あなたのとなり
重い……。
抱えた本が腕がしびれそうなほどに重たい。
おまけに前が見えにくい。
目の高さまで本を積み上げちゃったもんだから。
資料を返しに行くことはいいんだけど……。
自分にもできることがあるんだ、って、頼まれて嬉しかったくらい。
でも、いくらなんでもこれは多すぎ……。
はりきって一度で片付けちゃおうと思って、『大丈夫?』って周りに訊かれても『大丈夫』って答えて、こうして通路を右にふらふら左にふらふらしてる……。
でも、ここまで来ちゃったら後ちょっとだし、今さら周囲の人に頼めない。
自分で運ぶぞ。
よいしょと腕に力を入れて抱えた本を体で受け止めるようにして再び歩き出した、その時。
……ドンッ!
誰かとぶつかった、そう理解した時にはもうドサドサッと本は落ちていて、自分はしりもちをついていて。
ぶつかった相手が目の前に突っ立っていて。
……ああ、もう。
誰だ? と思って見上げれば、目に入るきれいな金色のおかっぱ頭と、黒い眼帯。
ああ、知ってる……アンディだ。
片方の大きな目がじっと私を見下ろしている。
「……ゴメン、大丈夫?」
言われてハッと気付いた。
「あ、いや、こっちこそ……!」
本にぶつかった彼のほうが痛かったはずだ。
「ごめんなさい……大丈夫?」
慌てて頭を下げて尋ねる。
「ボクは平気。それより……」
何かを言いかけたアンディがびくっとして口を閉じる。
遠くから彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……逃げてるの?」
本を拾う手を止めて尋ねると、声のした方をじっと見ていたアンディが、ダッと走り出そうとした。
「あ、待って! こっち」
その腕をつかんで引っ張り、近くの部屋……普段人が使っていない部屋……のドアを開け、背中を押して中に入れた。
唇に人差し指を当てて、『シィーッ』と言うと、きょとんとしていたアンディが、しっかりと深くうなずいた。
そっと静かにドアをしめて、本を拾う作業を再開する。
少しして曲がり角から人が現れた。
この人も知ってる。モニカさん。
本を積み上げている私に慌てた様子で尋ねる。
「アンディを見なかった!?」
「向こうに走っていきましたけど……」
少しの罪悪感を覚えながら嘘を吐く。
モニカさんはアンディを呼びながら私が指をさした方向に走っていった。
「……行っちゃったけど」
そっとドアが開いてアンディが顔を覗かせる。
なんだか不思議そうな顔をして。
「アリガト……」
私も不思議そうな顔をしている、たぶん。
「なんで追われてるの? 何かしたの?」
こんなこと訊いていいのかなと思いながら尋ねると、アンディがぽつんと言った。
「……される方」
ああ……それでわかった。医務室騒ぎは有名だ。だって怪我人が出るくらいだし。
それで青い顔してるんだ。
「大変だね」
苦笑して言うと、大きな目にじーっと見つめられる。
「君は、なんで助けてくれたの? ……理由もわからないのに」
「えっと、それは……」
追われていたから、が答え。つまり、何も考えてなかった。
「な、なんとなく……かな」
恥ずかしい。これは、とても恥ずかしい。
たぶん、私は今真っ赤だ。
焦って両手をぶんぶん振って早口で言った。
「あ、ここにいなよっ! この部屋たぶん人来ないだろうし、さっき『向こうに行った』って言ったから、こっちにはさがしに来ないと思うしっ」
「……ここにじっとしてるのも嫌だな」
「あ……」
なんでだろう。隠れてた方が見つからないのに。狭くて暗いからかな。どこか明るくて広いところ……。
「じゃあ、中庭に行く?」
思いついたら口に出していた。
アンディがきょとんとする。
「中庭なら植木もあるし、隠れる場所たくさんあるから……」
「中庭……」
ぼんやりとしてぽつんと繰り返す。
「……ってどこだっけ……?」
どうやら中庭の場所がわからないらしい。
「案内するよ」
本を抱えあげながら言う。
すると、スッと手がのびて横からそれを奪った。
「ボクに持たせて」
「えっ」
重たいから無理なんじゃ……と思ったら、そんなことなかった。
私よりも軽々といった感じで持ち上げて歩き出す。
見た目きゃしゃなわりに力があるんだ。
「ありがとう」
お礼を言うと、無表情で『この方が顔が隠れるしね』という言葉が返ってくる。
「この本どうするの?」
「返しに行くところだったの。すぐそこだから。アンディ……」
相手の名前を読んで気が付いた。
そうだ、肝心なことを言ってない。
「あのね、私の名前は……」
「知ってるよ」
驚いて隣を見る。
「君の名前は、フォリア」
アンディは当然というようにさらりと言った。
でも、それがすごく特別なことだっていうことを、私は知っていた。
(おしまい)
*特別なことというより、めずらしいことなんでしょうね。
でもどこかで誰かに呼ばれていたりすれば覚えていてもおかしくないし……。
という言い訳。
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