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◆短編

今日はとても順調だった。
入りは少し遅くて昼からだったけど、その分帰りはラジオの収録の関係があって、寮に着いた時には時計の針がテッペンを超えてしまった。まぁ、休日前の労働としては十分働いたし、それなりにいい仕事が出来たと自負してる。
今日は途中でお弁当食べたから、それを夕飯代わりに寮に戻ったらすぐに寝ようと思っていた。
スマホに入ったメッセージに気づいたのは、丁度自室に戻って荷物を放り投げた頃。こんな時間に誰だろうと確認してみればそれは予想外の人物だった。
「コウくん?」
内容は“何時頃帰ってくるんだ?”って。意外なのはこんな夜遅い時間に、あのコウくんがメッセージを寄越してきた事だ。思わず“丁度今、帰ったよ”とすぐ返事を返した。すぐに既読が付いたからしばらく待ってみたけど返事はない。画面から視線を外して、適当に寝る支度を始めたとき、チャイムが鳴った。
「ま、まさか……だよね?」
あまりのタイミングの良さに、コウくんがやって来たのかと思って。まぁ、さすがにこんな時間に、それは無い。動揺していると催促するように二回目のチャイムが鳴る。
「はいはい、どちらさ、ま……」
急かされるようにドアを開ければ、そのまさかだった。
肩で息をしたコウくんが、ほんのりと頬を染めて目の前に立っている。
瞬間、俺の頭の中では、過去の色々なやらかしが脳裏を走馬灯のように過ぎっていた。あのコウくんがこんな夜中に直接来るような要件だ。きっとなにかやらかした。
「そらっ」
「あーっ!ごめんなさいっ!」
ぶっちゃけ何か分かんないけど、ただ名前を呼ばれただけなのに、怒られた子供のように条件反射で誤っていた。うん……日頃の行い、かなぁ。
そんな俺を襲ったのは、行いを咎める言葉でも、閻魔帳の読み上げでもなく、軽い衝撃だった。
「ふ、へっ?」
ぎゅっと胸元が締め付けられて、視界の片隅ではさらさらと金髪が流れている。首元に吐息がかかる距離に顔があって、頬をすりすりとされてようやく抱きしめられてるんだなって、脳みそが理解した。
「こ、こここコウくんさん!?」
「会いたかった」
会いたかった!?割とそれなりの頻度でお会いしてると思いますが!?と、心の中で叫んで、コウくんを引き剥がそうと胸を押してみるがびくともしない。このままでは、俺の心臓がいろんな意味で持たない。
「ちょ、ちょっと、コウくんさん?離れて頂いても?」
「……いやだ」
「嫌ですか……」
明らかに様子がおかしい。いつものクールビューティーコウさまとは大きくかけ離れていて、ファンが見たら卒倒してしまうかもしれない。俺は何の心配をしてか、腕を伸ばして開きっぱなしのドアをなんとか閉めた。一応、業火担を自称しているファンが同じマンションにいるから、ひょっとした事故からあらぬ誤解を招かないためだ。そう、これは俺を守るため……。
その時気がついた。あまりの衝撃で最初は分からなかったけど、落ち着いてみれば……なんというか、酒臭い。
「……お酒呑んだの?」
「ん」
多分これは肯定。んー呑んでらしたのね。酔ってるならなんとなくだけど、ちょっと甘えたな感じは理解できる。というか、コウくんは酔うとこんなふうになるのか……何度か一緒に呑んだことあるけど、いつもシャッキリしてるイメージがあったから想像つかなかった。いや、まぁ……たまに記憶があやふやな時があるんだけど、そういう時は大体志季さんが一緒だったんだよね。あの人と呑むといつもペースに飲み込まれるというか、楽しくてうっかり呑み過ぎちゃって……。
「ねぇ、コウくん。まさかだけど、志季さんと一緒だった?」
「ああ、しゅうさんもいた」
まさかだった。というか俺抜きでリダズ呑みしてたんですか?羨ましいって一瞬思ったけど、柊羽さんは呑めないからきっと志季さんの相手を一人で努めたんだろう。それはそれで恐ろしい。
とりあえず、玄関でこうして抱き合ってるのもいろいろと問題だから、コウくんの背中を軽く叩いた。
「あのさ、汚いけど俺の部屋いこ?水ぐらいなら出せるからさ」
こっくりとコウくんが頷いたのが視界の端で分かった。頷く割に、抱きしめる力は全く緩めてくれない。これは相当酔ってるな。
「あー……分かった。このまま移動するからね?足元気をつけて?転ばないでね?」
コウくんは頷く代わりに、足先で靴を脱いだ。あのコウくんが……!俺とかはしょっちゅうやるけど、あのコウくんがお行儀の悪い事をするなんて……もしや相当酔ってらっしゃいますね?お酒飲み過ぎると前かがみが辛くなる気持ち、俺も分かるよ……!
何かあったら大変だから、転ばないようにコウくんをしっかりと抱きしめて、後ろ足で床に放置された物をブルドーザーがごとく蹴飛ばしていく。日頃からちゃんと片付けていれば、突然の訪問にも耐えられれるのに。
今更後悔しても遅いので、とりあえず今は安全にコウくんをベットへ連れて行く。結構酔ってるみたいだし、このまま寝てしまっても大丈夫なようにって思っただけだから!下心は一切ないです!業火担への言い訳を叫びつつ、なんとか寝室にたどり着いた。
毛布とブランケットが片隅に丸まって置かれている斬新なベッドメイキングだ。要するに朝起きてそのまま。
くるりと身体の向きを変えて、コウくんの方をベッドサイドに座れるようにした。
「コウくん、座って平気だよ」
抱きついてる状況をどうにかしようと、首に回っている腕を軽く叩いて促してみた。
「……ん」
「えっ、ま、ちょっ」
コウくんは何を思ったのか、抱きついたまま腰を降ろしてしまい、俺は中腰のまま前のめりになってしまう。
「ま、まって、まって!」
ぐらりと身体が傾く感覚がした。流石にバランスが悪くて、滑るように足が浮く。俺たちは抱き合ったまま、ベッドに横になった。
ソファーじゃなくて、ベッドに連れてきたのはナイス判断だと自分を褒め称えたい。だけど、これは少しばかりまずいんじゃなかろうか。
倒れた衝撃で少し拘束が緩んで、コウくんのご尊顔が俺の眼の前にある。お酒でとろとろなのか目尻が下がって、しっとりとした目線が俺を捕まえて離さない。妖しい雰囲気に、ドキドキと心臓が痛いぐらい高鳴って、呼吸が詰まった。
そんな中、ぺたりとコウくんの手が俺の頬に触れた。さわさわと、形を確かめるように撫でてくる。
「こ、コウくん?」
意図が分からない。ただでさえ視界一面のイケメンに胸が苦しいのに、酔っ払ったコウくんはじっと俺を見ながら頬を撫でている。
なぜ?どうして?と混乱している内にコウくんの顔が近づいてきて、柔らかな感触。夜風に触れたせいかちょっとだけ冷たくて、そしてお酒の味がした。
「こ、コウくんっ!」
さすがにまずい。こればかりは全力で張り付くコウくんを引き剥がす。
「だ、ダメだよ!たとえ酔ったとしても、き、きききキッスは、好きな人としかやっちゃダメ!」
もしかしなくてもこれは夢か?疲れて帰ってきた俺の欲望が見せた幻覚?あ、あのコウくんにキス……された?どうしよう、全く頭が動いてない。
俺の動揺なんて知ったこっちゃないコウくんは、きょとんとして首をかしげている。どうして“ダメ”って言われたのか理解してない顔だ。
「コウくん……」
きっと酔いが醒めて傷つくのはコウくんだ。どうやって、分かってもらうか考えあぐねていたら、再びコウくんの腕が伸びてくる。とっさに口元をガードするように手を当てれば、コウくんは少し悲しそうに眉尻を下げて微笑んだ。
「俺は、そらが好きだ」
「えっ……、ええっ!?」
耳に飛び込んできた、予想外のセリフ。シラフのコウくんでも、さらっと言ってきそうだけど、今はキスされた直後。混乱の極みみたいな脳みそは、言葉の意味を上手く処理できないで、“好きだ”の三文字が延々と反響していた。
ちゅっと、俺の口元を隠している手の甲に音を立てて唇が落ちる。そのまま、はむはむとはまれれば堪らない。
「こ、コウくん……」
「俺はそらが好きだ。好きな人に、キスをしてはだめなのか?」
「い、いや……」
「そらは、キスは、嫌いか?」
嫌い、じゃない。むしろお相手はあのコウくんで、同性だとしてもあまりにも魅力的で俺はずっと前から惹かれていた。その感情に名前はなかったけど、キスをされて……好きだと言われて名前が分かったような気がした。
そんなの、嫌なわけない。
僅かに漂ってくるアルコールの匂い。俺の手を挟んだ超至近距離。じっとりと見つめてくる青い瞳に、くらくらとした。まるで俺まで酔ってしまったようで、ふわふわと思考がおぼつかない。
「嫌いじゃ、ないよ」
こつりと、おでこが触れた。ああ、酔っている。俺も、この空間に酔ってる。
手の甲に触れてる唇が動いたのが分かった。
「じゃあ」
「でも!……俺は嫌じゃないよ?でも、でもさ、コウくんは酔ってるから……きっと朝には」
「嫌じゃない」
酔ってるとは思えない、ハッキリとしたその言葉にどきりとした。全て見透かされているようで、その瞬間だけとろりとしてた視線がしっかりと俺を射抜いた。
「俺はそらが大好きで、この気持ちを伝えたいといつも思っていた」
「……いつも?」
俺の疑問にコウくんは照れたように笑うと、小さく首を縦に振った。
いつもって事は、今だけじゃなくてシラフの時も……俺のこと、好きって意味、だよね?顔が熱くなる。
「ホントに?」
「ああ、大好きだ」
迷いのない回答。ああ、どうしよう。声が震える。
「お、俺も、すき……だよ」
精一杯の絞り出した声。ずっと秘めてた気持ちを、こんな形で吐き出すなんて、思いもしなかった。
コウくんの瞳の奥が揺れる。瞬間、息を呑む音が聞こえて、ぎゅっと抱きしめる腕に力が入った。向けられた視線から、コウくんの嬉しさが溢れ出てきて、俺まで嬉しい気持ちになってしまった。少なくとも、今、俺たちは気持ちが通じ合っている。
「そら、手をどけて」
コウくんの余裕のない声がかすれて届いた。

1

「志季、わざとだろ」
柊羽が湯呑を傾けながら言った。柊羽もそろそろ締めに入ったのだろう。暖かいお茶を啜っている。
空を除いた、リーダーズ三人で開始された飲み会も、一人減って気付けばサシ飲みになっていた。
「なんの事だ?俺は無理に飲ませるような事はしない」
「分かってるくせによく言う。わざと昂輝だけ呼んだだろ」
「空は仕事だった」
柊羽は俺の返しに、クスクスと笑うだけだった。全部分かってると言いたげな表情が妙に腹立たしいが、共犯が増えたと考えればこれほど愉快な事はない。
「お前も、頃合いを見計らって空の話題を出しただろう」
「なんの事だ?俺はそろそろ空が帰ってくる時間じゃないかと思って言っただけだ」
昔はあんなに純朴だったのに、こんなに悪賢くなってしまって……芸能界とは怖いところだ。
俺は別に画策してた訳じゃない。貯まるタスクと真っ白な液晶にそろそろ嫌気がさしてきて、息抜きするかと思った時に、たまたま暇そうにしてた柊羽と会い、どうせならとALIVEリダズの予定を確認したらこちらも、たまーたま予定の空いてた昂輝を誘ったという偶然の産物だ。
昂輝はいい子だから俺の突然の誘いにも快諾してくれて、ちょっと奇妙なメンバーでの飲み会となった。
そこまでは良い。くだけたリダズ会のようなものだったし。爺臭いと言われるかもしれないが、素直で純粋な若い成分を摂取出来るのもいい。疲れた心がリフレッシュする。
ただ、空が不在だというのがやはり問題だったようだ。
アルコールが入って、いつも以上に素直になった昂輝が、空の不在を気にし始めた。まぁ、端的にいえば寂しがっていた。実際に直接的な表現はしてなかったが、もう雰囲気で分かる。丸分かりだ。空の方が言わずもがな、空は空で分かりやすい。昂輝と一緒の時の空は、いつだって嬉しそうで、昂輝を見つめる視線には友愛以上の感情が込められているのが傍から見ていて分かる。本人に自覚があるのかまでは、あずかり知らぬところではあるが。
本当にこいつら付き合ってないのか?という疑問は酒で流し込み、 俺はひらめいた。
そうだ、もういっその事くっつけてしまえばいい。と。
そして、あわよくばひやかしたい。俺の心の栄養のため、ピュアなラブも定期摂取したい!と、いうのが本音だ。
いつものもだもだ感をずっと見守っていたい親心のようなものもあったが、一向に進まない進捗から絶賛現実逃避中の俺は、心の栄養を切に欲していた。
革命的なヒラメキを見せた俺は、当時持ってるグラスの中身を空にして新しい酒を作りながら、そのまま昂輝に話題を振ったんだ。
「そういえば、最近の空はどうなんだ?」
「空?」
「ああ、俺はそう良く空と会う訳でもないしな。むしろ、空のいない今の方がいい話が聞けるんじゃないかと思って」
お酒で少しだけ判断能力の鈍った昂輝は、一瞬きょとんとしていたが、意味を理解した瞬間ふわっと瞳を輝かせた。
俺の目論見としては、無自覚に空を愛し過ぎている昂輝に、少しでも“空の事が好き”なんだと、自覚を持ってもらおうと思っただけだ。その為のきっかけになる会話作りになればいいと。
その……なんだ。端的に言えば、凄かった。愛を注ぐことに一切の躊躇いが無い人間の愛情表現は聞いてる側も圧死させられそうになる。
この場に空がいなくて良かったかもしれない。色々な意味で。
「あれは凄かったな」
「笑い事じゃないぞ。お前も似たようなところあるからな」
柊羽はからからと笑いながら言うが、俺は正直驚いた。普段は人一倍喋る空がいるから、あまり目立ってこそいなかったが、昂輝も好きなものに対する感情はとても大きく重い。あんなに喋るとは思わなかった。
「さすが、路上で人を拾う奴は格が違う」
「ナンパも大して変わらんと思うんだが」
未成年を連れ去った男が何を言う。視線だけで文句を伝えてもどこ吹く風だ。
ちなみに最終的に昂輝を焚きつけたのは柊羽だ。俺が散々空の話をさせ恋しい気持ちにし、極めつけの「空がそろそろ帰ってくるんじゃないか」発言ときた。我慢できなかった昂輝が空に連絡して今に至る。
俺がグラスを煽ったとき、向かいにいた柊羽が神妙な表情でカップを机に置いた。
「ん、どうした?」
「……いや、きっとそんなことはないだろうが、もし……万が一、俺たちが焚きつけたせいで二人の仲が悪くなったらと思って」
「まさか!」
突然神妙な顔をし出すから少し不安になってしまったが、なんてことはない。
「そもそもお互い好きじゃなかったら、例え酔ったとしてもキスなんかしないだろう」
あの二人がキスするところは、毎年恒例になっているから二人の愛情に関しては柊羽も分かるはずだ。そも、呑めなくても宴の席には呼ばれてしまうのが芸能界というもので、さすがの柊羽でも酔っぱらいを見る機会ぐらいあるはずだ。普通、酔ってキスする人は中々いない。
お互いにキスをしてもいいと……キスをしたいと思う好意がないと出来ないだろう。
柊羽はじっと俺を見て、息つくように微笑んだ。
「それもそうか」
些細な疑問も即解消。そう、悩むような問題でもなかった。
そろそろグラスも空になってきて、つまみもほとんど無くなった。テーブルの上もだいぶ片付いている。
「……さて、一つ問題が残ったな」
「ああ、そうだな……」
お互いずっと目をそらし続けていたが、そろそろお開きという空気になるとどうしても触れざる負えない。
俺も柊羽もじっと一点に視線を向けた。そこは昂輝が座っていた場所で、空になったグラスとその隣には主を失ったスマホが綺麗に置かれている。
「悪いんだが柊羽、コレを」
「断る」
却下が早くないか?
「昂輝が忘れるようなきっかけを作ったのは柊羽だろう?」
「だが、忘れるほど呑ませたのはお前だ。志季」
お互い一歩も引けない。いや、引きたくない。たかがスマホ一つ忘れたぐらいだ。普通に渡しに行けばいいと思うだろう?空が帰ってきたと知った昂輝は、おそらく真っ先に空の部屋に向かったはずだ。せっかく二人きりになれたところに、手引きした俺たちが水を差すなんて以ての外だ。
スマホを忘れたことに気づいた昂輝が取りに来るまで待っていてもいいが、昂輝は相当酔っていた。きっと意識を取り戻すのは遅くて、それよりも先に昂輝の不在に心配になったメンバーが電話をかけてくるまでがワンセットだ。
「もし、涼太から電話が来たら、俺はなんて言い訳すればいいんだ」
「そこは……ほら、年長者として」
くそぅ、みんなジャスサーを便利に扱いおって。涼太はいい子だから、俺が出たとしても直接的に苦情は言ってこないだろうが、問題はピンク会だ。ピンクネットワークで後から事情を知った里津花に叱られるに決まっている。……まぁ、確かに先輩として図るべき配慮を放棄したことは認めるしかないが。
「……致し方ない。ここはリダズ飲みとして、同じ席にいた柊羽も連帯責任、ということにしておこう」
「おい」
「リーダーだろ?楽しくなってしまった俺を止めなかった柊羽も同罪だ」
「開き直るな」
柊羽もなんだかんだと口では文句ばかりだが、表情はゆるい。ゆるゆるだ。
「まぁ、コイツは俺が預かっておく。奇跡的に、先に取りに戻ってくるかも知れないしな」
次にやって来る昂輝はどんな表情かおをしているだろうか。それもそれで、楽しみだ。

2

鳥の鳴き声で目覚めた。最近は暖かくなってきて、ベランダに並ぶ小鳥が朝から賑やかだ。
そろそろ起きないとと思いながら、頭の中ではスケジュール帳を開いていて、今日はお休みだった事を思い出す。
「ん……も少し寝よ」
何だかとても、いい夢を見た気もする。もう一度寝ようと、ベッドのなかで身じろいで、ぎゅっと抱き枕替わりの特大イヌクッションを抱きしめた。普段よりすこし細くて硬いイヌは、抱きしめた俺のことを抱きしめ返してきて、仄かに感じる良い匂いが更に眠気を誘ってくる。
「…………ん?」
抱きしめ返してきた?
恐る恐る薄くまぶたを開くと、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいて、空中でホコリが反射してキラキラと輝いている。それ以上に朝日に照らされてキラキラと輝いている人が目の前にいた。
白い肌も透けるような金髪も全てが白く輝いていて、丁度俺の目の前にある唇は、ふっくらとほんのり桜色に染まっている。
「え、なん……え?」
驚きとかそういうものを全部すっ飛ばして、困惑が先に来た。二度寝しようとしていた眠気もどこかへすっ飛んでいく。
当のコウくんは気持ち良さそうに俺を抱いたまま、すやすやと規則正しい寝息を立てていた。上下に揺れる肩に誘われるように、昨夜の出来事が徐々に輪郭をもっていく。ドクドクと心臓が痛くなって、呼吸が難しくなってきた。
俺は、コウくんとキスを、した。自分の意思で。
昨日のコウくんは酔っていて、俺も勢いにのまれてて……。
「コウくん」
恐る恐るコウくんの頬に、指先を伸ばす。もしかしたらこれは、寝ぼけた俺の悪い夢かもしれない。
そう思いながら伸ばした指先は、あまりにもあっけなくコウくんの頬に触れた。
柔らかな頬に小さく影が落ちる。さらりと滑らせれば、指先は桜色の唇に軽く触れた。昨夜、そこに同じものを重ね合わせていたのだと思うと胸が痛いぐらいドキドキして、ぎゅっと苦しくなった。
コウくんに早く起きて欲しい。昨夜のアレは夢じゃないと、その言葉で教えてほしい。
「コウくん、起きて」
起きて欲しいと思いながらも、俺から出てくる言葉は似つかわしくないささやかなもので、起きて欲しくないのがバレバレだ。
酔った勢いで思ってもない事を言ってただけだったら?本当は俺のことなんか好きじゃなくて、キスも……ただの事故だったりしたら?
どっちにしたって、胸が痛い。答えを知りたくなくて逃げ出したいのに、しっかりと抱かれているから逃げられない。きっと、このままでも、俺の心臓の音で起きちゃいそうだ。
もう一度名前を呼ぶ。
さっきよりも、確かな声で音に乗せれば、ふるりとその長いまつげが震えた。青い瞳が隙間から覗いてきて、はっと息を呑む。
焦点の合わないそれは、しばらく空中を彷徨っていたけれど、何度かの瞬きの間に像を結んできたようだ。
「…………そら?」
「お、おはよう、ゴザイマス……ぐ、具合とか、悪くない?」
「?あ、ああ……大丈夫だ」
喉の奥が乾いて張り付いてしまったみたいに上手くじゃべれない。ぱくぱくと口を動かして、なんとか声にする。
「あの、さ……昨日の夜のコト」
覚えてる?って、聞く前にコウくんの顔が真っ赤に染まった。俺がびっくりするぐらい赤色になって、大きく瞳を震わせた。
「あの、その、酒に酔っていたとはいえ、俺は空に……」
しどろもどろになって、その先が出てこない。こんなに混乱してるコウくんは初めて見たかもしれない。それがちょっと面白くて、俺はコウくんの腕の中に飛び込んだ。
「そ、空っ」
更に慌ててる声が頭上を飛んでいくのにも関わらず、ぎゅっと抱きしめてコウくんの胸に顔を埋めた。トクトクと早鐘の音が聴こえて、胸の中で密かに笑う。このリズムは俺だけが知ってるのかと思うと、ちょっとした優越感。
しばらく黙って抱きしめていれば、ぽふりと頭に手のひらが降ってきた。さらさらと、手櫛でとぐように撫でてくる。コウくんはどうやら、悩んだ末に俺の頭を撫でることにしたみたいだ。ぎこちないその動きが愛おしくて、どうにも頬がゆるくなってしまう。
それでも相変わらず鼓動は早めで、きっと俺も似たような速度だ。
「好きだ、空」
どれぐらい抱き合っていたんだろう。時間感覚が曖昧で、ふわふわと夢うつつの中、その言葉はしっかりと俺の耳に届いた。
「どうしようもなく、好きなんだ」
繰り返されたそれは、お酒の力で出てきたものじゃない。きっかけこそ、それだとしてもこれはコウくんの言葉だ。
「急に、伝えたくなって……それで押しかけて、あんな事を……その、」
「謝らないで」
はっと息を飲む声が聞こえた。思ったよりも強い口調になっちゃって、慌てて次の言葉を紡いだ。
「俺、嬉しかったから、さ」
困惑もあったけど、めいっぱいの好意を向けられて嬉しくないわけがない。それが、好きな人だったらなおさらだ。
「空、顔を上げて」
頭を撫でていた手が頬に触れた。
「もう一度、顔を見て言いたい」
「ずるいや、そんなの……今の俺、すっごい変な顔してる自信ある」
だから、コウくんの視線から逃げるように胸に飛び込んだんだ。嬉しくて笑顔がこらえられないのに、同時に気持ちがいっぱいいっぱいで、色々溢れてきて泣きそうになってる。きっとソウが今の顔を見たら指差して笑うやつだ。
「ふふ、きっと俺も似たような顔をしている」
「ホント?」
「ああ、本当だ」
俺の頬に伸びた手のひらに誘われるように、身体を離して顔を上げた。
嘘じゃん。超かっこいい。はにかんだような笑顔が珍しくて、うっかり見とれてしまった。コウくんはどんな時でもかっこいいからずるい。こうして、何も考えられなくなってしまう。
そんな中、コウくんの唇がスローモーションのように動きだす。
「空、」
周りの音が聞こえないぐらい心臓が高鳴っているのに、何度目かの告白はとてもクリアに聴こえた。
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