いばらの冠
『私、弟が助かるなら、どんなことでもする……!!』
だって……。
だって、私は……。
目を覚ます。
ゆっくりと目を開けると、そこは荊の森とでも呼べそうな空間だった。
ぽっかりと、そこだけ夜の満月のように、丸く光の当たった空間の中心にいて、その周りは薄暗く、何も見えない。
ただ、私を取り囲むように、荊棘の蔓が……。
そして、私の前方に、一脚の椅子がある。
ふと、カルロという、私を案内し、桜人の死にそうな姿を見せ、取り引きを持ちかけてきた男の言葉が脳裏によみがえる……。
『そこにある場所を必ず自分のものにしてください』
ああ……。
私は椅子に向かって手を伸ばす。
歩き出そうとする。
ザクッ。
大きく、太く、そして鋭い薔薇の棘が足に刺さる。
痛い……。
薔薇の蔓が私にからみつく。
椅子に近付けまいとするように。
棘が肌に食い込む。
真っ赤な血が流れ出す。
前へ進もうとすれば、さらに薔薇がからみつく。
それをかき分け、傷を作りながら、私は前へ進む。
……あの椅子が目指す場所であることはわかった。
『約束』
……必ず目覚めること。
……そう、しなければ……。
桜人が。
私の魂と引き換えに、桜人を助けると言っていた。
絶対に約束は守らなければ、桜人は……!!
桜人は助けなくちゃ。
だって……。
様々な過去の出来事が思い出される。
桜人がまだ赤ちゃんだった頃のこと。
少し大きくなって、『お姉ちゃん』といつも私の後をついてきたこと。
いつも私の真似をしたこと。
私がなんでもできると思っていたこと。
私がなんでも知っていると思って、わからないことはなんでも訊いてきて。
まるで私のことを『小さいお母さん』みたいに、信じて、頼って、甘えてきて……。
私のことを『大好き』と言ってくれた。
可愛い弟。
いつのまにか、ずいぶん生意気になっていて、私のことを名前で呼ぶようになって……少し私のことをバカにするようになって……。
いつのまにか立場が逆になっていて。
いつのまにか、そう、いつのまにか、……頼れるようになっていた。
『菫はぼんやりしてるから、俺がついててやらないと』
桜人……。
車が迫ってきた時、私を突き飛ばして助けてくれたよね。
でもね。
桜人……。
(つづく)
+++++
明るくて、やさしくて、思いやりがあって、無邪気で、人懐っこくて、やんちゃで、遊ぶのが好きで、いつも楽しそうに笑っていた……。
いつも周りの人を笑顔にさせていた。
そんな弟。
私とは対照的な、みんなに好かれる、愛される人。
私もあなたが大好きだった。
そんなあなたが死んじゃったら……。
私が死ぬよりもきっと、もっと……ずっと……。
……だから、ごめんね。
せっかく助けてくれた命だけど。
許してね。
「桜人……!」
荊棘が食い込む。
いつしか、涙が流れていた。
ごめんね。ごめんね。
お姉ちゃん、あなたに生きてほしい。
足にも、腕にも、引き止めようとするように荊がからみつく。
それを振りほどき、行く手をふさぐ蔓をかき分け、椅子にたどりつく。
体中から血を流しながら。
……こんなもの、桜人の傷に比べれば……!
「桜人っ……!!」
どさっと倒れこむように椅子に身を投げ出す。
「桜人……」
……ごめんね。
私は必要とされなかった。
弟のあなたのほうが、ずっとずっと大切に思われていること、私は知ってたの。
お父さんもお母さんも周りの人たちも、私より、あなたが大切。
あなたが死んで、私が生き残ったら、きっと……。
逆だったらって思われるだろうね。
それが怖いよ。
あなたのような、誰にでも好かれるような光、私は持ってないから。
自分でもわかっちゃってるんだ。
だって、あなたが私の光だった、から。
あなたがいなければ……あなたに必要とされなければ……『菫』と呼んでもらえなければ……。
私も光を失うんだよ。
それは耐えられそうにないから。
……なんて。
ごめんね、あなたを助けたい理由が、こんな理由で。
こんな私のわがままであなたに生きていてほしいと願うなんて、私の命を背負わせるような真似をしてしまって、本当にごめんなさい。
だけど、私はどうしても……あなたに光でいてほしいの。
あなたは代わりのない存在だから。
ただひとりの人だから。
私のたったひとりの弟だから……。
命くらい、投げ出すよ。
どうなったっていい。
ねぇ、桜人、言いたかったことがあるよ。
不思議だけど……。
私、ずっと、あなたに……。
(つづく)