闇の中でも・・・
「*『人は闇の中にも絵を描こうとする』……」
私は驚いて勢いよく振り向いて、そうぼんやり呟いたばかりのアンディをじっと見た。
正面を……というより虚空を見ていたアンディは、その動きで私に見られていることに気が付いたのか、私のほうを見つめ返した。
それも、微かに口元を緩ませて、まぶしそうに眼を細めて、少し笑っているみたいに、やさしい顔をして。
そんな顔で、私のことを。
私はびっくりして声も出せずにぽかんとしていたけれど、アンディがスッとさらに目を細めて、どこか面白そうな顔をしたから、ハッと我に返って慌てて言葉を出した。
「え? ええ? どういうこと? っていうか、今なんて……?」
問われたアンディの顔から表情が消える。
もとからなんのつもりもなかったかのように。
「別に」
そう短く答えてから、思い直したように続ける。
「……そういう話を読んだから」
はぁ……と私は驚きあきれたようなため息を思わず漏らしてしまう。
「読んだから、ねぇ……」
私はアンディをジトッと見る。
以前に比べて何かふっきれたみたいな明るい表情でアンディは前を見据える。
ちょっと鼻歌でも歌い出しそうな様子といったらいいか。
その顔は、でも、以前と同じように口を閉じていて。
自分でわかっていること、納得していること、説明する必要がないことは言うつもりがなさそうで。
訊かないとたぶん答えてくれないんだろうな。
どうしてそんなことを言ったんだろう?
どうして私にそんなことを言ったのか?
それを言うことで何を伝えたかったの?
「……」
私は閉じた口の両端を持ち上げて笑みの形を作る。
訊くのは簡単。
でも、果たして意味がわかるだろうか。
っていうか、通じ合っていないのが、淋しい。
こんな一言でも私にはアンディの考えがわからない。
「黒い紙に絵は描けないでしょ……」
淋しげな笑みを消せないままにポツリと呟いた。
白いものに絵は描けるけど、黒いものには絵は描けない。
どうやって描くんだろう?
何が描けるんだろう?
アンディが振り向いて大きな赤っぽい片方の目で私を真剣に見つめる。
「白いペンを使えば描けるよ。でも……」
ボクが言いたいのはそうじゃなくて、と言いにくそうに『んー』と言う。
やがてほんの少し首を傾けた。
空を見るようにして。
「形があって、見られれば、それが真っ黒でも怖くない、って。……だから……でも、君は……だけどボクは……」
しまいにはうつむいてしまった。
私はそんなアンディが意外でじっと見つめてしまう。
ほんの少しほほを赤くして戸惑っている様子のアンディを。
「……うん」
ああ、そうか。
心配してくれていたんだ。
私が落ち込んでいたから。
そうだね。
暗いことからいつまでも目をそらし続けていたらずっと怖いだけかな。
「うん!」
私はニッコリ笑ってうなずいた。
(おしまい)
あとがき・・・確か『C.M.B.』だったかに出た言葉です。