いばらの冠
トン、と白い食器がテーブルに着いたアンディの前に置かれる。
「ムール貝のリゾットだ」
続いてコトンコトンといくつかの小さい皿が置かれる。
「かぼちゃのニョッキとミネストローネも作ってみた。どれが気に入ると思う?」
アンディは無言でスプーンを握る。
とりあえず食べてみなければなんとも言えない。
自信ありげなジョゼフに見守られ、リゾットにスプーンを入れ、おそるおそる口に運ぶ。
「……おいしい」
ひとくち食べて、アンディは驚きに目を見開いてぽつりとつぶやき、ハッとしてジョゼフに向けてこくんとうなずいて見せる。
ジョゼフは本当に嬉しそうな笑顔になった。
「そうか?」
鼻歌でもうたい出しかねないほど上機嫌の様子で、皿やスプーンやフォークなどを指差して言う。
「食器も新しいのを揃えたんだ。ほら、俺たちじゃまともに飯食わねぇし、店に出してる食器はありあわせのもんだし。こういう、王冠とかついた小さい銀のスプーン、女の子っぽいだろ?」
「……そういえば、生まれた時に幸せを願ってプレゼントされるんだっけ? 銀のスプーンって」
自分の持っているスプーンを眺めてアンディは複雑な顔をする。
「……ボクは、生まれてきたことさえ、嫌がられた化け物だけどね」
なんでもないようにあっさりと言って、その目をスッ……と切なく細める。
そしてテーブルにスプーンをカチャと静かに置いた。
ジョゼフを丸い目で見上げて言う。
「……これ、ボクが使っちゃいけないんじゃない? プレゼントじゃないか、菫さんへの」
ジョゼフはそのわずかな非難もこめられた文句を片手を出して遮るようにして強く言った。
「ああ、気にすんな。テストだよ。それにほら、双子なんだし、あの子……菫さんが目覚めれば、その日が誕生日みたいなもんだろ? 新しく生まれ変わるんだから。そうしたら、アンディ、おまえの誕生日みたいなものでもあるんじゃないか? これはちょっと早いプレゼントってことで」
「……そういう……考え方は自由だけどさ……」
口では納得したようなことを言いながら、アンディは不機嫌そうにして、別のスプーンを手に取った。
そして乱暴に皿に音を立てて突っ込んでリゾットをすくい上げたが、思い出したようにハッとして、空を見る。
「そういえば……、さっきウォルターが……菫さん、ちょっと目を覚ましたみたいだって」
「へえ?」
「……うなされたみたいで……」
菫の涙を思い出して、アンディは唇を噛む。
うつむくアンディに、腰のエプロンを外し、向かいにどっしりと腰を下ろしたジョゼフが、テーブルに肘をついてそこにあごを乗せ、足を組んで座り、訳知り顔で言った。
「まぁ、あれだな。家族とも周りの人間とも離れて、たったひとりでこんなところに……見知らぬ土地で知らない奴らに囲まれて他人の体で、目を覚ますわけだからなぁ……」
「うん……」
ジョゼフの口調は軽いものだったが、その内容は重かった。
アンディは叱られたようにしょんぼりとする。
「……ボク、なんか……菫さんの馴染んだもの、ここに持ってくるよ」
「それがいいかもなぁ」
深刻な調子に、ジョゼフはわざと明るく返し、テーブルをトンと指で叩いた。
「ま、とりあえずはそれ食って、感想を聞かせてくれ」
アンディは黙って次の皿にスプーンを入れて中のものを口に運び、『あ、おいしい』と言った後、ジョゼフにまるで本物であるかどうか疑うような目を向けた。
「……いっつもクソマズい飴なめてるくせに……」
「なんか言ったか?」
『ん?』とジョゼフが首を突き出す。
アンディが言葉を返そうとしたその時……。
(つづく)
+++++
「あー、ダリぃ!」
アンディの後ろから、部屋に入ってきていたウォルターががばりとアンディに抱きつき、あごをアンディの肩に乗せて、耳元で騒いだ。
びっくりしてアンディが振り向く。
その動きでも体は離れずに、ウォルターは目を半眼にして、不服そうにぼやいた。
「シルヴィオと服片付けてたんだよ、菫さんの服! めんどくせぇ。ってか、疲れた。あー、ったく、ダリぃってのに、まだこの時間は、特に。……あれ? ホントに食ってんのか、アンディ」
テーブルの皿とアンディのスプーンを握る手を見て、ウォルターがきょとんとする。
「お疲れ」
まず労いの言葉をなんの愛想もなくかけてから、アンディは苦々しげに言った。
「ウォルター、そういう発言、菫さんの前ではやめてよね。なるべくボクらが人間じゃないってこと、意識させたくないんだから。昼間はダルいとか、食事は取らないとか、そういうことは……」
「へぇ、へぇ」
わかったのかわかってないのかわからないような返事をして、ウォルターはアンディから離れ、隣の椅子に座った。
「俺も食べてみますかね。……もっとも、ジョゼフの料理じゃあなぁ」
『へっ』と笑うウォルターに、信じにくいけど、と、アンディが言う。
「それが意外とおいしいんだよ」
「へぇ? マジか。どれどれ……」
ふたりの反応にジョゼフが疲れた笑みを見せた。
「おまえらなぁ……」
しかし、揃っておいしいおいしいと熱心に食べ始めたふたりを眺め、ふっと軽く息を吐いて、ジョゼフは視線を天井に向けた。
「……ま、こういうのも、いいかもなぁ……」
そして自分はポケットから飴の箱を取り出して、飴を手のひらに乗せ、口に放り込んで、なめ始めた。
しばらくして。
ひょい、と扉口から顔を出し、中を見渡したシルヴィオが、スプーンをくわえるウォルターの姿を目に止めて、ズカズカと歩み寄る。
「ウォルター。まだ終わっていませんよ。まったく、どこに行ったのかと思えば……」
そばで足を止め、両手を腰に当てて、見下ろすようにして椅子に座るウォルターをにらみつけて、苦言を呈する。
ウォルターが『うげー』とうんざりした顔をして見せて言った。
「せっかく菫さんの見張りをカルロに代わってもらえたってのに……」
「だからこそですよ。今は暇でしょう? どうせ普段からあなたは家に居て何もしてないんですから」
「おい、人をヒキニートみたいに言うのはやめろ! 名誉棄損で訴えるぞ!!」
やれやれと肩をすくめての言葉に、ウォルターが目をつり上げて抗議した。
シルヴィオは平然と返した。
「勝てる自信がありますよ。俺は事実しか口にしてませんから。それがあなたにとっていかに不都合であろうとも」
ふたりのやりとりを黙ってじっと見ていたアンディが口を開いてぼそっと言う。
「人生って厳しいね」
同じように他人事で眺めていたジョゼフが言った。
「ウォルターにとってはな」
とんでもない裏切り行為を見たといったようにウォルターはがく然として辺りを見回す。
「あれ!? 何それ!? 誰か俺にやさしくしろ!!」
3人ともシーンとして答えない。
「……」
がっくりとしてウォルターが元気なく言う。
「獲物を探すのだって立派な男の仕事じゃん……」
「それはそうですが」
シルヴィオがとりあえずウォルターの主張の正しさを認め、それからグサリと一突きする。
「それだけが仕事じゃありませんから。俺と一緒に夜間警備員をしておけばよかったんですよ。仕事も金もない男を菫さんがどう思うか……」
『別に気に入られたいとか思ってねぇし!』とわめいているウォルターを放っといて、ジョゼフが向かいのアンディに話しかける。
「アンディ、『アリとキリギリス』って話、知ってるか? あるところに、たくさんのよく働くアリと、遊んでばかりの一匹のキリギリスがいて……」
「保父さんか!!」
ウォルターの必死な大声がそれを遮る。
「おいこら、何言い聞かせてんだ、アンディに!!」
「教訓だよ」
ジョゼフは両手を広げて肩をすくめた。
アンディは騒動に構わずにのんびりと言う。
「ウォルターもしてたよ、警備員。……自宅のだけど」
ウォルターはキッとアンディのほうを涙目でにらみつけて怒鳴った。
「おまえがいっつも一番ヒドいわ!!」
(つづく)