるのか、空は小さく唸ると腕を組んで俯くように頭を捻った。
「直ぐに答えなくても大丈夫だ。思いついた時に教えて貰えれば……空?」
ふと、隣を見れば扇風機の前に陣取った空が、パイプ椅子の背もたれにもたれかかってぐったりとしていた。悩んでるようには見えなくて、暑さにやられてしまったのだろうか。
「空、大丈夫か?」
声をかければ、悩ましげに閉ざされていた瞳が開いて、チョコレート色の瞳がとろりと俺を見つめた。それは直ぐに閉じてしまい、困ったように八の字を書いた。
「ダメ……あつい……」
パイプ椅子の鉄部分に頬を押し当ててまで涼を求めている姿を見ると、本当に暑いのだろう。俺も、この暑さには正直参りそうだ。
晒されている空の首元にそっと触れる。しっとりと汗で濡れていて、太い血管が通っているからか熱でもあるのかと思うぐらい熱い。
「あっ」
熱中症を疑った時、空が小さく声を上げて見開いた。
「コウくんの手、冷たいなぁ。気持ちいい……」
すりと、差し出した手に擦り寄られて、思わず上げそうになった声を何とか堪える。
「……本当に大丈夫か?熱中症とかじゃないよな?」
「うん!単純に暑いだけ!だから、心配しないでも大丈夫だよ」
「……そうか」
とは言うものの、触れてる首元の熱さは俺の手でどうにか出来るようなものじゃない。擦り寄ってくる空には悪いが、少し離れて机の上に置かれたクーラーボックスに向かった。暑いので自由に飲んでくださいと、スタッフさんが置いていったものだ。
中を開けば保冷剤と、夏だからスポーツドリンク多めに飲み物が各種収められている。中からスポーツドリンクを取り出して、そっとそれで空の首元に触れた。
「ん〜ちべたいっ!」
「適度に水分補給しよう」
「そだね、ありがとう」
空は起き上がってペットボトルを受け取ると、封を開けてそれに口をつけた。細い喉が上下に動いて……それから、意識的に目をそらす。視線を向けた先の窓は開いていて、突き抜けるような青色が窓枠を埋めていた。正直夏は辛い。どこを見ても眩しくて、手元に視線を戻した。
「それにしても暑い〜!外の方が涼しいんじゃないかな?」
「……機材があるせいかもしれない。排気熱がこもっているんだ」
現場には撮影して、その場で確認出来るように様々な機械が持ち込まれている。休憩室代わりに使っているとはいえここも例外じゃなく、部屋の隅には機材が積まれていた。
「うーん、この部屋暑いしお散歩出来ないか確認してみるよ!」
「あっ、空っ」
俺が何かを言う前に、ぱっと空は立ち上がると部屋を飛び出して行った。空は思いの外早く戻ってきて、両手で大きな丸を作ると太陽に負けないような笑顔を向けてきた。
「校舎内だったら好きにしていいって!一緒にお散歩いこ!」
どうにも、俺は空の誘惑に弱い。空と一緒に居れば心地いいと知ってしまっているから、頭の中の天秤は簡単に傾いた。


廊下の窓は開かれていて、外の風が抜けて気持ちいい。空の言う通り、扇風機のある部屋よりも外の方が涼しいみたいだ。
「なんだかさ、こうして廊下歩いてると高校の頃思い出してめちゃくちゃ懐かしくなるね!」
「そうだな。空の高校も、こんな感じだったのか?」
「さすがにここまで古くはなかったかなぁ……エアコンはあったし」
言われてみれはそうだ。今時エアコンの無い学校の方が珍しいだろう。妙なところで納得して、思わず小さく頷いた。
「あっ、音楽室!」
空が小さく駆け出した。その動きを追って視線を動かせば、扉の上には黒地に白色で『音楽室』と書かれたプレートが掛けられていた。空は部屋には入らず、扉の前で部屋を覗いている。
「うん、まぁ、想像はしてたけどね……」
空の背後から部屋を覗けば、そこには何もなかった。文字通り、何もない。音楽室なら必ずあるピアノは当然のこと、机も椅子も、全て片付けられていた。
「廃校だもんね……仕方ない、か」
「もし、ピアノがあったら何か弾いてくれたのか?」
「う〜ん……あったらちょっとだけ叩きたいなって思っただけ!だって、学校で弾ける機会なんて、卒業したら滅多にないじゃん?」
「……そうだな」
困ったように空は笑う。
「でも、コウくんのリクエストなら何でも答えた、カモ……」
俺はその一言を逃さなかった。
「本当か?」
「で、出来ないことあるからね!」
「大丈夫だ。空に出来ないことはない」
「えっ、過大評価しすぎじゃない……?」
「ふふふ」
つい、困る空が可愛くてからかってしまう。でも、本当に出来ないことはないんだろうと、俺は思っている。
空は頬を少し染めて、困ったように眉尻を下げていた。
「次っ!次いこう!」
結局、音楽室に入ることなく再び廊下をあてもなく歩き始める。元々、目的地のない散歩だから次も何もないのだが、楽しそうな空を見ていると本当にどうでも良くなる。
ふらふらと廊下を歩いていた時だ。
「コウくんって、学生時代めちゃくちゃモテたんじゃない?」
空は前を見たまま言葉を口にする。軽い口調で、まるで世間話をするようにそれは放たれた。きっと空もそのつもりで、言ったんだと思う。
俺も、そのつもりだった。
「それは、どうだろうか」
口から滑り出たそれは、空の足を止めるのに十分だったらしい。廊下の真ん中で立ち止まった空は、丸い目を見開いて隣にいる俺を見上げる。言葉にはしなかったが、どうして?と、視線が雄弁に語っていて思わず小さく吹き出してしまった。
「そんなに驚くことか?」
「いや、だってこっんなイケメンがクラスにいたら、毎日がパラダイスじゃない?学校行くの楽しくなるし、愛という名の夢の花束とか貰い放題じゃない?」
「夢の……何だって?」
「愛という名の夢の花束!ラブレターだよ!」
何故か頬を膨らませて空が拗ねている。ラブレターは確かに貰った気はするが、ちょっと空の想像するものは違う。
「まってくれ、確かに好かれてはいたと思うが、空の思うそれとは少し違う気がする」
「え、違う?」
ぴくりと空が反応した。見上げるように俺をみて、小さく小首を傾げる。
俺はどうしたものかと、口を噤んだ。つい口を突いて出てしまったが、当時の俺の話はあまり気分のいいものでもない……と、思う。
「あ……もしかして、あまり話したくない、やつとか?」
空は他者の感情の機微に敏感だ。言葉の詰まった一瞬を見逃さない。
今の俺はどんな顔をしてたんだろうか。空はバツの悪い表情を浮かべてじっと俺を見た。視線が合うわずかな時間、俺が何も答えられないでいると、空はそっと一歩引いた。
不思議と俺は離れていく空が怖くて、思わずその手を取った。空に……嫌われたくないと。空はそんな事で人を嫌いになったりする訳ないのに、離れていく一歩が恐ろしく大きく見えて、まさに縋り付く気持ちだった。
「こう、くん?」
隠してる訳じゃない。でも、きっと失望されてしまうだろう。
だとしても、空との間に溝は作りたくなかった。
「大した話じゃない。それでも、聞いてくれるか?」
聞いて欲しいと、暗に含んでいる。それを空が断れる訳もなく、無垢な瞳で頷いた。
ああ、最低だ。空に嫌われたくないと、俺は空の優しさに甘えるんだ。

✳︎

コウくんと俺は、涼を求めて撮影の休憩時間を使って廃校を巡ることにした。コウくんと俺……というよりは、俺が暑さに耐えられなくてコウくんを連れ出したってのが正しい。
廃校というから、ホラー番組なんかで見かける肝試しっぽい所々崩壊している感じの学校を想像してたけど、全然違った。
廊下は木張りじゃないし、窓ガラスだって全部ある。古い建物あるあるの植物の侵食もなくて、手入れされているみたいで綺麗なものだった。まぁ、エアコンはなかったけどね……。
スタッフさんに聞いたけど、学校としての役目は終えても、不動産として管理会社が管理してるみたい。こうやって撮影に使われたり、買う人がいれば廃校をリノベーションして工場とかキャンプ場とか、用途は色々あるらしい。
ともかく、俺はコウくんと束の間の学園生活を堪能してるってこと。高校は違ったし、大学だって違う。もう少しだけ、早く出会えてれば何かが違ったんじゃないかなぁ……なんて、そんなどうしようもない事を考えては呑み込む。
普段はそんな湿っぽい事考えないのに、ちょっとノスタルジックに浸っちゃうのは、このドラマの撮影が始まったからだと思う。演技なんて合同舞台ぐらいしかやった事ないのに、どうして俺たちに声がかかったのかは、あの白い魔王様の鶴の一言らしいんだけど……詳細は聞かないでおく。きっと、一番学生らしいとかそんなんだと思う。
でも擬似だけど今は学生で、ドラマの中ではコウくんと同級生の設定だ。あの、きらっきらイケメン衛藤昂輝さまだよ?撮影する前から俺はドキドキでいっぱいで、少しでも長く一緒に居たいななんて、馬鹿みたいに思ってた。
数年越しのキャンパスライフだ。密かにコウくんに憧れ以上の感情を抱いている俺としては、またとないチャンスだった。だから俺は“暑い”なんてちょっと大袈裟にワガママ言って、そうやってコウくんを連れ出すことに成功した。
現代機器でいっぱいの現実的な部屋から抜け出すと、懐かしの高校時代へタイムスリップ!……なーんて、そんな大それた魔法みたいなものじゃなくて、本当にささやかだけど俺はあのコウくんと二人きりになれて心の中でガッツポーズだ。
コウくんの学生服姿はとても新鮮だった。俺たちと違って当初から王子様って感じで売ってたし、本人たちもマジで現代の王子様だったから、何というか……学生服は良い意味で幼く見える。普段のコウくんはすごく大人っぽいから、とても新鮮。同い年の筈なのに落ち着いててどこか色っぽくて、とにかく俺の周りにはいないタイプ。
そんなコウくんがワイシャツにネクタイをして、揃いのブレザーを着てるのをみた時は、高校生だー!なんて訳の分からない事を叫んでしまった。今は暑いからブレザーは脱いでるけど、指定のベストはしっかり着込んでてネクタイもバッチリしてる。見た目はちゃんと高校生。俺は暑いのでワイシャツだけ。ネクタイは、ポケットの中に突っ込んである。
見た目だけはしっかり高校生の俺たちが、学校の廊下を並んで歩いてる。窓ガラスに反射する、並んだ姿を見かけて少しにやけてしまったのは内緒だ。俺の心は完全に高校生のそれで、懐かしさなんてものはとっくに無い。
きっとそのせいだ。口を滑らした。
「学生時代、めちゃくちゃモテたんじゃない?」
俺の周りは不思議なことにイケメンに事欠かない。ソウにモリに廉もすっごい美少年。だからイケメンイコールモテモテって、図式が出来上がっていた。当時からアイドルをやってて、イケメンのコウくんがモテない訳がない。ちょっとした、会話の糸口。
そんなので、コウくんの表情が曇るなんて思わないじゃないか。
あんなに暑かったのに今は背筋が凍りそうで、キュッと締め付けられたように胸が苦しい。触れちゃいけないものに好奇心で触れて、それから目を背けたくて話題を変えようとしたそんな時。
腕を、掴まれた。
「大した話じゃない。それでも……」
前置きなんてどうでもよかった。コウくんは静かに微笑んでいたのに、それが無性に寂しく見えて俺はそっと、息を飲んだ。コウくんが聞いて欲しいと思うのなら、俺は断れないんだ。


空いた教室。多分、撮影用に用意されたところで、あの音楽室とは違って埃も少ないし備品が一通り揃ってる。机に椅子に、小道具みたいな小物はなかったけど、ここはカーテンもついていた。換気のために開かれた窓から吹き抜ける風がカーテンを揺らしている。
コウくんはよく風の吹く窓辺に立っていて、じっと手元に視線を落としていた。決して爽やかとは言えない真夏の風を背に受けても、コウくんの肌には汗一つ浮かない。やっぱり、イケメンは汗をかかないのかもしれない。
俺は近くの椅子に座って、コウくんを見上げている。吹き抜ける風が錦糸の髪を揺らして太陽を受けてきらきらと輝いているのを、絵画のようだななんて、眺めながらよく通る静かな声に耳をすましていた。
「確かに、俺は空の言う通り学生時代はモテていたんだろう」
コウくんの柔らかな声が風に乗って染み入る。 まるで詩でも紡ぐかのように優しく言葉は続く。
「だが、俺を好きになるというよりは“衛藤昂輝”というコンテンツを好きになったと言った方が正しいと思う。少なくとも、当時の俺はそう思っていた……勿論、好いてくれるのは嬉しいし、有難い事だと思ってる。それは今も昔も変わらない」
きっとこれは、高校生のコウくんがずっと言えなかった本音だ。なんだか、人の秘密を聞いているみたいで胸がぎゅっとする。昔の話だからとコウくんは軽く笑うけど、きっと高校生のコウくんはそう思ってないはずだ。
「人当たりの良いケンやリョウは分からないが、俺はどちらかと言えば遠巻きに見られていた方だな。あの2人に比べれば、どうにも近寄りがたい印象があったんだろう。今思えばその考えはとても傲慢で、向けられた好意を無下にしたんた。……失望したか?」
「そんなっ!そんなことない!」
失望なんて、する訳がない。それは当時のコウくんが導き出した処世術なんでしょ?そんなの、失望なんてできないよ。
コウくんは俺をじっと見ると、ふわりと目尻を下げた。
「そんな顔をしないでくれ。本当に昔の話なんだ。今はみんなのお陰で余裕もできて、ちゃんと向き合えていると思ってる」
今の俺、きっと酷い顔してる。だからそうやってコウくんは笑うけど、そんなのは……とても寂しいはずだ。
「……寂しくなかった?」
「寂しくはなかった……と、思う。それなりにやることは多かったからな。それに、鈍感でいたから」
「鈍感?」
ああと、頷く。
「感情に鈍い方が、この世界は生きやすい」
とても澄んだ瞳で、コウくんは静かに言った。
外では蝉が眩むように鳴いている筈なのに、とてもクリアに俺のところまで届いてすとんと落ちた。その言葉はどんな説明よりも分かりやすくて、コウくんの少し困ったような笑顔の訳も、高校生の頃のコウくんの真意も全てが理解できた。
世間に身を晒すというのは、その評価を一身に受けるということだ。可も不可も、否応なく突きつけられる。事務所によっては本人の性格すら変えて売り出すし、とにかく外にも中にも敵の多い業界だ。まともに取り合っていたら、心がすり減ってしまう。
俺も……その気持ちは分からなくない。顔の無い他人の評価ほど、怖いものはない。
「コウくん……その……」
ごめんね。と、次の言葉が出てこない。謝るのはなんか違うと思った。ここで謝罪の言葉を出すのは、きっと必死に生きてきた高校生のコウくんに失礼だから。
結局俺は、この感情に当てはまる言葉がでてこなくて、何を思ったのかコウくんの手を取った。暑くて少し汗ばんでる俺の手のひらとは違って、少しひんやりしていて、相変わらず触り心地がいい。
過去に戻ることは出来ない。もし、奇跡が起きてタイムスリップが出来たとしても、当時のコウくんに俺が何か出来たとは思えない。
なら、今を精一杯豊かに生きて欲しい。出来たら……そんなコウくんの心を揺さぶるような存在に俺はなりたいと、思う。きっと、俺は……コウくんのことが好きだから。
「空……ありがとう」
コウくんは俺のこの不可解な行動を理解してくれたらしい。掴んだ手を握り返してくれて、優しく頭を撫でられた。
「空のその感受性の高さは素晴らしいものだ。この業界では珍しい、宝だと俺は思う。でも、それは諸刃だ。喜びも、悲しみも、全て汲み取っていては疲れるだろう」
違う!苦しいのは俺じゃない。そう、抗議をしようと顔を上げた時だ。
「ふにゃっ!」
鼻を摘まれた。見上げたコウくんの表情は楽しそうだった。どうも、俺の想像と違って少し拍子抜けだ。
俺の鼻を摘む力はとても弱くて、悪戯に慣れてないコウくんらしい。突然そんな可愛いことされて、俺の感情はしっちゃかめっちゃかだ。その事にコウくんは気付いてないのか、変わらずに話を続けた。
「そうやって、昔の俺にまで配慮してる」
「にゃ、にゃんで……にゃにも言ってにゃいのに分かるの?」
「空は、優しいから」
するりと、鼻を摘んでいた手のひらが頬に移動した。細められた瞼と、慈愛に満ちた表情を見ると、コウくんだってすっごく優しいと思う。
「過去の俺が聞いたらびっくりするだろうな。こうして、過ぎ去った事まで気遣ってくれる仲間が出来たなんて」
俺の頬を撫でながら話すコウくんは、すごく、嬉しそうで……
「コウくん!」
俺の頬を撫でる手を掴んで立ち上がる。急に縮まった距離に、コウくんがぴくりと震えた。
「俺、決めたよ!」
「決めた?」
「うん!誕生日プレゼント!」
「それは、良かった。ぜひ教えてくれ」
これはコウくんが聞いたらびっくりするだろうなぁなんて、そんな事を思いながらもはやる気持ちに合わせて胸も高鳴っていく。あのねと、一呼吸。
「コウくんの時間を下さい!」
きょとんとした表情。そして
「えっと、それはどういう……」
ああ、こてんと小首を傾げるその仕草、最高に可愛い。それが見たくて、突拍子もない事を言ってみたりして。でも、俺はいつだって本気だ。
「だってさ、コウくんってすっごく真面目じゃない?責任感だって凄いし、向上心も何もかも俺とは違う。一歩だって退かないで、むしろ立ち向かっていく姿勢だし。だから高校生のコウくんは常に肩肘張ってて、疲れてるんじゃないかなって」
「……どうして、今、高校生の俺が出てきたんだ?」
「それはね、ここが高校だからです!」
自信満々に答えてみたけど、コウくんからは微妙な反応しか返ってこなかった。
「ええとね、高校生ってたった3年しかないんだよ?そんな短い時間しかいられないのに、学園生活が薄いのは何だか……寂しいなって。いや、俺が勝手に思ってるだけなんだけどね!」
違うんだ。別にコウくんのこれまでを否定したい訳じゃない。これまでを知った上で、これからの話をしたくて、
「だから……って訳でもないけど、今も、これからも、コウくんを楽しく笑顔に出来たらなって、思いまして……それが、俺と一緒なら、俺が嬉しいなって、思って……」
あれ?何だか、変だぞ?説明が下手くそとか、そんなレベルじゃないと思う。
「だから、俺の時間が欲しいと?」
「う、うん……そのつも、り……」
顔を上げて驚いた。コウくんが俯いて肩を震わせていて、思わず息を飲んだ。
「こ、コウくん?」
「くっ……ふふっ、ふふ……はは」
笑ってる?顔を覗こうとすれば、片手で制されてしまい動ずることもできない。でも、隙間から見えたその口元は大きく弧を描いていて何でかは分からないけどコウくんは声を上げて笑ってる。
「え、えと?」
「ふふっ、空、それはプレゼントにならない」
コウくんにしては珍しくひとしきり笑った後、静かに顔を上げて言った。確かに、俺の言い分は下手くそで、誕生日プレゼントと言うにはあまりにもふわふわしたものだ。
だけど、そこまではっきりと言われると、ちょっと残念というか、無念。
そんな無念すら吹き飛ばず衝撃が次の瞬間起きた。
「俺だって空の時間が欲しい。空と一緒にいたいんだ」
「っ……!」
顔が急に熱くなっていくのが分かる。これは夏の暑さのせいなんかじゃない。胸が苦しくて、自分の心臓が耳元で鳴り響いているみたいにうるさい。
「あ、あぅ……コウくんがそのセリフを言うのはずるい……」
今更、自分が言った言葉のクサさを痛感した……これはずるい。
きっと今の俺は茹でダコ状態だ。そんな真っ赤な俺の頭をポンポンと撫でられた。
「別のプレゼントを考えないとな?」
「……はい」
俺的にはもう別の意味で、すっごいプレゼントをもらった気分だよ。
なんと言うか……“時間が欲しい”ってプロポーズみたいで、自分から言い出した事なのに考えれば考えるほどぐるぐるして、身体中が熱くなる。
「そろそろ、戻ろうか」
「……うん」
俺は気付いた。言われて見上げたコウくんの頬はほんのりと赤くて……
それは、夏の暑さのせいじゃないって、……言って。
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