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ごめんね。






 息を殺して月が見守る、夜。
 ひっそりと静まり返った眠る街に、灯る明かりひとつ。
 海に近い大きな屋敷の中のひとつの窓の片側は開け放たれ、夜のひんやりした空気と海の匂いを、オレンジ色の微かな光とわずかに漏れる声と引き換えに、その広い部屋に届けていた。
 その窓の上、屋根に、サッと黒い人影が。



 部屋の中では男たちが密談中だった。
「……では、そちらのほうは、近日中に」
 書類を手にした若い男が言う。
 淡い茶色の髪をオールバックにまとめ、精悍とは言えないがなかなかに理知的な顔をした、切れ長の細い目でなめるような目つきの、まるで蛇のような男だ。
 細い体を黒いスーツに包んでいる。
 書類を机に置くその動きもしなやかだった。
 薄い唇からは細長く赤い舌が覗きそうだ。
 対して、男の向こうに座る、鷹揚にうなずく男は白髪の老人だった。
 その頭は真っ白で、顔は皺だらけ、体もかつてのがっしりとした体を想像させるものはその肉の量くらいだった。
 丁寧に髪を後ろに撫でつけて、小柄な体の背を丸めて椅子に座り、机に顔をつけんばかりにして、広さと厚みのある机の向こうにいる男を見つめている。
 その老いさらばえた肉体の中で、目だけが光を失わず、いきいきとして、鋭い眼光で若い男を見据えていて。
 それは動くことのない石像の目に宝石が埋め込まれて輝いているかのごとく。
「……ああ。わかった。これでしまいにしようや」
 夜の空気を震わせる声も石壁の向こうからのような低い声。
 眠そうだと思えるほどのんきそうな老人の声は次にがらりと一変して鋭いものになった。
「……ジュリオ。時に、あんまり良くねぇ噂を聞いたんだが」
「はっ……!?」
 ジュリオと呼ばれた若い男の顔つきが変わる。
 うっすらと笑んでいるようでさえあった顔から、その笑みが消え、緊張に強張った真面目な顔へと。
 その顔をふせて、声はいたって平然と、ジュリオは訊ねる。
「……それは、どのような噂でしょうか」
 ふむ、と老人はうなるように言って、首を傾げ、じろじろとジュリオを下から見上げて軽い調子で話す。
「なぁに、大した話じゃあないんだが、おまえさんが新しいオモチャに手を出したってぇ話さ。それがえらく品のないオモチャだってんで、他のヤツらが騒いでる。……なんだか、聞いたところじゃあ、政府の連中に目をつけられる品物らしいな。そんなことはないと思うが、念のため」
 とぼけた調子で他愛のない世間話のように話していた老人は急に声を低めた。
「……おまえさんの部下に訊いたら吐いたよ」
 ハッとして、カタカタと細かくジュリオの体が震え出す。
 顔はといえば真っ青で。
 老人はそんなジュリオに冷たい目を注いで容赦なく続ける。
「『スキャッグス』なんて名前のついたオモチャじゃ遊ぶにも危険すぎらぁな」
「頭領……私は……その」
 必死に何か言おうとするジュリオに、老人はため息を吐いて緩く首を横に振った。
「……幕引きだ」
 スッ……と机の引き出しが引かれる。
 そこには黒い銃が。
 老人がそれを取り出そうとした、その時。
 バルコニーに誰かが降り立った。
 気配に振り向く老人、ジュリオ、そして部屋の中にいて成り行きを見守っていた数人の黒服の男たち。
 いっせいに窓に銃が向けられる。
 次の瞬間、窓ガラスが盛大に音を立てて割れた。
 ガッシャァァァァンッ……!!
 閉まっていた片方の窓ガラスを割って男が部屋に入ってくる。
 その寸前に、開け放たれていた方の窓に立てかけられていた棺の鎖を持って、前に立てて。
 それまで銃口はすべてその棺を狙って向けられていた。
 どちらも寄せられたカーテンの陰に隠れていて姿は見えなかったが、自然と窓の開いたほうに男がいると思いこんでいて。
 バルコニーの地にできた影のこともあった。
 ズッ……。
 棺を引きずりながら入ってきた男は室内の状況にため息を吐いた。
 まだ若い男……青年……だ。
「……ダリぃなぁ」
 すべての銃口が自分に向け直されるのへ、のんびりとそんなことを言ってみせる。
 棺の鎖を持っているのと別の手には十字の鉄釘を持ち、それをくるりと指で回して。
「……誰だ?」
 自分の背後から入ってきた青年に老人は険しく問う。
 ガラスが割れる時にはすでに年齢に似合わぬ敏捷さで立ち上がって部屋の中央に退いていた老人は、今は数人の銃を構えた黒服の男たちに囲まれ守られ、片手を挙げて皆を制していた。
 冷静に、静かすぎるほど静かに、冷たく青年を見据えて。
 青年はニッと唇をつり上げて挑発的な笑みを浮かべた。
 月光がその赤い髪を照らす。
「あいにくだが、用があるのはアンタじゃあない。頭領アルフレード・クローネ。アンタの背後にいるやつさ。クローネ一家幹部、ジュリオ・ベッカトーレ、アンタに判定書が出てる」
 青年は赤い封筒を取り出してひらひらと振った。
 ガチャッ……!!
 黒服の男たちの間に衝撃が走り、動揺が広がる。
 石を投げ込まれた湖の波紋のように。
 それは銃を持つ手を、あるいは震わせ、あるいは強張らせ。
 いっせいに持ち直し構え直させる。
 殺気立つ連中を老人の手が小さく動いて止めた。
 老人はあごを引き、赤い髪の青年を細めた目で鋭く見つめて、低く声を震わせて吐き出す。
「ほぉう……、これはこれは、めずらしいものが見られたなぁ。その十字に棺桶、それに赤いコート……。RedRavenの2番目、『背信の葬儀屋』か」
「ご名答」
 茶化すように青年が言う。
 老人はどっしりと構えて動揺が見られない。
 青年は少し笑みを変えた。
 入ったとたんに撃たれてもおかしくないのに、黒服の男たちはよく躾けられているようで、老人に従って撃ってくる様子はない。
 ただひとり、青い顔をして震えながら青年に銃口を向けている、標的のジュリオ以外は。
 青年はジュリオに鉄釘の先を向けた。
 とたん、老人の眼がギラリと輝く。
「……わかっているだろうな、若造。この私の手が下におりればてめぇは蜂の巣だ。勝手なことはするんじゃねえ。ここはこのクローネの家だ」
 老人の気迫に押された様子はなく、青年は棺の向きを変え、平然として皮肉げに返した。
「家の中で勝手してるヤツもいるんじゃねぇの?」
 金色がかった目がジュリオのほうに向けられる。
 老人が鋭く舌打ちした。
 目の前の青年から目を離さずに言う。
「よし、わかった。話を聞こうや。……ただ、長話はよしてくれ。この通りの老いぼれだ。手が疲れて下がってきちまうからな」
「話すことなんて大してねぇよ」
 スッ……と机に赤い封筒を置く。
 ガシャッと棺から新たに鉄釘を取り出し、3本、投げつける構えをする。
 真っ直ぐにジュリオ・ベッカトーレをにらみつけて。
「……2番目の執行人により刑を執行します」
 ガチャガチャッ。
 ジュリオの前にいた男たちが構える。
 一触即発の空気。
 その中を、切り裂くように、老人の大きな声が上がった。
「ふざけるな、この若造が!! 誰を手にかけようとしているのかわかっているのか!? このクローネ一家の幹部だぞ!!」
 その小さな体のどこからそんな声が出るのかと思われるほど太く低い声で恫喝する。
 そしてジュリオをかばうように前に出る。
 青年の目がスゥッ……と細まる。
「おいおい、血圧高そうなじいさんよ。棺桶に両足突っ込むにはまだ早いんじゃねぇの?」
 あざけりの笑みに口元を歪ませて青年は吐き捨てる。
 まるで喧嘩を売るような調子で。
 目をギラギラと光らせて。
 老人は身を震わせて笑った。
 そこに怯えはなく、気分の高揚したふうで。
「はっはっ……、まぁ、片足を突っ込んでいる身だが、政府のカラスなんぞに面倒をみてもらわんでもいいよ。老害はさっさと死ねとでも言いたいだろうが……なに、引き際なんぞ心得とる。まだ、今はその時じゃあない」
 目元を和ませ、まるで懐かしむように、眩しいものを見るような目で青年を見つめ返す。
 おだやかに、やさしげとも言えるほどに。
 温かく青年を見つめて言い聞かせる。
「そう熱くなるな」
 不満顔の青年に微笑みかけて。
「心配せずとも、ケジメはきっちりつけるよ。家族の仕出かしたことだ。てめぇのケツくらいてめぇで拭く」
 そこまでだった。
 老人がおだやかだったのは。
 一転して冷たく厳しいものへと変わる。
「……下がっていろ、RedRavenの小僧。出しゃばるな。仲間を政府のカラスなんぞに殺されたとあっちゃあ、このクローネ一家の名折れだ」
 きっぱりと言い切って、老人は青年が動かないのを見て取ると、ジュリオのほうに向き直った。


+++++





 ドサッ。
 その背後で青年が机の上に飛び乗る。
 肩に棺を担いだまま、手に十字の鉄釘を持ったまま、ついでにいえば土足のまま。
 鳥が空から木の枝に止まるように身軽に机に乗り、行儀悪くしゃがみこむ。
 そして老人……頭領クローネ……の背後から頭部を眺めて話しかける。
「じいさんよ、そいつはスキャッグスの武器と仲間を集めて、アンタに取って代わろうとしてたんだぜ。派手なドンパチしようとしてさ。情けなんてかける必要はない。どのみち判定書は覆らねぇよ。ここでアンタがどうしようが」
 わずかに顔を傾けて赤髪の青年にチラと目をくれた頭領クローネはフンと鼻を鳴らした。
「……裏切り者か」
 そして視線をジュリオに戻す。
 その冷たく鋭い目にジュリオが怯えた。
 頭領を前にしているというのに銃を下ろす様子がない。
 それは彼の裏切り行為を確かにあったものとして見せていて。
 いまいましそうに腹立たしそうにクローネは目を細める。
 そして静かな声で言った。
「……なぁ、ジュリオ。おまえさんは昔っから頭ぁ良かったが、やんちゃしすぎるところがあったなぁ。そういうところが可愛いと思ったもんだが……。今回ばかりははしゃぎすぎたようだな」
 スッ……と手を横にのばす。
 まだ用心深く青年相手に銃を向けていた黒服の男たちがジャカッと銃の向きを変える。
 クローネは手の平を上に向けてひとりの男に差し出した。
 それは許しを与えるようで。
 ジュリオの顔が希望に輝く。
 だが、クローネのもう片方の手には、いつのまにか銃が握られていて。
 クローネは慈しむような目でジュリオを見て言った。
「これが私がおまえにしてやれる最後のことだ」
 銃口が向けられてジュリオが顔を引きつらせる。
「政府のカラスには渡さんよ」
 クローネの背中でしていることが見えなかった青年が怪しげな空気に慌てて声を上げる。
「おいっ、何して、待っ……」
 パンッ!
 ひとりの男の命を奪うには軽すぎる音が響いた。
 ジュリオの体が震える。
 やがて額に穴を開けた男の体がゆっくりと後ろに倒れた。
 ドサッ!
 ……あっという間の出来事だった。
「えっ、ちょっ、俺の仕事ーっ!!」
 青年が頭を抱えてわめく。
 くるりと振り向いたクローネがおどけて肩をすくめる。
 くいとあごを動かして。
「おい、兄さんや。その封筒、持って帰ってくれや。死んでいる人間に判定書もあるまい?」
 なんでないことのように言って、男の死体には目もくれず、青年に向き直る。
 頭の痛そうな顔をした青年に。
 何もなかったかのように平然と言う。
「おい、仕事なくなっちまって、暇になったろう? なんなら飯でも食ってくか、若造。政府のカラスにゃ食えねぇような豪勢なもん御馳走してやるぜ。残飯漁りは飽き飽きだろう?」
「……残飯漁りね」
 誇りあるマフィアの一家である我々なら身内の落とし前くらい自分たちでつける。
 ……そういうことだと暗に告げる。
 政府の手を煩わせるまでもないのだと。
 目の前の老人はとんでもない大物だ。
 青年は口の片端をつり上げてハッとやるせなく笑う。
 部屋の中央に転がった男の死体が男たちによって運ばれていくのを眺めて。
 青年のしゃがみこんでいる机に近付いた頭領クローネは、青年の目を追って床を眺めてぽつりと言う。
「絨毯が汚れちまったなぁ」
 ふぅ、と息を吐いて、葉巻を取り上げる。
 青年はぽりぽりと後ろ頭をかいてクローネを見やる。
「……アンタは、可愛がっていた部下の最期があれで、満足か?」
 葉巻を切って口にくわえたクローネがゆっくりと火をつけ終えて軽く言う。
「……あれ以上はあるまいよ。もとよりそのつもりだったさ。おまえさんが飛び込んできただけで」
「嘘っ!! マジッ!? 俺、余計なことした!? ってかまったくの無駄っ!?」
 激しくショックを受けた様子で青年がずるずると尻を机につける。
「マジかよ……」
 机の上にあぐらをかいて座り、両手で顔を覆って、悲しみに暮れる。
「そう嘆いてくれなさんな、『葬儀屋』さんよ。私だって悲しいさ。本当になぁ……。だが、カラスに家族をついばまれちゃ、もっと切ねぇや」
「そんなもんかねぇ」
「たった十五やそこらの若造にはわからん、一家の歴史があるんだ。ずっとこの名前で生きてきたんだからな。我々には誇りがある。……守るべきものだ」
 青年は目を見開いて老人を眺める。
 急に疲れた様子で口を重くしたクローネ一家頭領を。
 その目には、悲しさが、寂しさが見えていて。
 もう何も残らない男の死体のあった場所を見つめていて。
 それを青年はぼんやりと見守った。
 そして、不意にハッとして、首を傾げる。
「……え? 誰が十五やそこらだって? 俺はもう二十歳近いぞ!!」
「童顔だな」
「うわ、ショック!!」
 力いっぱい悔しがっている赤髪の青年をきょとんとしてクローネは見る。
 もはやマフィアの大ボスだとは思えないしぐさで。
 首を傾げて、おどけて言った。
「……ところで、そろそろ下りてくれんかの? 若いの」


+++++



「……って、いうことがあったわ」

 私は鍋に卵を落とし、くるりと振り向く。

 台所のスペースで木製のテーブルに肘をついて空を見ている相手を。

 腰に手を当てて、明るく笑って言う。

「へえ。ウォルター、あんた冗談うまいね! 語り始めた時にはどうしようかと思ったけどさ。うん、悪くない話だったよ。なかなかね」

「ホントなんだって!!」

 ダンッと拳をテーブルに叩きつけてウォルターがわめく。

「ちょっ、おい、直、おまえが何か話せって言ってきたんだぞ!! それヒドくない!? 話すだけ話させておいてなかったことにするって何なの!?」

 指を突き付けられてツンとして口をとがらせて返す。

「だってオチがないもん。っていうか、ウォルター、あんたよく無事だね! マフィアのボスの机に土足で上がって無事ってことはないでしょっ!?」

 焼いたズッキーニを鍋に敷いて、ひき肉を入れたトマトソースをかけて煮込み、今ちょうど卵をくわえたところで火を止めた。

 私はわりと案外近いところにいるウォルターを振り返る。

 ウォルターはムスッと空をにらんでいた。

「いやー、あの後、思い直したみたいに、銃、突きつけられてさ。参った参った。あれで死体になってたら、俺はホント何しに行ったのかと……。でも結局いいじいさんだった」

「他人の善意をあてもなく期待してたら長生きできないよ」

 私はよいしょと鍋を下ろしてテーブルに持って行った。

「はい、できたよ! さぁ、食べて!! たっぷりあるから、おかわりもどうぞ!」

 ウォルターの前のパスタの乗った皿にできたソースをたっぷりと乗せる。

 お手軽な腹に詰め込める料理。

 ウォルターが手を合わせて嬉しそうに言った。

「おお、サンキュ、直。いいお母さんになれるぜ」

 さらっと赤い髪を揺らして、キラリと十字架のピアスを輝かせ、白い歯を見せて笑う。

 そのまぶしい笑顔はこっちが先にごちそうさまって言いたくなるほどなんだけど。

 私は腰に手を当てて胸を反らしてウォルターを見下ろしてきつく言う。

「ちょっと、なんですっとばして『お母さん』なのさ。そういう時は『いいお嫁さんになれる』って言うもんでしょ? いきなり母って何よ!!」

「あー、悪ィ、悪ィ。間違えた。いや、だって、直があんまりにも肝が据わってるもんだから……」

「据わってないよー! 怖いと思ってるに決まってるじゃん。だいたいね、料理食べようって前になんでそういう話するかなーって」

 ウォルターは『いただきます』と言ってスプーンを皿に突っ込んでいた。

「もーっ、ウォルター、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。直。食べるのは俺で直じゃないんだからいーじゃん」

 私は『はぁっ』と大きくため息をついて、ウォルターに手を差し出した。

「……ん? 何、この手? 直?」

 私の手を見たウォルターがきょとんとして私の顔を見上げる。

 私はにっこりとして言った。

「材料費」

 ウォルターがぽかっと口を開ける。

 信じられないというように目を見開いて。

 私のことを凝視する。

「……え? 金取んの? 直」

「当ったり前でしょーっ!? ウォルター、こちとら貧しい身なんだよ! 突然やってきて飯をねだる男に無料で食わせると思った?」

「……」

 ウォルターの目が宙にさまよう。

 私は向かいの椅子に腰かけた。

 スプーンを取って、ウォルターの抱えている皿のほうにのばす。

「それに、食べるのはウォルターだけじゃありません。皿の大きさで気付きなよー。私も食べるんです」

「……あ、そうなの?」

 しぶしぶといった様子でウォルターが皿を押し出して寄越す。

 私はそれを中央に据えてスプーンを突っ込んだ。

 口に運ぶ前にウォルターをじろりと見て訊ねる。

「お味はどう?」

「あ、美味いけど。……ってかごめん、美味い、です」

「それならよかった」

 『けどぉ?』とにらみつけた私に慌ててウォルターが言い直す。

「美味い!! ホントおいしいって、直!! おい、信じろよ!?」

「はいはい、いいから、食べなよ」

 もういいってば。

 私は澄ましてスパゲティを食べる。

 これは自己流アレンジで名前もついていない料理。

「……で? そのマフィアのボスはそれからどうしたの?」

「ん? 元気だぜ。この間も会ったし」

「……会ったんだ」

 にわかに真実味を増す話。

 てっきりただの冗談だと思ってたんだけど。

 う、食欲が……。

 私は口を押さえる。

 ウォルターは平気そうにスパゲティをもぐもぐとしてごくんと飲み込む。

「俺を見ると若い頃を思い出すんだって。冗談じゃねぇよ。俺はあんなじいさんにはならないね」

「じいさんになるまで生きられればね」

「うわっ、感じ悪い!」

 ギョッとして身を退くウォルターに『ははっ』と大きく笑う。

 ……本当にね。

 度々『腹が減った』だの『眠い』だの『ダリぃ』だの言って家に飛び込んでくるウォルターが来なくなったら寂しいし。

 たまにこうして過ごすのも悪くないと思っているから。

 ばあさんになってからもこういう時間が欲しいし。

 ……無茶はしてほしくないな。



 私は心配して友人の赤い頭を眺める。



 ……それでも材料費はきっちりもらうけどね。





(おしまい)
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