冷たいもの
「モデルガンだったのよ」
彼女は俺に背を向けたままで言う。
ポットからカップに紅茶を注ぐトポポポ……という音が聞こえる。
俺はパスタを食べる手を止めてネリネを見た。
「あ?」
驚きから思ったより間の抜けた声が出てしまった。
ネリネはこっちを振り向くと、カップ片手に、軽く肩をすくめてみせた。
首を傾けて過去を思い出すまなざしで空を見つめる。
てっきり俺にくれるものと思っていた……っていうか彼女がそう言っていた……紅茶のカップがネリネの口に運ばれる。
スス……コク……と小さく一口飲んで、ネリネは口を開いた。
「改造モデルガン。撃てて5発くらいかしら? 暴発して持ち主の腕が吹っ飛ぶわ。すてきな代物よね」
彼女の出会った銀行強盗の話だ。
ついこの間この街の銀行に強盗が入った、その現場に偶然居合わせたらしい。
みじんも怯えを見せず、彼女は明るく言ってのける。
「隙を見てみんなで取り押さえたのよ。人質の中に勇敢な殿方が3人もいて。頭もよくて。まぁ、それはいいんだけど。……いい話よね。警察が来る前に市民の力で捕まえたの。怪我人も出なかったし。めでたしめでたし。……なんだけど」
「ハッ」
俺はひねくれた態度で笑った。
「感動的だ」
パスタを食べることに戻る。
……どうでもいいが喉が渇いた。
ネリネは真面目な顔をしてうなずいた。
「ええ。それでね、みんなで押さえた後、私……そいつの銃を持ってるほうの腕をつかんだの。そしてね」
急に腰を曲げて俺のほうにずいと顔を突き出して大声を出しやがった。
「バーンッ!!」
俺は唖然としてネリネを見上げた。
……ちょっと待て。
なんて言った?
5発で暴発?
いや……改造銃ならば、いつまで耐え切れるかなんてわかったものじゃないはずだ。
いつ暴発したっておかしくない。
それをこの女は……。
ネリネは腰を戻し、『ふう!』と大きく息を吐き、またおどけたしぐさで肩をすくめてみせた。
ご丁寧にペロリと舌まで出して。
そしてまた真面目な顔つきになって腕組みをして空をにらみつけてうなった。
「うーん……なんていうか、本懐を遂げさせてあげたかったのよね」
軽い調子になって言う。
俺の手は止まったままだ。
ただ彼女を見つめていた目は逸らす。
「……本懐?」
怪訝そうに問うと、まるで俺が興味を示したように、それが嬉しくてたまらないみたいに、急に興奮して話し出す。
「そう! 本懐よ。望む通りにさせてあげたかったの。改造銃として生まれた『彼』のためにね。だってそれなら暴発するのが彼の本望じゃないの!! ……まぁ、私や周りの人も吹っ飛ぶことになるから、一発で止めたけど。でも、そうしたら強盗のやつね、『ヒィッ!!』なんて言って、『助けてくれ!!』って泣き叫んだのよ。情けないったら。覚悟がなってないのよ。結局そいつが撃ったことになったんだけどね……誰も見てなかったし。私のせいで罪が重くなったわね。だけど……」
スゥッと目を細めて、あごを上向けて俺を見下ろし、やけに甘くやさしい声を出す。
「……だけどね、もしその場にふたりきりだったら、私は暴発するまで撃ったわね」
さらりとそう言い放ち、ネリネは俺に背を向ける。
そして新たに紅茶のカップを取り出し、カップの中身を注ぎ始めた。
ふんふんと鼻歌を歌って。
たぶん俺の分の紅茶を。
……おい、それ、どう考えたって濃いだろう。
抽出時間オーバーだ。
俺は苦い紅茶を思ってうんざりとした。
(おしまい)