1.憂慮と交わり
視線を上げる。視線の先にはでっぷりと肥えた男と、その隣には眼鏡の男性。
ふくよかな方は衛の出した紅茶をゆっくりと味わっていて、眼鏡男の方は紅茶に手をつけずにじっと俺を見ていた。視線が合って、俺は再び文字が踊るタブレットに目線を戻す。
ふくよかな彼は研究開発局に勤めている技術少将だ。議会との繋がりもある上に、元第二軍管区にも在籍していた経緯もある、それなりに謎の多い人物。
そしてその隣の男は軍人ではない。少将が連れてきた民間企業の男で、今回はその男による軍備拡大のプレゼンテーションという事らしい。
兵器開発から傭兵派兵、軍備品やらの細々したものまで用意できるという。所謂、戦争屋というところだ。
「衛藤中佐、どうだろうか。悪くない提案だと思うのだが」
俺が読み終えたと察したのか、少将が口を挟む。技術屋らしからぬ柔らかな物腰で、言葉の裏にある真意を隠していく。
「悪くはありません」
「なら……」
「しかし、今回はお断りさせて戴きます」
ここで初めて眼鏡の男の表情が曇った。断られるとは思ってなかったのだろう。正直、舐められていると思ってはいたが、ここまでとは。
「確かに、今回のご提案は素晴らしいものだと思います。新兵器に、それに伴ったスタッフの増員。過不足ない内容だと思います」
「では、却下に至った要因をお聞かせ願おうか?」
少将は動揺する事なく静かに目を細めた。技術屋というよりも、最早営業に近いだろう。
「我ら青龍はようやく現体制に落ち着いてきたところです。先の大戦を経てようやく安定してきた基盤に、再び新たなシステムを導入するのは些か性急過ぎるかと」
ぱたぱたと指が鳴る。少将の太い人差し指が、手の甲を叩く音だ。僅かな物音が響くほど、この部屋は静かだ。
眼鏡の男も、俺も、少将の出方を伺う。軍人というのは、こういう時些か苦しくなる。
ぱたりと、音が止む。
「そうだな、尤もだ」
重い空気を押し広げるように、少将の柔らかい声が広がる。
「すまない。こちらの方も、手間取ってしまってな。もう少し早くこの話を持ってくれば良かったよ」
「いえ、ご希望に添えず申し訳ありません」
「気にすることはないさ」
大きな腹を抱えるように立ち上がる。眼鏡の男もそれに倣って席を立った。俺も立ち上がり、ドア側へと前に出る。近くに待機していた剣介がタイミングよく扉を開いた。ここまでは、想定内。
「衛藤中佐」
去り際、名前を呼ばれた。
「はい」
「評議会も青龍の動向には注視している。行方不明だった青龍の半分も見つかったことだしな。現状、一番注目を集めていると言っても過言じゃない」
「理解しています」
「……中佐、我らは敵ではない。敵ではないからこそ、あえて忠告をしてるのだ」
少将は衣装掛けから軍服の外套を取り、そして眼鏡の男が持っていた荷物を半ば奪うように自分の手に収めた。
「荷物は手分けして持ったほうがいい」
じっと、俺の目を見て少将は言う。何か返事をするべきかと悩んでいれば、ついと重たそうにまぶたを細めた。
「霜月閣下や睦月中将よりも、青龍や朱雀の適合者ならその身で体現していると言うのに、悲しいかな分かっていない者のほうが多い。あの篁准将ですらだ。……いや、篁准将だからだろうな、アレは。……中佐はどうかな?」
少将の姿勢は一貫している。威圧するでもなく、試す訳でもなく、終始穏やかに事を進めていた。だから、その言葉は素直に受け取ってもいい。筈だ。
「どうでしょうか。自分はもう一人の適合者次第ではないか、思っています」
少将は静かに目蓋を伏せ、小さく頷いただけだった。そのまま黒い軍帽を被り直し、前を向く。
「少将。最後に、自分はこの間昇進しまして大佐に」
「ああ、そうだったな。紅茶、ご馳走様。とても美味しかったよ」
少将はこちらを振り向く事なく、それだけ言い残して部屋を出て行った。入れ替わるように、外で待機していた衛が入ってきて、ようやく胸に溜まった空気を吐き出した。座っていたソファに再び腰を下ろすと、身体が沈み込んでいく。
「コウ」
すぐ後ろにいた涼太が声をかけてくれる。ただ、名前を呼ばれただけなのにこんなに落ち着くと言うことは、俺は相当緊張していたようだ。そのひと時も一瞬だけで、すぐに新たな課題で頭が痛くなる。涼太もそれは理解しているようで、表情は芳しく無い。
「……ああ、これはだいぶ問題だな」
子犬のように寄ってきた衛の表情が不安そうに曇る。
「え……と、会議うまく行かなかったの?」
「違う違う。衛は外で待ってたから分からなかったと思うけど、コウは釘を刺されたんだ」
剣介が衛に助け舟を出す。
「有り体に言えば“未熟艦隊”なりに、成果を出せ……だそうだ。今回の軍備拡大の提案も、そういう意味合いが強いんだろう」
「“未熟艦隊”、か……」
小さくポツリと漏らしたのは涼太だった。“未熟艦隊”とは俺たち青龍が陰ながら囁かれてる蔑称だ。
俺が青龍と適合し、涼太と剣介そして衛に力を分けてそれなりに経つ。そして、青龍について研究していくうちに、分かったことがある。俺たちに青龍から与えられた力は半分しかないと。それが判明してから、残りの適合者を見つけてくれと言わんばかりに各地から青龍の船が見つかった。そして現在の青龍は、適合者のいない適合艦を半数以上も有している珍しい艦隊となった。
最初は第一位の適合者と持て囃しておきながら、半分しか能力がないと分かった途端これだ。今以上の努力を要求し、欠けた半分を補うように成果を求められる。大元が第一位だからこそ、欠けたものも、求められるものも大きい。
「不服か?」
「当然でしょ。どんなに頑張っても、半分しかないってだけで出来損ないにされる。アイツらは適合すら出来ないのに」
「リョウ」
「分かってる」
ケンに名前を呼ばれ、分かってるよと繰り返して言う涼太の視線は、相変わらず虚空を睨みつけていた。再び重たくなった空気を変えるように、衛が慌てて声を上げた。
「でもさ、残りの適合者も見つかったんでしょ?5人、だっけ?」
「ああ。検査の結果、残りの青龍で間違いないと報告が来てる」
「じゃあ……!」
衛が、表情を明るくさせた。報告自体はかなり前に来ていた。青龍に適合したという事は、自動的に俺の艦隊に来る手筈になっているからだ。事前情報として、基本的な情報資料から士官学校の成績通知。そして本人すらも見ることの叶わない極秘資料まで一通り目を通した。
正直、みんなに青龍だというだけで期待させるのも問題かと思って、何も言わなかったがさすがに潮時だろう。
「……芳しくないって、顔してるね。何か問題があった?」
聡い涼太が俺の顔を伺って小さく言葉を漏らす。この話をした時点で、涼太にはすぐにバレると思っていた。深刻そうに捉えて欲しくなくて、微笑んで小さく頷いた。
「正直に言うと、あまり彼らに期待しない方がいい」
小さな無言。俺の言った意味を図り兼ねてるんだろう。唐突に衛が思い出したように叫ぶ。
「そういえば、コウくんだけ会いに行ったんだよね!主リングの……確か」
「大原空」
忘れもしない。あれは残りの青龍が見つかったと報告を受けて、急いで会いに行った時だ。真っ白い病室で俺を見るなりにこりと笑った、無邪気なあの顔。あの、表情。
あの時俺は、……どうしてか無性にも腹が立ったんだ。抑えきれない怒りが、内側からふつふつと湧き出る感覚。……こんな感情は初めてだった。
「コウくん?」
「……っ」
間近に衛の顔が迫る。思わず過去に気を取られていたようだ。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。大丈夫だ」
素早く返事を返すと、衛はすっと身体を引いた。
「少し疲れてるんじゃない?休んだらどうかな?」
「そうはいかない。来週に補給が控えてる」
「補給だけなら、別にコウが動かなくても」
「単純に備品の補給なら問題はないんだが……」
「人員も大きく増える予定なんだよ。新しい適合者も何人かいるから、編成も新しくしないといけないし、それに伴って事務手続きも多い。肉体派の誰かさんと違って、やることが多いの」
不思議そうにしていた衛に、涼太が引き継いで説明してくれた。
「ま、その適合者が青龍だって話は今のでなんとなく分かったけど。そうなんでしょ?」
「ああ、そうだ。黙っていてすまない……話が早くて助かる」
「良いよ。コウにはコウの考えがあるから。俺たちはそれに従うだけだよ」
本当に、俺は仲間に恵まれたのだろう。ありがとうと小さく告げると、3人は微笑んだ。
柔らかすぎるソファーから立ち上がる。この部屋から出れば、働かなければならない。戦わなければならない。
弱い自分は、この3人の前だけで。
「行こう」
そんな密かな決意を込めて、重たい扉を開いた。
ふくよかな方は衛の出した紅茶をゆっくりと味わっていて、眼鏡男の方は紅茶に手をつけずにじっと俺を見ていた。視線が合って、俺は再び文字が踊るタブレットに目線を戻す。
ふくよかな彼は研究開発局に勤めている技術少将だ。議会との繋がりもある上に、元第二軍管区にも在籍していた経緯もある、それなりに謎の多い人物。
そしてその隣の男は軍人ではない。少将が連れてきた民間企業の男で、今回はその男による軍備拡大のプレゼンテーションという事らしい。
兵器開発から傭兵派兵、軍備品やらの細々したものまで用意できるという。所謂、戦争屋というところだ。
「衛藤中佐、どうだろうか。悪くない提案だと思うのだが」
俺が読み終えたと察したのか、少将が口を挟む。技術屋らしからぬ柔らかな物腰で、言葉の裏にある真意を隠していく。
「悪くはありません」
「なら……」
「しかし、今回はお断りさせて戴きます」
ここで初めて眼鏡の男の表情が曇った。断られるとは思ってなかったのだろう。正直、舐められていると思ってはいたが、ここまでとは。
「確かに、今回のご提案は素晴らしいものだと思います。新兵器に、それに伴ったスタッフの増員。過不足ない内容だと思います」
「では、却下に至った要因をお聞かせ願おうか?」
少将は動揺する事なく静かに目を細めた。技術屋というよりも、最早営業に近いだろう。
「我ら青龍はようやく現体制に落ち着いてきたところです。先の大戦を経てようやく安定してきた基盤に、再び新たなシステムを導入するのは些か性急過ぎるかと」
ぱたぱたと指が鳴る。少将の太い人差し指が、手の甲を叩く音だ。僅かな物音が響くほど、この部屋は静かだ。
眼鏡の男も、俺も、少将の出方を伺う。軍人というのは、こういう時些か苦しくなる。
ぱたりと、音が止む。
「そうだな、尤もだ」
重い空気を押し広げるように、少将の柔らかい声が広がる。
「すまない。こちらの方も、手間取ってしまってな。もう少し早くこの話を持ってくれば良かったよ」
「いえ、ご希望に添えず申し訳ありません」
「気にすることはないさ」
大きな腹を抱えるように立ち上がる。眼鏡の男もそれに倣って席を立った。俺も立ち上がり、ドア側へと前に出る。近くに待機していた剣介がタイミングよく扉を開いた。ここまでは、想定内。
「衛藤中佐」
去り際、名前を呼ばれた。
「はい」
「評議会も青龍の動向には注視している。行方不明だった青龍の半分も見つかったことだしな。現状、一番注目を集めていると言っても過言じゃない」
「理解しています」
「……中佐、我らは敵ではない。敵ではないからこそ、あえて忠告をしてるのだ」
少将は衣装掛けから軍服の外套を取り、そして眼鏡の男が持っていた荷物を半ば奪うように自分の手に収めた。
「荷物は手分けして持ったほうがいい」
じっと、俺の目を見て少将は言う。何か返事をするべきかと悩んでいれば、ついと重たそうにまぶたを細めた。
「霜月閣下や睦月中将よりも、青龍や朱雀の適合者ならその身で体現していると言うのに、悲しいかな分かっていない者のほうが多い。あの篁准将ですらだ。……いや、篁准将だからだろうな、アレは。……中佐はどうかな?」
少将の姿勢は一貫している。威圧するでもなく、試す訳でもなく、終始穏やかに事を進めていた。だから、その言葉は素直に受け取ってもいい。筈だ。
「どうでしょうか。自分はもう一人の適合者次第ではないか、思っています」
少将は静かに目蓋を伏せ、小さく頷いただけだった。そのまま黒い軍帽を被り直し、前を向く。
「少将。最後に、自分はこの間昇進しまして大佐に」
「ああ、そうだったな。紅茶、ご馳走様。とても美味しかったよ」
少将はこちらを振り向く事なく、それだけ言い残して部屋を出て行った。入れ替わるように、外で待機していた衛が入ってきて、ようやく胸に溜まった空気を吐き出した。座っていたソファに再び腰を下ろすと、身体が沈み込んでいく。
「コウ」
すぐ後ろにいた涼太が声をかけてくれる。ただ、名前を呼ばれただけなのにこんなに落ち着くと言うことは、俺は相当緊張していたようだ。そのひと時も一瞬だけで、すぐに新たな課題で頭が痛くなる。涼太もそれは理解しているようで、表情は芳しく無い。
「……ああ、これはだいぶ問題だな」
子犬のように寄ってきた衛の表情が不安そうに曇る。
「え……と、会議うまく行かなかったの?」
「違う違う。衛は外で待ってたから分からなかったと思うけど、コウは釘を刺されたんだ」
剣介が衛に助け舟を出す。
「有り体に言えば“未熟艦隊”なりに、成果を出せ……だそうだ。今回の軍備拡大の提案も、そういう意味合いが強いんだろう」
「“未熟艦隊”、か……」
小さくポツリと漏らしたのは涼太だった。“未熟艦隊”とは俺たち青龍が陰ながら囁かれてる蔑称だ。
俺が青龍と適合し、涼太と剣介そして衛に力を分けてそれなりに経つ。そして、青龍について研究していくうちに、分かったことがある。俺たちに青龍から与えられた力は半分しかないと。それが判明してから、残りの適合者を見つけてくれと言わんばかりに各地から青龍の船が見つかった。そして現在の青龍は、適合者のいない適合艦を半数以上も有している珍しい艦隊となった。
最初は第一位の適合者と持て囃しておきながら、半分しか能力がないと分かった途端これだ。今以上の努力を要求し、欠けた半分を補うように成果を求められる。大元が第一位だからこそ、欠けたものも、求められるものも大きい。
「不服か?」
「当然でしょ。どんなに頑張っても、半分しかないってだけで出来損ないにされる。アイツらは適合すら出来ないのに」
「リョウ」
「分かってる」
ケンに名前を呼ばれ、分かってるよと繰り返して言う涼太の視線は、相変わらず虚空を睨みつけていた。再び重たくなった空気を変えるように、衛が慌てて声を上げた。
「でもさ、残りの適合者も見つかったんでしょ?5人、だっけ?」
「ああ。検査の結果、残りの青龍で間違いないと報告が来てる」
「じゃあ……!」
衛が、表情を明るくさせた。報告自体はかなり前に来ていた。青龍に適合したという事は、自動的に俺の艦隊に来る手筈になっているからだ。事前情報として、基本的な情報資料から士官学校の成績通知。そして本人すらも見ることの叶わない極秘資料まで一通り目を通した。
正直、みんなに青龍だというだけで期待させるのも問題かと思って、何も言わなかったがさすがに潮時だろう。
「……芳しくないって、顔してるね。何か問題があった?」
聡い涼太が俺の顔を伺って小さく言葉を漏らす。この話をした時点で、涼太にはすぐにバレると思っていた。深刻そうに捉えて欲しくなくて、微笑んで小さく頷いた。
「正直に言うと、あまり彼らに期待しない方がいい」
小さな無言。俺の言った意味を図り兼ねてるんだろう。唐突に衛が思い出したように叫ぶ。
「そういえば、コウくんだけ会いに行ったんだよね!主リングの……確か」
「大原空」
忘れもしない。あれは残りの青龍が見つかったと報告を受けて、急いで会いに行った時だ。真っ白い病室で俺を見るなりにこりと笑った、無邪気なあの顔。あの、表情。
あの時俺は、……どうしてか無性にも腹が立ったんだ。抑えきれない怒りが、内側からふつふつと湧き出る感覚。……こんな感情は初めてだった。
「コウくん?」
「……っ」
間近に衛の顔が迫る。思わず過去に気を取られていたようだ。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。大丈夫だ」
素早く返事を返すと、衛はすっと身体を引いた。
「少し疲れてるんじゃない?休んだらどうかな?」
「そうはいかない。来週に補給が控えてる」
「補給だけなら、別にコウが動かなくても」
「単純に備品の補給なら問題はないんだが……」
「人員も大きく増える予定なんだよ。新しい適合者も何人かいるから、編成も新しくしないといけないし、それに伴って事務手続きも多い。肉体派の誰かさんと違って、やることが多いの」
不思議そうにしていた衛に、涼太が引き継いで説明してくれた。
「ま、その適合者が青龍だって話は今のでなんとなく分かったけど。そうなんでしょ?」
「ああ、そうだ。黙っていてすまない……話が早くて助かる」
「良いよ。コウにはコウの考えがあるから。俺たちはそれに従うだけだよ」
本当に、俺は仲間に恵まれたのだろう。ありがとうと小さく告げると、3人は微笑んだ。
柔らかすぎるソファーから立ち上がる。この部屋から出れば、働かなければならない。戦わなければならない。
弱い自分は、この3人の前だけで。
「行こう」
そんな密かな決意を込めて、重たい扉を開いた。
1/4ページ
