料理下手と味オンチ(リデレ)
夢小説設定
この章の夢小説設定設定:原作通り。
主人公は本部の食堂で働く女の子。
内容:ジョゼフ夢。仲良し。主人公の片思い。
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カツッ、カツッ、カツッ……
冷たい木の床を叩く革靴の足音が近付いてくる。
それに気付いた私は濡れた布巾でテーブルを拭く手を止めた。
そして曲げていた腰を真っ直ぐにのばし、やがて入り口から入ってくるだろう人を待って、そちらに顔を向けた。
案の定、それから少しと経たずに、ひとりの男性が現れた。
それまでに髪の乱れを直し、白いエプロンの皺を叩いてピンとさせていた私は、にっこりと笑って、元気よく大きな声を出して彼を迎える。
「いらっしゃい! このリデレの台所にようこそ!! お客さん貸し切りだよ?」
食堂に入ってきたその男性は大いに苦笑した。
「おいおい、リデレ。何が『リデレの台所』だよ。そりゃこの時間だけだろ? それに毎日ってわけでもないし……」
話しながら入ってきた男性はわざとらしく大きな動きで右を向いて左を向いてがらんとした食堂を見回して誰もいないことを確認した。
「……貸し切りってのは本当だな」
笑っているけど、どこか皮肉げに見えるのは、まるで煙草を吸いながらしゃべっているみたいに片方の口の端を余計に持ち上げているせい。
それでもその淡い茶色の瞳はやさしく私を見ていて。
年相応……私からしたらおじさんだ……の落ち着いた歩き方で、ゆったりと大股でこちらに近付いてくる。
そして上機嫌の様子で私の拭いていたテーブルの椅子を引き腰かけた。
横に立っていた私を見上げて言う。
「今日はおまえさんか。それはラッキーだな。また美味いもの出してくれるんだろ?」
私よりだいぶ年上の彼に向かって私は偉そうに胸を張ってツンとして言う。
「ええ、ジョゼフさん! 今この時間だけは誰がなんと言おうと『リデレの台所』ですから!!」
私はくるりと背を向けて急いでキッチンのほうへ向かう。
「あなたが来た時のために、料理はちゃんと取ってありますよーっ!!」
後ろに向かって声を投げると、ジョゼフさんのうれしそうにはずんだ声が返ってくる。
「楽しみにしてるぞー」
はいはい。
わかってますって。
ジョゼフさん専用の料理でしょ。
+++++
ジョゼフさんはいつもこうして食堂が閉まる頃になって姿を見せる。
その他の時間にも来ているみたいだけれど。
いつも遅くにやってきて、私がいる日は、私の失敗した料理を食べてくれるのだ。
他の日……私が食堂を閉める当番じゃない日……には仲間の話だと顔を出すだけらしい。
そしてすぐに帰ってしまうそうだ。
よくわからない人だ。
よりにもよって私の失敗した料理だけを食べてくれているらしい。
この人のやさしさかと思っていたけど、食べる時は本当にうれしそうだし。
もしかして……そうなのかな……。
私は考えながら本日の失敗作を乗せた皿を持ってテーブルに戻った。
トン、トン、トン。
ジョゼフさんの前に皿を並べる。
こどものように無邪気そうな様子でジョゼフさんは料理を見て目をぱちくりさせる。
そしてため息のようなものを漏らした。
「ほおー……」
顔を近付けてそれぞれの皿をじっくりと眺めてから、私を下から上目遣いに見上げて、うっすらと笑って不審げに問う。
「……見た目は普通だがな」
その含みに気付かないふりをして私は澄ましてメニューを紹介する。
「スパイスの効きすぎた牛の煮込みに、ハーブを練りこみすぎたパスタに、いろんな味を混ぜすぎたスープです」
「そりゃ、また……」
唖然としていたジョゼフさんの顔がゆっくりと笑みに支配される。
苦笑ではなく、本当にうれしそうに。
そしていそいそとスプーンに手をのばす。
変なの。
普通なら聞いただけで顔をしかめてゲテモノ見るみたいな目で料理を見るのに。
やっぱりよくわからない。
私は肩をすくめて『お手上げ』して、口をとがらして言った。
「なんなら食後にはシナモンを入れすぎておまけに生焼けのクッキーがありますけど」
ジョゼフさんはスープを飲もうとしたのをやめて顔を上げてニッと笑って私を見た。
「それももらおう、リデレ。美味しそうだ」
そしてすぐにスープに向き直り、スプーンを静かに皿に入れて、口に運ぶ。
私は普通の人がする『げっ』というげんなりとした顔をされることを期待した。
それと同時に……まったく逆に……うれしそうな顔をされることを期待した。
どちらが胸の内で強かったか自分でもわからない。
だって美味しそうに食べてくれたらうれしいけど、普通の人なら不味いって言うんだから、それはつまり味オンチってわけでしょう。
ちっとも褒められたことにならないもの。
だけどやっぱり美味しいって言ってほしくもある。
不味いってみんなに言われてうれしいはずがない。
複雑だ。
黙って見ている私の前で、ジョゼフさんはこくっと一口静かに飲むと、私のほうを見た。
満面の笑顔で。
「リデレ、腕を上げたな。美味いぞ、このスープ。……おい、どうした? しょんぼりして」
ああ、ガッカリ……。
私はへこんでテーブルに倒れこむ。
疑いようもない。
この人は味覚が変なんだ。
その人が『美味い』って言うってことは。
不味さの腕が上がってもしょうがないよーっ!
……でも、ほんの少し、うれしくて心がはずむ。
「おい? リデレ? 大丈夫か」
横でした心配そうな声に、私はゆっくりと顔をそちらに向ける。
「わっ」
間近にジョゼフさんの顔があった。
ドアップ。
ジョゼフさんがすぐ横で怪訝そうに私の顔を覗き込んでいる。
……そうか、隣でテーブルに上半身を投げ出したんだから、当然か……。
他のことは一切考えられずに倒れこんだから気が付かなかった。
私のすぐ横にあったはずの食器はジョゼフさんが自分の腕で退けていたようだった。
心配そうに、そして少し呆れたようだったジョゼフさんの顔が、急に険しくなる。
太めの眉の根が寄せられて、しかめっ面になって、口を開くと叱るように言う。
「リデレ、危ないだろう? 何やってるんだ、おまえは。皿が割れたら怪我するところだぞ。それに火傷でもしたらどうする。女の子だろう?」
私は恥ずかしさと情けなさとその他もろもろで小さくなった。
「あ……ごめんなさい、ジョゼフさん……。ありがとうございます……」
しおしおと頭を下げると、ジョゼフさんが口の端を歪めて、腹立たしそうな顔になる。
私はビクッとした。
迷惑かけたんだもの、怒って当然よね。
すると、ぽんと大きな手が、私の頭に乗った。
「それにだ。自分の店を持つのがリデレの夢なんだろうが。大事な手を怪我なんてするなよ。もうちょっと自分の身を大事にするんだな」
『よしよし』と頭を撫でられる。
私を見つめる目はおだやかで、澄んでいて、やさしくて。
やさしい言葉、やさしい手のひら、やさしいまなざし。
「うっ、ジョゼフさっ……」
泣きそうだ。
涙目の私のぼやけた視界にジョゼフさんの笑顔が映る。
ジョゼフさんはさわやかな笑顔で、私の頭から手を放すと料理を指さして、からかうように言った。
「俺もまだまだこの美味い飯を食いたいしなぁ。食べに来るから、作り続けてくれよ。それでもって俺にいつか『不味い』って言わせてみせろよ、リデレ」
「ジョゼフさんっ……」
うれしい。
うれしいうれしいうれしい。
この人は味覚は変かもしれないけど、私の料理を食べて、喜んでくれている。
……そう、たぶん、料理が美味しくなくなっても。
私の夢が叶っても。
「はいっ、がんばります!」
だけど。
……もうひとつの夢があることを彼は知らないから。
いつも私の食事を美味しいと言ってくれる人のお嫁さんになりたいだなんて。
ジョゼフさんが牛の煮込みを食べて『はっはっ』と笑う。
「おー、これも美味しいなぁ、リデレ」
「ジョゼフさん……」
くそぉ。
……悔しい。
夢がまだまだ諦め切れないから、もうひとつの夢のほうはまだまだ口にできそうにない。
(おしまい)