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いばらの冠






 眠る少女の部屋に5人の男たちが集まっている。

 天蓋つきのベッドに横たえられ、柔らかな羽布団をかけられ、レースつきの枕に頭を乗せ、金色の髪をシーツに広げて、長いまつげを持つ瞳を固く閉じ、色白の頬をわずかに赤くして、淡いピンクの唇を薄く開いて……その白いドレスの胸をゆっくりと上下させていて……。

 少女は確かに眠っていた。

「おー。すごいな。本当に寝てる」

 5人の中で最年長に見える男……ジョゼフ……が驚いたというより感心したように言う。

「今までだって寝てたじゃないか」

 少し離れて立っていた少年……アンディ……はその言葉にムッとしたように口をとがらせる。

「いや……」

 ベッドの横に立って少女を見下ろしていたジョゼフの隣で、しゃがみこんでもっと近くから少女の横顔を見つめていた青年……ウォルター……が、ゆっくりと首を横に振って、しみじみと言う。

「……なんか、今までは『お人形』って感じだったけど、今は……生きてるって思えるぜ」

 ちゃんと息してるし、ほっぺただって赤いし、肌だって……と次々に以前と違う点を挙げていく。

 アンディと同様、少し離れた場所から少女を見ていた青年……シルヴィオ……は、『魂があるだけで違うものですね』と誰にともなく呟いた。

 そして一番離れた窓際にいて、興味なさそうに窓の外を眺めていた男……カルロ……に言う。

「別の女性の魂が入ったんでしょう……?」

 振り向いたカルロはにっこりと笑って返した。

「女性とは限らないんじゃないか?」

 えっ……。

 その場の空気が固まる。

 全員がカルロを見てポカンとする。

 やがて動き出したのはアンディが最初だった。

「いやいやいや!」

 顔の前でぶんぶんと手を横に振り、首を傾げて、焦った調子でカルロに言う。

「ちゃんと『彼女』のほうだよね? 間違えてなんかいないでしょ?」

 カルロは可笑しそうに肩を揺らしてクックッと笑った。

「大丈夫だ、アンディ。冗談だよ。ちゃんと『彼女』だ」

 こどものように澄んだ明るい目で茶目っ気たっぷりにそう言い、それから呆然としてしまっている面々を見て、叱られたように首をすくめ、片方の手の手のひらを上に向けてアンディのほうに差し出した。

「『彼女』のことはアンディが詳しいから色々と訊くといい。目が覚めた後は我々の仲間としてしばらくは一緒に暮らすんだし……、それに情報があったほうが」

 眉をひそめて顔をうつむけてしまったアンディに、カルロはその差し出した手を引っ込め、窓枠に置くことにかえて、言葉を切り、片眉をはね上げ、同意を求めるように全員を見回した。

「有利じゃないか? 誰が選ばれるかはまだわからないが、我々の繁殖に」

 返ってきた揃っての無言に、思いついたように言葉を足す。

「言い方に問題があるなら、誰かのお嫁さんになるんだから、と言ってもいい」

『…………』

 やはり返ってきたのは沈黙だった。

 ジョゼフは大人らしく皮肉げに口元を歪めた笑みで返し、両手を広げて肩をすくめて見せることで気の進まないことを表した。

 ウォルターはベッドの縁にあごを乗せ、ムスッと口をへの字に曲げて、知らん振りを決め込んでいる。

 シルヴィオは腕を組んで考え深げに少女の寝顔を見つめている。

 アンディは決して少女のほうを見まいとして、それどころか誰とも顔を合わせまいとして、うつむいて黙りこんでいる。

 カルロがうんざりとしたように苦いため息を吐いた。





(つづく)


+++++





「誰も彼もそう……。状況が気に入らないのはわかるが、だからといって、なかったことにできる話じゃないよ。覚悟を決めてくれ。もう少しシビアに、現実的になって、その気に……積極的になってもらいたいな。何故『彼女』の魂をいただいてきたと思っているんだい? 種の存続のためだ。君たちは揃って滅びる気なのかな」

 やれやれと首を横に振り、カルロは窓から離れ、少女の眠るベッドに近付いた。

「私でもいいんだけどね」

 見下ろして、表情もなく、ぽつりと言う。

「選ぶのは『彼女』だから」

 近付いてきたカルロを下からじっと目だけ動かして見上げていたウォルターが、それを聞き終わると、アンディのほうに顔を向けた。

「……本当にいいのか、アンディ。この体……この女の子は、おまえの姉なんだろ?」

 その問いに含まれる意味をすべて飲み込むためとそれからの是非のためにアンディはそれほど時間を要さずにすぐにうなずいた。

「……うん。『姉』っていったって、ボクが彼女と会ったのは数時間だけ……話をしたのだってほんの少しだけだし……。別に、なんとも思っちゃいないさ。好きにすれば?」

 振り向き、あごを上向け、冷たくあっさりと言う。

 ウォルターを冷たく見据えて、凍りついたような無表情で。

 その視線にうさんくさそうな疑いの目を返して、ウォルターはまた顔を布団に沈めた。

 かわりにジョゼフがあいまいな笑みを浮かべて口を開いた。

「でもなぁ……こうもアンディに容姿が似てるとやりにくいよな。……まあ、それはそれとして、だ」

 きょとんとして、少女を指差して、続ける。

「目を覚ますんだよな? その時のことを考えたほうがいいんじゃないか? ほら、飯とか、服とか、色々と……用意しなくちゃならないよな。その後のことはその後に考えるとしてさ」

 シルヴィオが不安げにカルロの背後から訊ねる。

「本当に……大丈夫なんでしょうか、『彼女』は。他人の魂なんでしょう? 目を覚ますでしょうか」

 にっこりと笑んでカルロは強く言い切った。

「大丈夫だよ。『彼女』は強い人だから。きっと我々の力になってくれる」

 ちらっとアンディを見て、その目と目を合わせ、静かにゆっくりとうなずいて、男たちを見回した。

「さて……では、『彼女』が目を覚ました時のために、ジョゼフ、あなたは何か食べ物を。ウォルターは……そうだな、さしあたっては『彼女』の様子を看ていてやってくれ。シルヴィオは服を」

「はい」

「あー」

「おお」

 それぞれから短い返事が返ってくる。

 シルヴィオ、ウォルター、ジョゼフの順で。

 カルロがまたチラッとアンディを見た。

 アンディはこくんと黙ってうなずいた。

 確認をしてから、カルロは嬉しそうに告げる。

「金の心配はしなくていい。いくらかかっても問題はないよ。まだまだたっぷりとある。譲り受けた遺産があるし、他人の金もあるし、株も順調だし」

 全員がポカンと口を開けてカルロを見る。

 そして、首を振るやら、何事か口の中で呟くやら。

 それらは『自分は金を出すだけか……』という呆れを含んでいる。

 いい笑顔なのはカルロひとりだ。

 それでも、やがてそれぞれ、動き出した。

「何作ろうか。ずっと眠ってたんだもんな。リゾットとか、スープとかか」

「俺、ダリぃからちょうどいいわ。枕持ってこよっと」

「コニーに洋服選びを手伝ってもらいましょう。この年齢の女性の好む服は……と」

 ツカツカと歩いて部屋を出ていきかけたシルヴィオが足を止め、ハッとした様子で振り返り、アンディを見る。

「アンディ。『彼女』の名前をまだ聞いていませんでした。あなたの姉がマリエッタだったことは知っていますが、今は別人の魂が入っているのでしょう? なんと呼べば……」

 目を大きく見開いて、ビクッとして固まったアンディは、やがてぎこちなく首を動かして、眠っている少女に目を向けた。

 そして少し顔を赤らめ、後ろめたそうに目を伏せ、ボソッと言った。

「『彼女』の名前は……菫だよ」

 確かめるように、自分に言い聞かせるように、名前を繰り返す。

「菫っていうんだ」

 全員の視線が眠っている少女に集まる。

「……菫……」





(つづく)
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