◆短編
くるくると、目の前で藍が回る。それは落ちてくる雨粒を弾きながら緩やかな回転を続けていて、流れていく鮮やかな人混みの中でそれは一際俺の目を惹いた。
梅雨明け後の予期しない雨。灰色の雲からもたらされる恵みの雨は、予定外の雨に足止めをされてしまった人々を後目に、しとしとと街並みを濡らしていく。梅雨前線は東の海上へ抜けたのに、取り残された雨雲が頭上に広がっていた。
事務所のエントランスから覗く路上は、灰色の空とは打って変わって、色とりどりな傘の花が川のように流れている。
「嘘つき」
ふと、横から声が上がる。俺の事かと思って、どくりと心臓が跳ねた。無邪気な声音は鋭い刃となって俺の心を刺す。
「天気予報、晴れるって言ってたのにね」
隣を見れば眉根を寄せて、ふっくらと頬を膨らます空が俺と並んで頭上を見上げている。
その曇天を見上げるチョコレートの瞳が、すっと動いて俺を収めた。瞳に映る俺の表情は相も変わらずポーカーフェイスで、嘘つきと呼ばれたと勘違いした動揺はおくびにも出ていない様子に心の底でほっとする。
「ああ、そうだな」
同意を求めるような視線に小さく頷けば、空はどこか満足したように笑顔を見せた。
「昂くんは傘もってきた?」
「いや、持ってない」
「だよねぇ」
ふにゃりと笑って俺の言葉に同意してくれた空を見て、胸がちくりと痛む。小さく針で刺すような痛み。
俺は空に嘘をついた。実は鞄の中に折りたたみ傘が入っている。
梅雨が明けたとはいえ、雨雲がなくなった訳じゃない。これから季節は夏に向かって行く訳で、いつ雨が降っても大丈夫なように備えている。
だけど俺は、持っていないと好きな人に嘘をついた。嘘つきだと罵られるべきは天気予報ではなくて俺だ。
慣れない嘘をついてまで、俺は空の次の言葉を待つ。事務所の向かいには良く打ち合わせにも使われる喫茶店があって……
「ねぇねぇ、昂くん。雨がやむまで前の喫茶店でお茶しない?」
空の指が真向かいの喫茶店を指差した。
どきどきと胸が高ぶる。予定外の雨は嫌いじゃない。この後に予定のない日は、特に。
「ああ、お茶にしようか」
空と一緒に長くいたいから、俺は嘘をついた。お天道様の隠れている、今の間だけ。
★
「嘘つき」
これは予告。俺はこれから嘘をつく。
「天気予報、晴れるって言ってたのにね」
これが嘘だ。そんなこと、天気予報では一言も言ってなかった。本当の内容は、曇りのち晴れで、ところによってはにわか雨が降るでしょうって、朝のお天気お姉さんは言ってた。
なんでこんな嘘をついたのかって?これは賭けなんだ。昂くんが俺と同じ天気予報を見てなくて、且つ傘を持ってきてないって、分の悪い賭け。
この賭けが成功したら、俺は密かに思いを寄せてる昂くんをお茶に誘うと決めている。もし、賭けに負けても優しい昂くんだから寮まで相合傘してくれる事も見越してる。
ぽつぽつと降り続ける雨に、気温の高いこの時期。湿気はMAXのはずなのに、俺の喉は嘘が見破られないかハラハラしてカラカラに乾いている。
ちらりと隣に立つ昂くんを見れば、昂くんも俺の方を見ていて視線がぶつかった。雨で静かな空間で、俺のどきどきが伝わってしまうんじゃないかと不安になったけれど、昂くんはぱちぱちと何度か瞬いた後、スッと視線を雨空に向けた。
「ああ、そうだな」
ぽつりと呟かれたそれに、ほっと胸をなでおろす。どうやら、第一の賭けには勝ったみたいだ。
そして、第二の賭け。こっちの方が一番勝率が低い。昂くんはモリや廉と一緒でしっかり者だし、不測の備えとかちゃんとしてるタイプだと思う。特に、今日みたいな朝から曇りで次第に晴れるよって、曖昧な天気の時は尚更だ。
俺は半ば諦めながら、一応聞いてみることにした。
「昂くんは傘もってきた?」
「いや、持ってない」
びっくりして二度見しかけた。慌てて笑顔を繕って、誤魔化すように同意する。
「だよねぇ」
まさかあの昂くんが傘をもってきてないなんて!どうしよう。不審じゃなかっただろうか。そんな俺の心配を他所に、昂くんはふわりと微笑んでくれて、本当に奇跡さまさまだ。
俺は賭けに勝ちまくった。後は、昂くんがこの後用事とかあってタクシーで帰るとか言い出さなければ良い。そう願いながら、事務所の真向かいにある喫茶店を指差す。たまに、打ち合わせとかにも使ってる、ツキプロ御用達の喫茶店。
「ねぇねぇ、昂くん。雨がやむまで前の喫茶店でお茶しない?」
声、震えてなかったかな?なんだか、ナンパみたいだ。
雨音と、心音と。想像以上に騒がしい耳を澄まして、じっと昂くんの返事を待つ。昂くんもナンパみたいな誘い文句が面白かったのか、くすくすと小さく笑ってそれから……
「ああ、お茶にしようか」
こういう雨の日は、嫌いじゃない。
これは、ホント。
梅雨明け後の予期しない雨。灰色の雲からもたらされる恵みの雨は、予定外の雨に足止めをされてしまった人々を後目に、しとしとと街並みを濡らしていく。梅雨前線は東の海上へ抜けたのに、取り残された雨雲が頭上に広がっていた。
事務所のエントランスから覗く路上は、灰色の空とは打って変わって、色とりどりな傘の花が川のように流れている。
「嘘つき」
ふと、横から声が上がる。俺の事かと思って、どくりと心臓が跳ねた。無邪気な声音は鋭い刃となって俺の心を刺す。
「天気予報、晴れるって言ってたのにね」
隣を見れば眉根を寄せて、ふっくらと頬を膨らます空が俺と並んで頭上を見上げている。
その曇天を見上げるチョコレートの瞳が、すっと動いて俺を収めた。瞳に映る俺の表情は相も変わらずポーカーフェイスで、嘘つきと呼ばれたと勘違いした動揺はおくびにも出ていない様子に心の底でほっとする。
「ああ、そうだな」
同意を求めるような視線に小さく頷けば、空はどこか満足したように笑顔を見せた。
「昂くんは傘もってきた?」
「いや、持ってない」
「だよねぇ」
ふにゃりと笑って俺の言葉に同意してくれた空を見て、胸がちくりと痛む。小さく針で刺すような痛み。
俺は空に嘘をついた。実は鞄の中に折りたたみ傘が入っている。
梅雨が明けたとはいえ、雨雲がなくなった訳じゃない。これから季節は夏に向かって行く訳で、いつ雨が降っても大丈夫なように備えている。
だけど俺は、持っていないと好きな人に嘘をついた。嘘つきだと罵られるべきは天気予報ではなくて俺だ。
慣れない嘘をついてまで、俺は空の次の言葉を待つ。事務所の向かいには良く打ち合わせにも使われる喫茶店があって……
「ねぇねぇ、昂くん。雨がやむまで前の喫茶店でお茶しない?」
空の指が真向かいの喫茶店を指差した。
どきどきと胸が高ぶる。予定外の雨は嫌いじゃない。この後に予定のない日は、特に。
「ああ、お茶にしようか」
空と一緒に長くいたいから、俺は嘘をついた。お天道様の隠れている、今の間だけ。
★
「嘘つき」
これは予告。俺はこれから嘘をつく。
「天気予報、晴れるって言ってたのにね」
これが嘘だ。そんなこと、天気予報では一言も言ってなかった。本当の内容は、曇りのち晴れで、ところによってはにわか雨が降るでしょうって、朝のお天気お姉さんは言ってた。
なんでこんな嘘をついたのかって?これは賭けなんだ。昂くんが俺と同じ天気予報を見てなくて、且つ傘を持ってきてないって、分の悪い賭け。
この賭けが成功したら、俺は密かに思いを寄せてる昂くんをお茶に誘うと決めている。もし、賭けに負けても優しい昂くんだから寮まで相合傘してくれる事も見越してる。
ぽつぽつと降り続ける雨に、気温の高いこの時期。湿気はMAXのはずなのに、俺の喉は嘘が見破られないかハラハラしてカラカラに乾いている。
ちらりと隣に立つ昂くんを見れば、昂くんも俺の方を見ていて視線がぶつかった。雨で静かな空間で、俺のどきどきが伝わってしまうんじゃないかと不安になったけれど、昂くんはぱちぱちと何度か瞬いた後、スッと視線を雨空に向けた。
「ああ、そうだな」
ぽつりと呟かれたそれに、ほっと胸をなでおろす。どうやら、第一の賭けには勝ったみたいだ。
そして、第二の賭け。こっちの方が一番勝率が低い。昂くんはモリや廉と一緒でしっかり者だし、不測の備えとかちゃんとしてるタイプだと思う。特に、今日みたいな朝から曇りで次第に晴れるよって、曖昧な天気の時は尚更だ。
俺は半ば諦めながら、一応聞いてみることにした。
「昂くんは傘もってきた?」
「いや、持ってない」
びっくりして二度見しかけた。慌てて笑顔を繕って、誤魔化すように同意する。
「だよねぇ」
まさかあの昂くんが傘をもってきてないなんて!どうしよう。不審じゃなかっただろうか。そんな俺の心配を他所に、昂くんはふわりと微笑んでくれて、本当に奇跡さまさまだ。
俺は賭けに勝ちまくった。後は、昂くんがこの後用事とかあってタクシーで帰るとか言い出さなければ良い。そう願いながら、事務所の真向かいにある喫茶店を指差す。たまに、打ち合わせとかにも使ってる、ツキプロ御用達の喫茶店。
「ねぇねぇ、昂くん。雨がやむまで前の喫茶店でお茶しない?」
声、震えてなかったかな?なんだか、ナンパみたいだ。
雨音と、心音と。想像以上に騒がしい耳を澄まして、じっと昂くんの返事を待つ。昂くんもナンパみたいな誘い文句が面白かったのか、くすくすと小さく笑ってそれから……
「ああ、お茶にしようか」
こういう雨の日は、嫌いじゃない。
これは、ホント。
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