ウォルター夢(アガタ)
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この章の夢小説設定設定:同僚。
主人公は*番目の執行人。
内容:ウォルター夢。シリアス。
名前を変換しない場合『アガタ』になります。
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バサッと赤いコートに袖を通す。
そして、相棒を呼ぶ。
部屋を出る前にしておかなくてはいけないことがある。
「行くよ、カルモ」
振り向いて名前を呼ぶと、ベッドの横に寝そべっていた黒ヒョウがのっそりと身を起こす。
後ろ脚の筋肉のつき方、肉の引き締まった感じ、そして何よりそのしなやかな動き。
……よし、万全だ。
赤い首輪をつけ、ひとりと一匹で、部屋を出る。
とたんに『カルモ』が威嚇で唸る。
「きちんと押さえておいてくれよ、アガタ」
2番目の執行人ウォルターだ。
わたしは慌てて『カルモ』の紐を引っ張って相手を攻撃するなと、味方だと、危険はないと教える。
たとえ味方でもわたしの身に危険が及ぶようならば、この黒ヒョウ『カルモ』は容赦しない。
『カルモ』はわたしがこのカラスの巣に拾われる前のサーカス時代からの付き合いなのだ。
そう、わたしが『猛獣使い』だった時からの。
「その『カルモ』って名前、カルロへの嫌がらせ?」
そんなことも知らないウォルターからの問い。
「そんなわけがありませんわ。名付けたのは裁判官に出会う前ですもの。この場で一番の古馴染みですのよ、このカルモが」
サーカス時代に覚えた気取った言葉を放ち、これまたあの時代に覚えた自分を高く見せるためのやり方でツンと鼻を上向けて見せる。
「まさかついてくるなどとおっしゃいませんわよね?」
少しの疑念を持って訊ねれば、相手は首をすくめて目をくるりと回しておどけて見せた。
「冗談。俺も食いちぎられちまうだろ。刑の執行中に」
「……その必要はありませんけれど」
わたしの『カルモ』が見境がないみたいな言い方に傷つく。
「なにぶんやはり猛獣ですので、保証はできかねますわねぇ」
相手はニヤリと笑って顔の前に両手を出してぶんぶんと横に振って見せた。
「おー、怖い怖い。俺はたんに挨拶に来ただけ。気をつけて行ってこいよ、アガタ」
「ええ。ありがとう、2番目。あなたも」
『カルモ』を驚かさないようにゆっくりとした動きで片手を挙げるウォルター。
そんなに心配しなくても、わたしの『カルモ』は誰彼構わず襲ったりしない。
きちんとわたしの命令を聞く。
それでも、一応、必要な時以外首輪は外さないけれど。
バサリとコートの中に入っていた長い黒髪を手で引き抜き、コートを羽織り直して、黒い瞳で黒ヒョウを見つめる。
カラスと黒ヒョウ。
滑稽な組み合わせ。
だけど、これが、動物による処刑を担当する*番目の執行人であるわたしたち……『悲劇の猛獣使い』。
この黒ヒョウ『カルモ』と、わたしの鞭で。
今夜も死のショーを見せつけるだけ。
マフィアという観客に。
わたしたちのショーは悲劇だけ。
そしてとても短いショーなの。
わたしは黒ヒョウ『カルモ』の頭を撫でる。
「まったく、どこが温厚(カルモ)なんだか」
まだ壁に寄りかかってこちらを見ていたウォルターが言う。
黒ヒョウ『カルモ』のことだと正しく理解したわたしは、にっこり笑って見せた。
「親がこどもに『そうであってほしい』と願って名付けることは不自然じゃないでしょう?」
ウォルターがちょっときょとんとし、それから苦笑いをした。
「……つまり、正反対ってわけか」
「そうとも限りませんわ」
黒い髪に黒い目の国籍不明の自分。
「何を内に含んでいるかなど見た目ではわからないでしょう。少なくとも……」
処刑する相手を苦しめようとは思っていない分、情け深くはないかと、思って口にするのをやめた。
情け容赦なしが執行人だ。
わたしは『カルモ』を相棒だと思っている。
彼もまた執行人。……人ではないけれど。
わたしはウォルターを見据える。
「話はそれだけ?」
「ああ。もとから話なんてねぇよ。ただ……」
「気をつけろでしょ。わかっているわ。ではね」
「……ああ、じゃあな、アガタ」
去っていく背中を見送る。
わたしや周囲の心配までしちゃって、身が持たないんじゃないの。
そう思ったけど、言わない。
彼もまた執行人で、仲間だもの。
余計なことなど言う必要もないでしょう。
「ねぇ、カルモ、そうでしょう?」
黒ヒョウは中身の見えない瞳でわたしを見つめた。
+++++
「GO!!」
とうに首輪を外していた黒ヒョウ『カルモ』の首筋を軽く叩いて言う。
それだけで『カルモ』は軽やかに素早く動き、目の前の武器を構えた男たちの腕に噛みついていく。
わたしは鞭を構える。
『カルモ』を打ち、おとなしくさせるため……では、もちろんない。
ヒュンッ!!
鞭を飛ばして『カルモ』を撃とうとした男たちの手から次々と銃を落とす。
負傷し、あるいは武器を失くして戦意喪失し、動けなくなった男たち。
その中で、ひとり無傷の男が、後退る。
恐れ、怯えた様子で、震えている。
だが、逃がす気はない。
何故なら、男こそが……。
「カヴァレッタファミリー、首領、エンリコ・カヴァレッタ、*番目の執行人によって刑を執行します」
黒ヒョウ『カルモ』が男目掛けて飛びかかっていく。
あらかじめ『カルモ』には標的の匂いのついた物を渡して嗅がせてある。
今回はヤツが店で手に取った洋服だった。
それでじゅうぶん『カルモ』には標的がわかる。
それ以外の相手にはきちんと手加減している。
怪我くらいは負わせているが。
それでも、『カルモ』を見ただけで怯えてしまって腰を抜かすような相手には何もしない。
武器はわたしが奪うから。
……ゴキンッ!!
断末魔の悲鳴と共に聞こえた音にわたしは終わりを悟った。
「ほーら、でーきたっ」
カラスの巣への帰り道の途中の野原で、わたしは花冠を作って『カルモ』の首にかけた。
赤い首輪をつけたその上に赤やオレンジの花で作った輪っか。
さすがに頭に乗せてもすぐに落ちてしまうから。
血はぬぐってあるけれど、もともと色は黒いのだし、とはいえ殺気はぬぐえないから、こうして多少和らげてみせる。
先ほどまで行っていたことの名残りというか、どうしても目が鋭いので。
ちなみに匂いも消してあるけれど、この花冠の匂いでもっとごまかせるし。
とにかく、どうしても人が怯えるのだ、帰りの『カルモ』は。
まぁ、もともと怯えられて当たり前の存在だし、だからわたしたちの出番は稀(まれ)なのだけれど。
血のついたコートを脱いで、『カルモ』に花飾りをつけて、サーカスの団員っぽくふるまって。
ごまかしごまかし巣まで戻る。
もちろん表からは入れない。
面倒なこと、と、ついフゥとため息が漏れる。
こんなにのんびりしていていいのかって、わたしたちはいいの、どうせ監視ガラスのセシルが今頃報告のために必死になって飛んでいるだろう。
『カルモ』がいる時には側に寄らないのだ。
機械といえど、噛まれる危険があり、壊れることを警戒している。
「サーカスの時は人気者だったのにね」
そっと『カルモ』の背を撫でてつぶやく。
仕方のない。
理由(わけ)ありの身だ。
+++++
あれはまだわたしがサーカスにいた頃。
ある街へ巡業に出た時のことだった。
その地を新たに仕切るマフィアと金銭のことでもめた。
殺気立った空気に、マフィアのひとりが脅しで撃った銃の音が、ちょうど訓練中で自由だった『カルモ』を興奮させてしまった。
マフィアに跳びかかろうとした『カルモ』の前に座長が……わたしを拾って育ててくれた養父が……飛び出して。
『カルモ』に噛まれてしまった。
マフィアは逃げていき、残ったのは、何を察したのかおとなしくなった『カルモ』と、虫の息の養父と、わたし……それにわずかな団員達。
「アガタ……おまえは何も悪くない」
そう言って、養父はこの世を去った。
残されたのはわたしたち。
そして、人を殺めてしまった『カルモ』はもうサーカスに出ることはできず、わたしたちもまたサーカスを去ることになった……。
あの時、マフィアがあんな無茶を言わなければ、あんな軽々しく銃を撃たなければ……。
今もやさしい養父と楽しい仲間たちに囲まれて、『カルモ』と眩しいライトを浴びてショーができていたのだ。
お客から拍手がもらえるような。
今はもう……。
+++++
「あら」
「よぉ、アガタ」
カラスの巣へ戻り、部屋に行こうとして、2番目の執行人ウォルターに出会う。
変ね。わたしの部屋は、『カルモ』がいるために、他の執行人たちとは離れている。
彼は何故ここに?
「……怪我はしてないみたいだな」
わずかに眉をひそめて口元だけで笑っている。
それが何やらわたしと『カルモ』を憐れむようで。
カチンと来た。
「ちょっと付き合ってくださる? ウォルター。わたしの部屋へどうぞ。少しおしゃべりしたい気分ですの。よろしかったら……お茶くらいはお出ししますわ。どうぞ遠慮なさらず」
女性の部屋だからか、それとも仕事後で疲れているだろうとでも思ったのか、ウォルターがためらいを見せる。
「アガタ、おまえ報告は……?」
「セシルが済ませましたでしょ。なんのための監視ガラスですの? ……冗談ですわ。後で参ります。さ、お入りになって」
「……ああ、じゃあ……」
わたしと『カルモ』の後をついてウォルターが部屋に入ってくる。
わたしは振り向く。
案の定、開けっ放しにされた扉に、プッと素直にふき出してしまった。
いけない、いけない。
わたしは顔を引き締め、低い声で言う。
「閉めてくださらない? わたしとあなたの間でおかしなことにはならないでしょうし、『カルモ』の首輪もまだ外しませんわ」
「いや、そういうんじゃねぇんだけど……」
「わたしとのこと誤解されるのが困る?」
相手は肩をすくめて両手を広げて首を傾げた。
「モニカ秘書官あたりに見つかったら心配されるぜ。真面目だし。アガタのこと、大丈夫か、って……」
困惑げに、しかしおどけた様子でぶんぶんと勢いよく首を横に振ってみせる彼、ウォルター。
思わず『ふふふ』と笑いが漏れる。
どうも駄目だ。
彼の前では作り切れない。
他人を遠ざけるためのツンとした自分を。
「大丈夫ですわよ。あなたが不名誉なこと言われないように、話し相手は『カルモ』だったってことにしておきますわ。あなたがどうしても黒ヒョウと話がしたかったんだって。わたしは座っていただけだって」
「え? 何ソレ? どういうかばい方? ってか、俺ヤバい人じゃん!」
入ってすぐのところでぽかんとして突っ立っている。
その間に『カルモ』をつないでお茶をいれ終えたわたしは、小さな丸テーブルの上に茶器を置いてウォルターを手招きした。
ウォルターがしぶしぶといった様子で扉を閉めてこっちに来る。
花茶をいれたポットからカップへ中身を注ぐ。
近寄ってきたウォルターが鼻を動かした。
「……なんか、いい匂いすんな、アガタ。これ何?」
「中国のお茶ですの。花茶っていって、お茶の葉に花の香りがつけてありますの。香りがいいからわたしは好きですわ」
「へえ……そういうところは女らしいんだな」
「……失礼な方ですわね。わたしが女らしくないとおっしゃる?」
「いやっ! 違!! じゃなくて、女らしいなって単純に……。『そういうところは』ってのは失言でした、済みませんでした!! でも、驚いちまって、男はそういうの気にしねぇからさ、あんまり」
「ああ……」
カップを手に取って持ち上げておそるおそる一口飲む目の前の青年を眺めてためらい勝ちに言う。
「エスプレッソに慣れた方にはあんまり……」
「あれ? なんだコレ、水か? ……匂いのついた水?」
「ですわよねぇ」
頬杖をついてホゥとため息を吐く。
この楽しみをわかってくれる者はなかなかいない。
わたし自身はサーカス時代に覚えたのだけれど。
国は出なかったものの、あちらこちらに行ったから。
あるところの流行りで覚えた。
「香りを楽しんでくださいな」
「いいけど、話って何?」
グビッとコーヒーを飲むように一気に花茶を飲むウォルター。
……あまりたくさん飲むとお手洗いに行きたくなると伝えた方がいいのかしら。
まぁ、でも、コーヒーだって似たようなものだし。
「せっかちな男は……なんて言いませんけれど」
わたしも仕事の後で疲れているから早く休みたくはあるし。
「ノアの箱舟の話ですわ」
カップを置こうとしたウォルターがピクリとしてその手を止める。そして、ゆっくりとカップを下ろした。
わたしは言葉を続ける。
「洪水で、何十日間も船の中で過ごした後、陸地ができたかどうか確かめるために、一羽のカラスが飛ばされたそうですわね。結局そのカラスは帰って来なくて、だから薄情だの言われることもあるそうですけれど、仲間に対してはけっこう情の厚い鳥なのだとか……」
言いたいことからずれてしまっていることに気付いて、わたしはいったん口を閉ざし、それから『そんなことはいいのだけれど』と言って続けた。
ウォルターは黙って首を傾げて聞いている。
「わたしが言いたかったのは、ノアの箱舟にはすべての動物の『つがい』が乗せられていたということですわ。その後に一羽飛ばされた鳩もそうですけど、どんな気持ちで待っていたんでしょうね、残された方は。飛ばされたのは夫か妻か、それはわかりませんけれど、帰って来ない相手を待って、待って、待ち続けて……」
力尽きて海に落ちたのかもしれない、新しい地を見つけて住み着いたのかもしれない、……なんにしろ、そんな生きているのかどうかもわからない、世界でたったひとりの相手をひたすらに待つ淋しさ。
ひとりぼっちで取り残されて、ただ待ち続けるしかない、その淋しさ。
「……わたしだったら、残される側には、絶対になりたくないわ」
ぽつりとつぶやき、ハッとする。
目の前で暗い顔をして黙り込んでいる相手に。
わたしはあえて口調を明るくして言った。
「つまり、わたしは残していくことは平気ですのよ。まったく気になりませんわ。だから要らぬ心配は止して。わたしは強いんですの。たとえばあの3番目に飛ばされた鳩のように、伴侶が先に出て帰って来なくなっていても、立派にオリーブの枝を持ち帰るぐらいにはたくましいつもりですのよ。新しい地でも、ひとりぼっちでも、平然と暮らしていけるような女ですの。ひとりで生きていけますわ」
それは嘘よ。それは嘘。
……だけど、どうしたらいいっていうの?
それ以外に何か方法がある?
……本当には、残していくのも、残されるのも、つらいのだろうけど。
残されていく悲しさはもうじゅうぶん味わった。
強い女なんかじゃない。
でも、あなたは、わたしが甘えていい相手じゃないでしょう?
だって仲間だもの。
わたしは強くなくてはならない。
せめて隣を飛べる存在でありたいの。
あなたのたったひとりにはなれないのだから。
わかるかしら……?
喉を潤していたカップを置いて、目の前の相手を見る。
ウォルターは、なんだか怒ったような顔つきに変わっていた。いえ、泣きそうでもあるの。
何かつらいものを堪えているような表情。
ムッとへの字に曲げられていた口が開き、怖いくらいに低められた声が出される。
「アガタ、ここはノアの箱舟じゃねぇし、カラスの巣だし、大体そんなのはっ……」
「そうね」
カタンとポットを取る。
「意味がないですわね、こんな話。忘れてくださらない?」
『おかわりは?』とポットをカップの上に持っていく。
ウォルターはそれを手で押しとどめた。
そして席を立つ。
「いや、いい。悪い。長居した」
「そんな……こちらからお誘いしたんですのよ」
「……もう戻る。疲れてるとこ邪魔したな」
「いいえ。聞いてもらえてすっきりしましたわ」
扉に向かう彼の背中に話しかける。
そして素早く先に出て部屋の扉を開けた。
「またいらしてくださいね」
イラついた視線を寄越してウォルターは部屋から出て行く。
……どうやら成功したようだ。
彼を不機嫌にさせることに。
自分から遠ざけることに。
去っていく後ろ姿を見送らずにわたしはバタンと扉を閉める。
そう、去られるわけじゃない。追い出したのだ。
わたしは首輪の紐をテーブルにつないである『カルモ』の元に戻る。
『カルモ』は黙って金色の瞳でわたしを見つめている。
わたしはその頭を撫でた。
「残していくのは怖くはないの。わたしはそういう強い女。冷たくてひどくてしたたかで……。でも、残されていくことは、残されていくことだけは……っ」
ひどく声が震える。
ねぇ、特別な人がいなければ、それを怖れなくて済むでしょう?
わたしの中身は、この陶器のポットの中のお茶の葉に本当に混ぜられたジャスミンの花のように、見えぬものであったでしょうけれど。
……あなたに少しは伝わったかしら。
あなたが好きでした。
(おしまい)