シルヴィオ夢(エリザベッタ)
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あーあ……もう、ついてないなぁ。
私は大きくため息を吐いて両手の荷物を見る。
片方はお父さんのお弁当、もう片方はお父さんの着替え。
どっちの袋も重たい。
肩を落としているのは荷物が重たいせいもある。
ガッカリしていることもある。
よりにもよってお母さんと私が張り切って他の人の分まで余計にお弁当を作った日に限ってタイミングが合わなくてお父さんが早めにご飯を食べた後だなんて。
他の人たちも今日はお弁当だったりもう食べてたりまだ食べられる状態じゃなかったり。
着替えは無事に渡せたけど……。
返ってきた汚れ物の量がまた私を憂鬱にさせる。
せっかく作ったお弁当は食べてもらえなくて、汚れ物だけ渡されるなんて、なんだか『それだけの存在』だと言われたようで。
全然、全然そんなことないんだけどっ!
ぎゅっと目を閉じて、ぶるんぶるんと首を横に振って、頭の中の嫌な考えを追い払って元気を出そうとする。
……と。
ドンッ!!
目を閉じていたものだから、角を曲がってきた人物に気付かず、思い切りぶつかってしまった。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
私は頭から突っ込んだわけだけど、何故か固い部分に当たってとても頭が痛かった。
目を開ければ前に人の腹が。
顔をゆっくりと上に上げておそるおそる相手を見れば……。
「シルヴィオさんっ!!」
少し長めの前髪を真ん中で分けてばさりと横に流して、後ろはふたつに分けて結んでいて、整った顔に眼鏡をかけて知的な印象を強めているシルヴィオさんが、その眼鏡の奥の切れ長の目を鋭く細めて私を見下ろしている。
私はハッとして両手で口を覆う。
かぁぁっと顔が熱くなる。
あああ……。
好きな人の胸に……飛び込んでしまったならともかく……腹に頭突きをかました!!
シルヴィオさんの目は冷たいといえるほど細められている。
無表情だけれども。
……こ、これは怒ってる、よね……。
「あ、あの……すみませんでした。シルヴィオさん」
もう一度、今度はしっかり頭も下げて謝ると、シルヴィオさんが『ふむ』と首を傾けた。
「エリザベッタ」
「はいっ!!」
名前を呼ばれてビクッとしてその場に固まって次の言葉を待つ。
何やら考え込むようにあごを手で支えてシルヴィオさんは、カチャリともう片方の手で眼鏡を直して、細めていた目を普通に戻して言った。
「すみません……前を向いて歩いていたつもりだったのですが、あなたが小さすぎて……。あ、いえ、私が不注意でした」
ペコリと頭を下げられてかえって焦る。
「あ、い、いえっ、そんなっ……シルヴィオさんは悪くないです」
ぶんぶんと手を前に出して慌ててそれを止めようとしながら思う。
シルヴィオさんってとっても正直なのかな。
たぶん、言った通り、前だけ向いて歩いていたんだろうなぁ。
私が小さいのも本当だし。
まるで偉い人にするみたいにきちんと頭を下げられてついクスッと笑ってしまう。
「もういいですから……」
「それでは気が済みません。何かお詫びをしなくては。……ああ、その荷物、重そうですね。私が持ちます。エリザベッタ、貸してください」
「えっ」
断る隙もなく私の両手からシルヴィオさんが荷物を奪い取る。
そして歩き出した。
私は慌ててシルヴィオさんの後を追った。
「そんなっ、それ、重たいですから……」
「構いません。ならば尚更です。帰るところだったんですね。出口まで私が運びましょう」
「ええっ、あの……ありがとうございます……」
シルヴィオさんの手から荷物を奪い返すのはムリだ。
私はそう判断した。
だって絶対に離すまいみたいにガッチリつかんじゃってるし。
正直……ありがたいしで。
私はずんずんと前を行くシルヴィオさんの後ろを歩いた。
……本当は隣に並んでゆっくり歩きたいなぁなんて思いながら。
でも任務か何かのようにきびきびと歩くシルヴィオさんには言えない。
そんなに真面目に私の荷物を運んでくれてるのに……。
『ちょっとゆっくり話しませんか?』なんて。
そんなことを考えていると、目の前のシルヴィオさんがぼそっと言う。
「……確かに重たいですね。女性にこれは……」
何を考えているかわかって、私は慌てて口を開いた。
「あっ、今日はたまたま、たまたまお父さんがご飯を食べちゃった後でっ……みなさんも必要としてなくってっ……いつもじゃないんですよ」
「お弁当ですか」
「はい、そうです。そっちの重たいほう」
私はハッとしてシルヴィオさんを見上げた。
「あっ、シルヴィオさん、お昼食べました?」
「まだですが」
わずかにこちらを振り向いたシルヴィオさんは突然の問いにきょとんとしていて。
それは絶対に嘘じゃなくて。
私はかえってきた返事に勇気を出して言った。
「お、お弁当っ……食べてくれませんか!?」
+++++
「……なんだか悪いようですね。私がいただいてしまって」
「そんな……食べてもらえたらうれしいです。そのままだと家に持って帰るだけだったので」
私は手早くお弁当の中身を広げながら言った。
場所は図書館の中庭。
芝生の上。
そのまま座ったシルヴィオさんの向かいに座ろうとしたら、隣にハンカチを敷かれたので、断ることもできずにシルヴィオさんの横に。
心臓がバクバクするから一生懸命にお弁当を食べやすく広げることに注意を向けて、そして顔はたぶん真っ赤だから、照れ笑いで言い訳してごまかして。
「大したことなくて申し訳ないし、味もたぶんそんなに……だから恥ずかしいんですけど……」
お弁当箱3つに詰めた大人何人か用の料理。
量だけはとにかくたっぷりとある、種類も。
なにしろ私とお母さんとふたりで作ったんだから。
おかげで料理を選ぶことができるからよかった。
たとえばシルヴィオさんが苦手な料理があっても、中には食べられるものもあるだろうし。
たとえば……私の料理が口に合わなくても、お母さんのなら……。
そう思って私はホッとしていた。
シルヴィオさんはフォークを手にすると、小さく丸められたハンバーグに突き刺した。
そして大きく口を開けてそれを食べる。
あっという間に。
うわぁ……。
私はびっくりとしてそれを呆然として見守る。
確かに小さなハンバーグだけど、私なら三回くらいでやっと食べられるのに。
一口でパクリ。
男の人ってすごい……。
もぐもぐごくんっと食べるのも早かったシルヴィオさんはすぐに私を見て言った。
「とても美味しい」
「えっ、そうですか? うれしいです。それ、私が作って……」
「エリザベッタが?」
またちょっと考え込むみたいにして少し首を傾げて私をじっと見ると、シルヴィオさんは『うんうん』というようにうなずいて感心した様子で言った。
「なるほど……。あなたは父親の手伝いだけでなく、母親の手伝いもするんですね。家族思いでやさしいですね。だからでしょうか……」
「なんですか?」
「ああ、いや……」
ハッとした様子で、シルヴィオさんはまたフォークを持ち直し、ハンバーグに突き刺した。
そして、顔の位置まであげ、まじまじと見て言う。
「このハンバーグも、店で食べるものとはまるで違いますね。家庭の味とでもいいますか、……なんだか温かい。ずっと美味しいです」
「はっ……」
え、ええっ。
褒められてる!?
やだ……どうしよう、すごくうれしいっ!
だけどそれだけじゃなく恥ずかしすぎるっ!!
「あ……ほ、他のも食べてみてください! 全部私が作ったわけじゃなくて、お母さんも半分くらいでっ……。だからそのっ……とにかくお口に合えばいいんですがーっ!!」
突撃。
お弁当の箱を持ち上げてシルヴィオさんに押し付けるように。
やってしまってハッとした。
シルヴィオさんが私を唖然として見ている。
見えにくいものを見るように目を細めてるけれどたぶんそれは呆れているからで。
「あ……あ、ごめんなさいっ」
私はシュンとして、お弁当を持ったまま縮こまった。
そんな私のほうへ大きな手がのびてくる。
私からお弁当の箱を奪い去った。
「いただきますよ。それから、何度も言った通り、美味いです。この味付け好きですよ。食べていいというならいくらでも」
そう言ってシルヴィオさんはハンバーグをもぐもぐと食べる。
私は何もなくなった手をゆっくりと膝に下ろしてそこでぎゅっと握りしめて、赤くなった顔をそっとうつむけて、興奮でまん丸な目をどうにかしようと頑張った。
遠くから聞こえる人の声。
それはずいぶん遠くから聞こえるような気がする。
話し声を遮るような風が吹いていて。
それは暖かく、なんとなく優しく、ふたりだけの世界へ運んでくれるようで。
ふわりと揺れる出たばかりの若い草や木の芽が別の世界のような雰囲気を高めていて。
いつしか緊張もとけて……。
私はちょっとの間いろんなことを忘れてシルヴィオさんの隣にいることを楽しめた。
夢中になれた。
広い背中、たくましい胸、しっかりした肩、太い腕、大きな手、何もかもが頼もしく。
守られているみたいだ。
……安心する。
なんだかお姫様になったような気持ち。
傍にいるだけでこんな気持ちになれるなんて、シルヴィオさんだけだ。
私が彼を好きだからだ。
しばらくしてぽつりとシルヴィオさんが言った。
「うらやましいですね。いつもこんな物が食べられるとは……。あなたの父親は幸せ者です」
嫉妬とかじゃなく、ただ思うことを口に出したといったふうで、シルヴィオさんは言った。
私はまだ夢の世界から帰ってきていなくて、ついぼんやりとしたままじっとシルヴィオさんを眺めた。
そして、だからこそ、首を傾げて顔を覗き込んでこんなことを訊ねることができた。
「シルヴィオさんにはいないんですか? お弁当を作ってくれる人。っていうか、シルヴィオさん、恋人とかは……?」
もぐもぐ……とアスパラを食べていたシルヴィオさんは、それをごくんと飲み込むと、空を見つめて厳しい眼差しで言った。
「こういう仕事をしていますからね。……それに、その前も、大切な人など持てないような仕事をしていました。いつか、私の仕事のせいで、その人が危ない目に遭うんじゃないかと。もちろん、それだけではなく、仕事が一番ですから」
ふっとうつむくと、くいっと眼鏡持ち上げて位置を直す。
大きな手は彼の表情を隠す。
そして前髪を払った。
そこには何も浮かんでなくて。
……ちょっと淋しそうだったみたいなんだけどなぁ……。
私はなんて言っていいのかわからずに黙り込んだ。
……真面目だよね。
でも、そうか、執行人なんだもの。
マフィアから恨みを買われて……ってこともありえるよね。
そうじゃなくても、いつも危険に身をさらしている身だもの。
大切な人をこの世界に置いていくことになるかもしれないんだもの……。
私、訊いちゃいけないこと、訊いちゃったかなぁ。
それだけじゃなく、こんな時間ももしかしたら、シルヴィオさんにとっては迷惑なことだったりして……?
チラと目だけ上げてシルヴィオさんを見ると、相手も横目で私を見ていてびっくりした。
シルヴィオさんが気まずそうに目をそらす。
「黙ってしまったので……」
気遣うような沈黙の後、私のほうを真っ直ぐに見て、シルヴィオさんは口を開いた。
「だからといって、こういう時間がいらないとは、思ってませんよ」
きっぱりと言い切って、まぶしそうに目を細め、ほんの少し笑った。
「ありがとう、エリザベッタ」
それがすごくやさしくて。
私は目を見開いた。
呆然。
それから急に体がカッとなる。
熱い。
「わっ……私は別にっ、何もしてませんよ!」
「いい息抜きになりました」
「だからっ」
あわあわあわ。
本当に何もしてないのにーっ。
むしろ迷惑をかけたうえに無理言ったみたいなものでっ……。
両手を前に出してバタバタと横に振って、耳まで熱いことに気が付いて両手で頬を押さえて、何してんだろう私とハッとして……挙動不審だよね……ぎゅっと小さく縮こまった。
は……恥ずかしい。
静まれ、胸のドキドキ!!
シルヴィオさんに聞こえちゃう。
胸を押さえてぎゅうぅっと小さく丸くなる。
その隣で柔らかな風が起こる。
「ごちそうさまでした」
きちんと行儀よく手を合わせてお辞儀をした……たぶんお礼もこめて……シルヴィオさんは、てきぱきとお弁当を片付け始めた。
私はさらに慌てふためいた。
「あっ、いいですいいです、私やります!」
「そういうわけには」
「シルヴィオさんはもう行っていいですから! お忙しいでしょう? 私が片付けます!」
訊くと、シルヴィオさんは意外なことを言われたというふうに、目を軽く見開いた。
「……しかし、あなたを送って行こうと思っているんですが、エリザベッタ」
うつむいて、ぼそりと言って、さっさと弁当箱をひとつにまとめて布でくるんでしまう。
「シルヴィオさん、私を送ってくださるんですか……? えっと、家まで?」
「他に行きたいところがありますか?」
「えっと……」
ぽかんとしている私に、眼鏡を指で直したシルヴィオさんが、鋭い目を向けて言う。
「空になったとはいえ、服の袋もありますし、女性にこんな重たい物を持たせてひとりで帰らせるわけにはいきません。安心してください。私は昼から休みでしたから」
無愛想だったけど、その声には微妙にやさしさがあって。
何よりその言葉が思いやりに満ちていて。
温かくて。
私はうれしくて。
ジーンときてしまった。
こんな私のこと立派なレディみたいに扱ってくれるなんて……。
そんな経験ないから、当然だけど、参っちゃうよ。
ううん、元から憧れてたけど……。
それならとわがまま言って帰り道でクレープ屋さんに寄ってクレープまで食べて……ちなみに『いい』と言ったのにシルヴィオさんが美味しい昼食のお礼だと言っておごってくれた……私は家まで無事に送ってもらった。
離れていくシルヴィオさんに手を振るのは淋しかったけど。
それまで楽しかったしじゅうぶん。
王子様がシルヴィオさんじゃなければ舞踏会にはいかないとこのシンデレラは思った。
(おしまい)