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いばらの冠






「そこから先は君たちも知っての通りだ」

 カルロは黙って聞いている3人の顔を確認するように順番に見た。

 使い魔で見ていた数日の出来事と、それからの事しかカルロは語らなかった。

 しかし、それでも、じゅうぶんに衝撃的な内容だった。

 誰ひとりとして言葉を返さない。

 カルロはゆっくりと息を吐いて続けた。

「とにかく、翌日になって、ふたりを連れてシルヴィオと一緒に日本に立ったんだ。それくらいかな。先にここにきて準備してくれていたウォルター達の知らないことは。……ああ、そういえば、アンディが気にするから、使い魔を彼の家にやって、養父母の下の息子を捜してみたんだが、いなかった。どうしたのやら。それと……アンディはマリーを連れて行くことには最初反対だったんだ。なんとしてでも彼女の家に帰さなくちゃって。だが、家族にどうやって説明していいんだか。老いもしない、死にもしない、朽ちない肉体なんて。奇跡の少女として飾られることだろうね。そう説得して、半ば無理やり認めさせたんだ。……言いたくないんだけどね。それで余計にアンディは……」

 すべてを言い切らず、途中でやめて、やれやれというように首を横に振る。

「……それでわかった」

 ずっと黙っていたウォルターが口を開いた。

 物思わしげに、深刻そうに、憂鬱そうに。

 苦悶の色を顔に浮かべてつらそうに吐き出す。

「それでアイツはあんなに……!!」

 ギリッと悔しそうに奥歯を噛み締める。

 ふう、とカルロが小さくため息を吐いた。

「……まぁ、最初は実感がわかないのかぼんやりしてたけど、日本に着く頃にはね。だいぶ状況がのみ込めてきたというか、最初のショックから回復した分、怖さが増したみたいで。自分のこともそうだけど、君たちのことも二重の意味で怖かったみたいで」

 それだけ言って説明せずに口を閉じる。

「……ああ」

 静かに話を聞いていたジョゼフがハッとして言う。

「あの産まれたての仔牛みたいなプルプルしたやつか」

 カルロがぽかんとしてジョゼフを見る。

「……」

 口を大きく開けたまま何も言わない、言えない。

 ハッとしたウォルターがぽんと手を叩いて言う。

「ああ! あの産まれたての仔牛みたいなプルプルしたやつ」

 ジョゼフの言葉をそのまま繰り返す。

「……産まれたての仔牛のようでしたね……」

 シルヴィオまでもが真顔で繰り返して言う。

 3人がうんうんとうなずく。

 カルロが慌て出す。

「いや、あれは、君たちが吸血樹であることが怖かったのと、いろいろとトラウマを抱えているから人間が怖かったのと、それから自分がまた目のせいで他人を殺すんじゃないかと怖かったのと……あ、3つか……とにかくそういう恐怖と戦っていて……って、なんでアンディの弁解をしてるんだ」

 早口で言い終えたカルロがハッとして口をつぐむ。

 何度も深く首を縦に振って『うんうん』とうなるようにして難しい顔で話を聞いていたウォルターが、顔を上げて、閉じていた目を開けて、空をにらむようにして言う。

「なるほどな。初めて会った時、正直『病んでる』と思ったわ。目は合わさねぇし、なんか息ができないみたいにハァハァしてるし、全身ガクガクブルブルして立っているのがやっとみたいな状態で今にも倒れそうだしで」

 冗談のように小さく笑う。

 そこには明るいものにしてしまおうというわざとらしい軽さがあった。

 言ってしまうとウォルターは気まずくさっさとそっぽを向いてしまう。

 ただひとり平然として話を受け止めていたジョゼフが代わりに口を開く。

 3人の中でひとり話に動じた様子がない。

「あの後も、そりゃあひどかったもんなぁ。部屋にこもっちまって、出てこなくて。やっと出られるようになったと思ったら、人の背中にベッタリで、剥がれなくて。ひとりでみんなの前に出られるようになるまでだいぶかかった。あの頃は俺がいつも部屋の前で待ってたよ」

 懐かしむようにのんきにそんなことを言う。

「あなたはなつかれてましたからね……」

 シルヴィオがジョゼフに向かって告げる。

「そりゃなつくさ」

 ウォルターが面白くなさそうにムスッとして言う。

「あんだけしつこく部屋の前で待たれりゃあさ。嫌でも出てくるわ。『俺が第2の扉になってやるから、がんばってここまでは扉を開けて来いよ』なんて言われてさ。『もしも怖いやつが来ても扉として守ってやるからさ』なんて言われれば。そりゃ離れらんねぇよ。……あーっ、ちくしょう! 俺になついたの一番最後じゃん!!」

「おまえはすぐに手を出すから……」

 八つ当たりのような真似をされたジョゼフが呆れを含んでウォルターに言う。

「いずれにしても……」

 カルロは別として2番目に懐かれたシルヴィオが、眼鏡を指で直しながら、ぼそっと言う。

「我々に心を開いてくれた後も、彼女の部屋に入り浸りでしたからね」

 思い出すように顔を空に向けた。

 他の3人も当時のことがどこかに描かれているかのように一点を見つめてぼうっとする。

 『アンディは?』『マリエッタの部屋』というやりとりを何回したことか。

 しかし、月日が経つにつれ、その回数は減っていき……。

 やがてぱったりとなくなった。

 カルロがうっすらと笑んで言う。

「言ったろう? あれは墓参りのようなものだと。死んだことを納得できたらいずれなくなると。アンディの中で彼女の死が認められなかったんだ。それだけのことさ」

 部屋がシンとする。

 シルヴィオはうつむき、ジョゼフは肩をすくめ。

 静かな中、ウォルターがぽつりと言う。

「そして、今もアンディは彼女の……マリーの……いや、菫さんの……部屋にいる」





(つづく)
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