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◆短編

「ねぇねぇコウ、これ見てみてよ」
呼ばれた声に、ふと顔を上げて見てみれば、飲みかけのペットボトルを片手に剣介が雑誌を俺に向けて差し出してきた。
「地元紙?」
剣介が差し出してきた雑誌は、控え室に備えられてた雑誌の束から持ってきたモノのようで、ここを使った人が読んだのか少しだけくったりしている。都内エリアの紹介をメインにしている雑誌で、隠れた名店やその土地のイベント情報を載せている。
「うん。それの、ここ」
剣介が指さしたのは、そのイベント広告欄の一部だった。時期なだけに、地元の夏祭りやビアガーデン、納涼祭、風鈴市なんかのイベント予定がマス目状に並んでいる。そんな中、剣介の指を辿る。
「花火?」
「うん、ここの花火なら寮から近いし、もしかしたら屋上から見えんじゃないかなって」
小さな文字で書かれた詳細に目をやれば、確かに剣介の言うとおり寮からさほど離れていない場所で行われるらしい。開催日も一週間程先で、まだ開催されてない。ただ、
「この日は収録がなかったか?」
「開始が20時から21時までだから、何にも問題が起きなくて、真っ直ぐ帰って来れば間に合うと思うんだ」
確かに剣介はこういうイベント事は好きだったと思うが、こんなにも主張してくるのは珍しい。ふと同じ控え室にいる涼太と衛に視線を送ったが、特に反対といったような様子は無く、衛に至ってはニコニコと花火を楽しみにしているような節さえ見えた。
「たまには良いかもな」
そう言えば、剣介は分かりやすく喜んだ。俺も特に否定する理由もなかったし、何よりそういうイベントがかなり久々だった。正直なところ、俺も楽しみだったんだと思う。
「時間に余裕があれば何か持って行って、皆で観ようか」
確か屋上にはベンチがあった気がするし、飲み物と軽く摘まめるものでもと思った時だ。
「あ、俺たちは自室で見るから、気にしなくて大丈夫!」
他ならぬ花火に誘ってきた剣介からのお断りに、正直かなり驚いた。
「ぷ、はっはは!悪い悪い」
「ケン、コウを困らせたら俺が怒るよ」
「申し訳ございませんでしたっ」
どうやら俺の困惑は顔に出ていたらしい。剣介が吹き出すように笑って、すぐさまそれを咎める涼太の声が飛び、俺は素早い謝罪を受け取った。
「そんなことよりも、一体どういう……」
「俺たちよりも、こういうのが大好きな人、コウのすっごく身近にいるんじゃない?」
クイズ番組でヒントを出すように、どこか楽しそうに剣介は指を立てて声にした。謎かけめいてはいるが、そう考えなくともすぐに答えは出た。
「空、か?」
「大正解!」
にこにこと、両手を広げて剣介は叫んだ。
俺はSOARAのリーダー、大原空と付き合っている。その事をメンバー三人は知っていて、そもそも付き合うきっかけになったのは、この三人に背を押されるようにして告白したのが原因だ。俺自身、当時は自分の気持ちに気づいてなかった節があったし、結果的に俺と空は良好な関係を築けている。みんなの後押しがなければ、付き合うことも無かっただろうから、感謝し足りないほどだ。
「折角なんだから、誘ってみなよ。コウから誘われたってなったら、空もすっげぇ喜ぶと思うし」
「そう、だろうか……」
「最近はお互い忙しくて、まともに会えてないんでしょ?この日ぐらいは良いんじゃない?」
突然誘って迷惑じゃないだろうかと言い淀む俺に、助け舟を出したのは涼太だった。
「……だが、空の方に予定があるかもしれない」
「衛」
「はい!俺のリサーチによりますと、空くんはその日朝から15時までお仕事で、その後は予定がないそうです!」
「どうして、そんな事を」
「ふふん、さりげなーくモリくんに問い合わせました!」
全員で仕込んでいたとしか思えない根回しの良さだ。呆気に取られて言葉もでない。
そんな俺を見て三人はイタズラが成功したように微笑んだ。
「さぁさぁ、早く空を誘いなって!きっと喜ぶよ!」
「……ああ、分かった」
剣介の奇妙な催促に、自然と笑みがこぼれる。携帯を取り出して、空に向けて文章を考えようとした時、ふと思って顔を上げる。
「みんな、ありがとう」
正直、みんながここまで気にかけてくれているとは思っていなかったから、本当に嬉しかった。その気持ちを込めて言えば、何故か困ったように笑われた。



時計を見上げる。何度も繰り返しても時刻は一定のスピードで刻まれていく。時が止まったりすることなんてない。そんな事は分かっているのに、止まれと願っては文字盤を睨みつけた。
「……コウ、そろそろ連絡した方が良いかもしれない」
「あ、ああ……」
涼太に言われて初めてはっと息を吐いた。肺に溜まっていた空気が逃げていく。知らずの内にぐっと歯を食いしばっていたらしい。少しだけ、顎が痛い。
教えてくれた涼太は、申し訳なさそうに視線を手元に戻した。手元の雑誌はただ開いているだけのようで、ページが進んだ形跡はない。
再び時計を見てから、俺は空とのメッセージを開いた。
『すまない。花火の開催時間に間に合わない』
直ぐに既読がついた。
『そっか、俺のことは全然気にしなくて大丈夫!お仕事頑張ってね!』
『やってる内に戻れたら、連絡する』
既読がついたのを見届けて、アプリを落とす。軽く携帯が震えたが、返事を見るのはやるせなかった。
今日は約束していた花火大会の日だ。
当初の予定通り、撮影は順調に進んでいた。この様子なら予定よりも早く帰れるかもしれない。そう、みんなが感じていた時だった。ディレクターさんが駆け寄ってきて、一言。
「すいません、機材の調子が悪いみたいで……」
機材トラブルだった。その場で調整しても良くならなかった様で、しばらく俺たちは控え室で休憩となった。
まさか恋人と花火を観たいから、早く帰して欲しいなんて言える訳もなく、無為に時間を潰していた。
「コウ……あの、ごめん」
声のする方に顔を向ければ、剣介が頭を下げていた。
「やめてくれ、ケンが謝る事じゃない」
「でも、俺が……何もなければ間に合う、なんて言って誘ったから……」
「事実、その通りじゃないか」
本当に、予定通りに事が進めば何も問題はなかった。今頃は着替えて寮に向かって歩いてるはずで、時間的にも余裕すらある。
「でも、結果は機材トラブルだ……」
「それも想定に入れていたら、予定なんて組めない。そうだろ?」
「そう……だけどさ……」
伏し目がちに肩を落としてる剣介を見て、まるで俺よりも落ち込んでいるみたいだ。そんなに気に病む必要はないと剣介に告げれば、びっくりしたように目を丸くして顔を上げた。
「だってコウ、めちゃくちゃ楽しみにしてたじゃん」
「え?」
「もしかして、自覚なかったの?」
衛が横から聞いてきた。俺はそんな驚かれるぐらい楽しみにしてたのか?確かに、空と一緒に見る花火は楽しみだったが、そんな表に出してた自覚がない。
「傍から見ても分かるくらいそわそわしてて、今日を楽しみにしてたんだなって、すぐ分かったよ。だから俺、無茶な計画立ててごめんって……もっと、早めに見つけて、余裕もって計画すれば良かった」
「だとしても、だ。こればかりはどうしようもないんだ。ケンは何も悪くない。空も分かってくれる。どうか気に病まないでくれ」
本当にどうしようもないんだ。剣介は何か言いたそうにしていたが、再び小さく謝って元いた場所に戻って行った。
結局、その日のうちに再開は出来ないと判断で、そのまま解散になった。
着替えも手早く済ませて、挨拶も早々にタクシーに飛び乗った。時刻は既に21時を回っていて、既に花火大会は終わっている時間だった。
何もかもが終わっているのに、俺の心は焦燥感に炙られて何度も時間を確認しては、赤信号に苛立ちを覚えていた。
寮についてからは正直よく覚えていない。気がついたらSOARA寮の目の前で、インターホンを押していた。ピンポーンと軽い音がして、すぐに扉が開く。
扉の向こうには、待ち望んでいた空の姿ではなくて、ラフな格好をした宗司が顔を出した。宗司も俺の登場に少しだけ驚いた様子で、目を見開くと何かを察した様子で小さくため息を漏らした。
「あ、あの、そらは」
「空はここにはいねぇよ」
聞く前に答えを返される。花火大会もとっくに終わっている時間なのに部屋にいない。考えられるのは一つだ。
「あー……なんだ。疲れてるとこ悪いんだか、きっと空のやつまだ……」
「ああ、すまない邪魔をした」
わざわざ出てくれた宗司に申し訳ないと思いつつ、足早にSOARA寮を後にした。
空と一緒に観る予定だった花火大会は終わってしまったけど、俺は屋上へ足を運ぶ。メッセージの通り、空がまだ“待っている”のだとしたら、空はきっとここに。
階段を駆け上がって重たい扉を開ければ、吹き出した汗を冷たい夜風が拭っていく。
探すまでもなく空は扉のすぐ向こう、俺が来たらすぐわかる場所で素直に座って待っていた。空はいつもの私服ではなくて、藍色の浴衣を着ていてその裾から覗く足先で揃いの下駄をかたかたといじくりながら、何も咲いていない夜空を見上げている。
その格好からして、空も今日の花火をとても楽しみにしてくれていたのは明白で、遅れてしまった罪悪感が酷く胸を締め付けた。
空はそのとても良い耳でドアの開閉音に気づいたみたいで、ちらりと俺の姿を認めると、花が咲いたように笑顔を見せてくれた。
「あっ、コウくんお疲れさま!」
「空、遅くなってすまなかった」
駆け寄れば空も勢いよく走ってきて、思わず腕を広げればそこそこの衝撃とともに、空の小さな体が腕の中に収まった。触れた空の身体はひんやりと冷たくて、夏とはいえ冷たい夜風に晒されていた時間を物語っている。
「本当にすまない。かなり待たせてしまっただろう?部屋で待っててくれて良かったのに……」
「ううん。俺は全然平気だよ?ちょっと準備してたし」
「準備?」
「うん!」
寒空の下にずっといたとは思えない元気の良さで空は俺の腕から飛び出した。そんな空は座っていた椅子の近くからバケツを引っ張り出して、俺の足元に置いた。次に空が持ってきたビニール袋の中には、
「花火?」
「そう!おっきいのは見れなかったけど、折角だから一緒に、どうかなって」
考える間もなく空を再び腕の中に閉じ込めていた。こんなに優しい子に好かれているなんて、俺は本当に幸せ者だ。突然抱きしめたせいか、びっくりして照れる空からの悲鳴を聞きつつ、もう少しだけと遅刻の上に我が儘まで重ねてしまう。それでも俺はおずおずと背中に回された手のひらの暖かさを手放したくなかった。

二人きりのささやかな花火大会を満喫した最後に、空が取り出したのは線香花火だった。空曰く、花火のシメは線香花火なんだそうだ。
「先に落としたほうが負けだからね!」
「ああ、分かった」
線香花火のルールを教えてもらい、二人同時にこよりの先をロウソクの火の中に差し込んだ。
ゆらゆらと揺らめく灯火から、ぱちぱちと小さく爆ぜるように火花が上がって、じっとそれを見つめる。辺りを淡く橙に染めながら、静かに燃えていくその様は他の手持ち花火とは大分変わっている。息を潜めるように視線を釘付けにするそれは、燃えているにも関わらず派手に激しく火花を散らした先程までの熱を冷ますようで、空がシメだと称したのも頷ける。
手元の線香花火の先端がまるく雫型になって、そろそろだろうという時だ。視界が真っ暗になった。
全神経を手元に注いでいたせいか、突然暗くなった視界に理解が追いつかない。いや、完全に真っ暗ではなくて、依然、視界の端ではロウソクの橙が揺らめいていて、目元が覆われた訳ではない。眼前の至近距離。ぼやけるほどの距離に空が近づいて来たんだと気づいた時には、唇に柔らかな感触がした。
外気のせいか少しだけ冷たくて、でもとても柔らかなそれは、音も立てずに離れて行く。
「へへへ、びっくりした?」
そう笑う空の頬は、ロウソクの灯りだけとは思えないぐらい赤くて、空にキスをされたんだとようやく脳みそが現状を理解した。
「あ、落ちちゃったね」
手元を見れば二人共火の玉は落ちてしまっていて、先の焦げたこよりだけが手元に残っている。
「どっちが先に落ちたのか、見てなかったや」
残念そうに声を上げる空だけど、先に落ちたのがどちらかなんて、そんな事はもう、どうでもいい。
「空」
名前を呼べば空の視線がゆっくりとこちらを向いて、俺を見つめる瞳の奥で揺らめいていた感情を、飲み込むように口づけた。
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