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Ⅱ.鳥瞰


✈︎

揺れ動く波間を浮かび上がるように意識が揺蕩う。酷く悪い寝起きのように意識がぐらぐらしている。薄くゆっくりと目蓋を開ければ、白い光が目を刺して思わず目を覆った。
「これは予定外なんだ」
そんな中、声がした。再び目を開ければ、真っ白く果てしない空間に、誰かがいる。どうにも、視界がはっきりしない。
「申し訳ないと思っているよ」
目の前にはぼんやりとした輪郭を持たないヒトがいて、何かを俺に差し出した。ああ、頭が痛い。立っているのか、浮かんでいるのか、沈んでるのかも曖昧だ。
ぐわりと湾曲する視界の中、縋り付くように受け取ったそれはしっかりと輪郭を伴った一冊の本で、酷く驚いた。全てが曖昧な白い世界で、それだけが質量を伴っている。青い表紙が白い空間で厭に鮮やかだ。
「少し想定外の出来事が起きてしまって、仕方がないんだ」
どこからか音がする。彼がゆったりと話すその言葉の隙間から、音が……これは水の音だ。
分からない事が多すぎて、どこに意識を集中すればいいのかも分からなかった。彼の影がぼやけるように薄くなる。遠く揺れて消えていく。消えつつあるのは彼なのか、俺の意識なのかも定かじゃない。
「ま、待って!」
ごぽりと口から空気が漏れた。白かった景色は一転して黒くなる。
水の中に沈んでいると気付いた時にはもう遅くて、口から溢れ出る酸素を止めることが出来ない。
「本当に、思い通りに動いてくれないんだから」
どこからともなくため息とともに聞こえたその声を頼りに掴もうと伸ばした腕は、ただ水を掻いただけだった。


次に目を開けた時、最初に見たのは俺を覗き込む少年の顔だった。
「じいちゃーん!この人起きたー!」
俺が状況を確認できないまま動かないでいれば、ぼやけた視界に浅黒い肌の老人が現れた。老人は俺の顔を覗き込んで意識があることを確認したのか、頬を掻きながら聞いてくる。
「あー、大丈夫か?」
「え、ええ……ここは?」
起き上がろうと上体を起こせば、老人が背中を支えてくれた。どうも視界がはっきりしない。自分の顔に触れて、ようやく眼鏡が無いことに気づいた。
「探しもんはこれかの」
ぼんやりとした視界の中、手探りで差し出されたそれを受け取ると、どうやら俺の眼鏡らしい。
「ああ、そうです。これです、ありがとうございます」
一気に視界がクリアになった。少年だと思った彼は意外と大きく、大体俺と同じぐらいの年で少し驚いた。
「無くさなくて良かったな」
「ええ。あの、申し訳ないのですが、ここは一体どちらでしょう」
「ここは風の国だよ」
尋ねた老人の代わりに、藍のシャツを着ている少年が無邪気に言った。聞いたこともない場所だ。
「あんたは、南の岸壁に漂着してたんだ。一体全体どうして、どこから来たんだね」
老人がそう尋ねてくる。岸壁に漂着?流されていたって事なのか?分からない。何も分からない。
ぽっかりと以前の記憶が抜け落ちていることに気づいた。急に足元が無くなったような、不安がどっと押し寄せてくる。
「わ、わかりません……自分が、何をしてどこから来たのか……」
その事実を口にするだけで胸が苦しくなる。老人は驚いたように目を見開いた。
「あれま。記憶喪失かい」
「自分の名前は分かる?」
少年が小首を傾げて問いかけてくる。
名前?俺の名前は……暗い、水底からふつふつと浮き上がるように、慣れ親しんだ音が沸き起こる。
「守人……在原守人」
少年は、俺の名前を聞くとにっこりと笑った。
「俺はソラ!よろしくね!」
そうして俺は、この“風の国”にお世話になる事になった。
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